走・凱編 人間の心
密林の中は、これまで散々行き来したことでローバー一台分がちょうど通れるような<道>ができてたんだが、今回はビアンカの<席>を作ったことでかなり高さができてしまったので、上の方の上の方に覆い被さっていた枝を掃わないと通りにくくなっていた。
なので、メイフェアが枝を掃いつつゆっくりと前に進む。時間はかかっても無理をして事故でもあると困るからな。なにしろ<仮設の席>だし。
それでも、省エネを計りつつも戦闘モードを起動しての作業だったから、スムーズではあった。その様子を、ローバーに固定したドローンのカメラを通して俺も見守る。
「順調みたいだね」
気になるのか光もタブレットを覗き込んできた。
「ああ。さすがメイフェアだよ」
ちなみに、今はビアンカがいないからか子供達も思いっ切り全力で遊んでた。いくらかは慣れてきているとは言っても、さすがにまったく気にせずにいられるわけじゃないみたいだしな。
こちらも、時間を掛けて慣れていってもらうしかないだろう。
何でも一足飛びに結果を出そうとすると上手くいかないものだと思う。
特に人間の<心>というやつは複雑だ。俺達のビアンカへの想いを彼女に伝えようと思うのなら、まずこちらが彼女に歩み寄らなくちゃいけない。今はまだ精神的な余裕が彼女の側にはない。だったら、その余裕がある俺達の方が歩み寄るんだ。
シモーヌの時もそうだった。だから彼女は俺達を信頼してくれた。
確かにこの世には、こちらが譲れば譲っただけ付け込んでくるような厄介な人間もいる。しかし、そういう奴はそういう奴で個別に対処すればいいだけで、最初から自分は何一つ譲らないという人間は、たぶん信頼もされないだろうな。
だってそうだろう? 自分は譲る気がないのに相手に譲ってもらうことばかり期待してるようなのを信頼できるか? 俺には無理だ。
ただそれも、あくまで相手にその余裕があるはずにも拘らずって場合に限るが。
今回のビアンカやかつてのシモーヌのような場合には、譲ってもらうことは期待しない。そして、自分が相手を受け止めると決めた以上は、それを返してもらえなくても構わない。
そもそも、『救いたい』なんてのは、俺の一方的なエゴでしかないからな。シモーヌの時もそうだったが、本人にとってはあくまで『大きなお世話』という場合だって当然ある。特に今回のビアンカのような事例だと、
『どうして死なせてくれなかったの!?』
みたいなことだって言われる可能性はあるだろう。
それを、こっちの気持ちで一方的に助けようとするんだ。そんなんで感謝してもらえるとか譲ってもらえるとかを期待する方がどうかしてるんじゃないかな。




