明編 非力
「まぁま、まぁま」
陽が『ママ』と呼んでくれるようになり、光はますます陽にデレデレだった。
けれど、ちゃんと和のことも忘れていない。
「ママーっ!」
と和が飛び付いて来れば、
「はぁい♡」
と相貌を崩して抱き上げてくれる。そしてぎゅーっとしてもらえると和も満足するのかそこからまた遊びに行くんだ。
それだけで満足できるのは、普段から愛されている実感があるからだろうな。そして、
「じいじ♡」
と俺に抱きついて来ればしっかり抱きしめてやって、
「ばぁば♡」
とシモーヌに抱きつけば彼女も、
「はいはい♡」
って感じで抱き締めてくれる。
その上でもちろん、エレクシアやセシリアも抱き締めてくれるんだ。
だから和は自分が愛されていることを微塵も疑っていない。たぶんそのおかげで、陽に対して嫉妬する必要もないんだろうな。
光が陽にかかりきりで構えない時にも、誰かに甘えることができるから。そうやって誰かに甘えて気を紛らわせている間に光の手が空いて、ちゃんと構ってもらえるから。
そして光がそれをできるのは、皆で手分けして彼女の負担を減らしているからだろう。
『母親なんだから何でも一人でできて当然だ』
などというのは、やはり面倒なことをしたくない人間の甘えだと実感する。何しろ俺は、自分から力になりたいと思うからだ。任せきりになどしていられない。
こうしていれば、将来、和に子供ができた時に、今度は光が彼女を放っておかないだろう。
『母親一人で何でもやれて当然』
などと言わなくても、代々そうやって力になっていけば済むことだ。
もっともこれも、家族の関係が良好であればこそかもしれないが。そうでなければ、
『余計なことしないで』
と言われるのがオチだろうし。
『母親一人で何でもやれて当然』
などとしつこく言われれば、構われたくなくなるのも当然じゃなかろうか。
家族なんだから互いに支え合って何か問題があるのか? <自立>というのは、他の家族と反目し合って<孤立>することではないはずだ。自分の大切な家族が大変な思いをしていたら、大変そうにしていたら、力を貸したいと思って何が悪いのか。
特に人間の社会は、野生のようにシンプルじゃない。面倒な決まり事や手続きややらなければいけないことが多すぎて余裕がなくなるのも当然だろう。
野性で雌だけで子育てをしている例を持ち出してそれを人間に当てはめるのは、そもそもの前提が違うという事実を無視した戯事だと俺は思う。
非力な人間は、助け合うことでしか生きていけないんだからな。




