明編 赤ん坊
これまでも散々、マンティアンの世界の過酷さには触れてきたつもりだが、それでもなお、触れてこなかったことがある。
人間由来の遺伝子を持つ以上、マンティアンにも<先祖返り>を起こす事例は存在しうるということだ。
そして人間の姿を持った赤ん坊がどういう運命をたどるのか、マンティアンの習性を考えれば、当然のように結論が出ると思う。
食われるんだ。母親に。
それも、深にとっての連の時のような、『死産だった子を』というのじゃなく、生きている我が子をだ。
むしろ、死産だったほうが食べられたりしないだろうな。動かないから。
それが、映像として確認できてしまったんだ。俺達の家からは百キロ以上離れた場所ではあったが、調査のために飛行中だった母艦ドローンから放たれたマイクロドローンが捉えたんだ。
「……」
「マンティアンにもあるっていうことが、これで確認できてしまいましたね……」
言葉を失ってた俺に、専門は植物とはいえ生物全般にもそれなりに精通しているシモーヌは、重苦しいながらも冷静に声を掛けた。
そんな彼女の落ち着きに、俺も救われる。これが野生では当たり前なんだということを改めて教えてくれて。
「分かっちゃいたが、こうやって改めて確認できると、さすがにきついな……」
絞り出すようにそう呟いた時、視界に入った陰に俺はハッとなった。
鋭だった。鋭が自分の部屋を出たところに立って俺を見ていたんだ。
マンティアンらしい冷めたその視線は、感情というものを掴ませなかった。
だが、俺はその視線に見覚えがあった。刃だ。刃が俺を見る時の視線と同じだと感じた。
彼女とは直接の面識はないはずだが、それでも鋭がしっかりと刃を受け継いでくれてるんだっていうのを実感する。
むしろ、娘である明よりも刃に近いのかもしれないな。
彼なりに俺のことを気遣ってくれてるのかもしれない。
さらには、
「じいじ、じいじ!」
と、最近、意味のある言葉を話し始めた和が俺を呼んでくれる。光や灯は言葉を話すのにもっと時間がかかったが、これで個体差が大きいことが確認された。しかし、
「はあい、じいじですよ♡」
血は繋がってなくてもまぎれもない俺の孫である和が俺を呼んでくれるという事実の破壊力は覿面で、俺の表情は一瞬でほころんでしまった。
ああ…子供って本当に可愛いなあ……♡
たとえ血が繋がってなくても、こんなにも可愛いんだ。
でも、だからこそ、命を落とすマンティアンの子供達のことが心に刺さる。
「助けられるものは、助けたい」
飛びついてきた和を抱き上げつつ、俺は、シモーヌとエレクシアに向かって言った。
「そうですね」
とシモーヌは承諾してくれて、
「承知しました」
とエレクシアは応えてくれたのだった。




