走・凱編 慣れ
で、足を伸ばせば高さ三メートル以上まで手が届き、力も確実に人間のそれを大きく超えるビアンカは、まるで小型のクレーンのような働きをしてみせた。
「そんなに気を遣わなくていいんですよ」
そう声を掛けるシモーヌに、ビアンカは、
「いえ、体を動かしていた方が気が紛れますから」
やや苦笑いのような表情を浮かべつつ応える。
確かに、自分が何者か分からない、しかも怪物のような姿をしてるとなれば、精神的に非常に不安だろう。体を動かしている方が気が紛れるというのも分かる気がする。
そうしてビアンカは、エレクシアやイレーネと一緒に自分が住むことになる家を作り上げていった。
で、十日を掛けてようやくビアンカの家が完成する。
「どうですか? 何か気になる点があればすぐに手直しさせていただきます」
エレクシアが問い掛けるものの、ビアンカは、
「いえ、大丈夫だと思います。狭さも感じませんし、何よりちゃんと囲まれてるだけでもありがたいですし」
自分の体を晒していたくなかった彼女にとってはそれが一番の望みだったんだろう。
嶽のような事例も対応が難しかったが、ビアンカの件についてはそれとはまったく別の意味で気を遣った。密達とも事情が違うしな。密達は自分がそういう生き物だというのを理解した上で、勝手の違うここでの暮らしに戸惑っていただけだし。
それに比べると、ビアンカの場合は、自身の存在そのものが大きな懸念材料だろう。
コーネリアス号乗員、ビアンカ・ラッセとしての記憶が戻った時、どう反応するか……
それまでの間に、可能な限り彼女には今の自分こそを自然なものとして受け止められるようになってほしい。
そしていつか、
『生まれてきて良かった』
と思えるようになってほしい。
俺達は、もうすでに彼女のことを受け入れてる。順達が怯えているのは、これはまあ仕方のないことだ。家族が突然、トラやライオンを連れて帰ったら怯えるのもいて当然だろうし、それと同じことじゃないかな。
だが、少なくとも俺もシモーヌも光も灯も、最初から彼女のことを受け入れている。同じこの世界に生きる者として。
しかももうここまでで和と陽も、自分の母親である光や叔母に当たる灯が全く怯えていないことを感じてか、平気になってきていた。
そんな和と陽に影響されてなんだろう。麗も最初の頃よりは怯えている様子が薄れてきている。
玲に至っては早々に平然としていたな。常にイレーネに抱きついてるからというのもあるかもしれないが。
とは言え、すでに成体で成長しきってる順や新、焔、彩、深、鋭については、すぐには慣れないだろう。こちらも徐々に慣れていってもらうしかない。
また、レッド達は、警戒はしながらも庭に戻ってきている。で、ビアンカにも、
「彼女達は、私達の<隣人>。飼い犬とまでは言わないけど、敵対はしてないから安心して」
シモーヌがそう説明してくれていたのだった。




