明編 陽
陽も、とても元気な男の子だった。腹が減ったといっては大声で泣き、オムツが汚れたといっては力の限り泣き叫んだ。
隣に建つ俺の家の中までがっつりと泣き声が響いてくる。しかも昼となく夜となくだ。
これはこれは、我の強い、やんちゃな子になりそうだ。
ただ、ずっと泣きっぱなしかと言うとそうでもない。おっぱいを貰えるまでの間。オムツを替えてもらえるまでの間だけだ。光が上手くあやしてやれてるんだろう。
そんな様子を、俺も毎日見に行った。
すると、光は、穏やかな表情で陽を見詰めながら、
「はい、どうしたの? そう、おなかが減ったの。じゃあ待っててね」
と、俺が見ている前でも躊躇うことなく服をたくし上げ、おっぱいをあげた。
『ああ…<母親>だなあ……』
しみじみとそう思う。
俺は人間だから女性は必ず子供を生むべきだとは思わないが、同時に、生むことを選択した女性を馬鹿にするような真似はしたくないと素直に思える。
世の中には、それを馬鹿にする奴も少なくないようだが。
生まないことであれこれ言われるから、『やられたらやりかえす』という理屈を盾にそうしてるのかもしれないにしても、自分で生まない選択をしたのなら他人に何を言われようがスルーすればいいものを下手に噛み付くからかえって印象が悪くなるのにな。
などと、かつて自分も、結婚して子供を生した知人らを内心では馬鹿にしていたことを棚に上げて思ってしまう。
人間ってのは本当に身勝手な生き物だな。
だがこれも、人間である自分自身を諫めるために言ってることだ。人間という生き物を貶めたいわけじゃない。
この辺も、<言葉狩り>よろしく他人の言葉にやたらと噛み付くのがいるからなあ。本人が何を意図してその言葉を選択したのか考えもせず。
自分の意見を述べるのはいい。だが、露骨に侮蔑するのは、人として品性に欠けると思うんだよな。
なんて言うと、これも、
『他人を侮蔑してる!』
とかなんとか言うんだろうなあ。俺としては別に馬鹿にしたいわけじゃないんだが。
『そんなことをしてて他人の反発を招いてそれで嫌な思いしたからって泣き言を並べるのってどうよ?』
と思うだけで。
今は、俺達家族だけしかいないし、関係も良好なものの、いずれここにも人間の社会ができれば、そういう軋轢や厄介事も生まれるかもしれない。
ただこれも、<事件>にまで至らないなら、
<人間の社会そのものが抱える根源的な業>
だろうから、ある程度はそういう衝突があること自体がむしろ健全なのかもしれないな。




