明編 対処が難しい事例
『生まれてくるんじゃなかった』
そう思うのは個人の勝手だが、だからといって他人もそう思ってるはずだというのは勘弁してもらいたいんだが。
とは、昔の俺自身に対するものでもある。
ただ、自分の親に『生まれてきて良かった』と思わせてもらえなかったからって僻むのもやめてもらいたいんだよな。
って、以前にも言ったか?
なんかこう、今が幸せすぎるからか、逆に昔のあれこれがやけに思い出されてしまってな。
『あの時はああすればよかった、こうすればよかった』的な感じで。
などということを、今日も新しい集落の準備をした帰り、エレクシアの運転するローバーの横で考えていたりする。
「……ありがとうな、エレクシア…」
殆ど無意識のうちに、そんな言葉が漏れていた。彼女がいなかったら俺はどうなっていたんだろう?と不意に思ってしまったんだ。
そうしたら礼を言わずにいられなかった。
「いえ、それが私の役目ですから」
相変わらず彼女は素っ気ない。
と、その時、
「丈様です」
突然そう言われて、ハッと正面に向き直った。
だが、俺の目には、うっそうとした密林しか見えない。どこにも丈の姿を見付けられない。
なので、エレクシアのカメラ映像をタブレットの方で見た。
するとようやく、木の幹を背にして潜んでいる丈の姿が確認できた。画像処理されていることでやっとだ。
「改めて見ると本当にすごいな……」
思わず呟く。
その丈の前をゆっくりとローバーで通り抜ける。人間のように挨拶などしてくれないが、それでいい。むしろ俺達をだまって見逃してくれたことがあいつなりの挨拶とも言えるだろうし。
まあもっとも、ローバーに乗ってたから襲いたくても襲えないだろうけどな。さすがのマンティアンでもローバーが相手では勝てないし。
ちなみに、ヒト蜘蛛の蛮は、エレクシアの姿を確認すると、ローバーに乗ってても襲い掛かってくることもある。無謀にもほどがあるが、あいつにはあいつなりの事情があるんだろう。
体長約三メートル。体重二百キロの体があれば、マンティアンに比べれば体格差もそれほどじゃないしな。
などと、ヒト蜘蛛の話をしたからというわけでもないだろうが、俺達はこの後、また新しい<不定形生物由来の動物>と邂逅することになる。
と言ったら、
『嶽に続く新たな脅威か!?』
って話になりそうだが、実はそうじゃなかった。不定形生物由来の動物が常に危険なそれになるとは限らないというのが改めて実感される。
ただ、危険ではないのだが、ある意味ではこれまでとは別の意味で非常に対処が難しい事例になったのも事実なんだよな。




