明編 些細な話
外見上は普通の人間にしか見えない光だが、それでも一部にはパパニアンとしての形質も残していた。妊娠期間は八ヶ月ほどというのもその一つだろう。
人間で言えば若干<低出生体重児>もしくは<早産児(俗にいう未熟児)>として産む形になるんだが、幸い、胎児の方もパパニアンの形質を一部受け継いでいるらしく、身体機能的には十分な発育を見せているそうだ。
パパニアンは(パパニアン以外もそうだが)、子供の間は特に人間よりも成長が速いからな。
それでいて胎児の体は小さいから、出産時の負担は人間よりは少ないと見られてる。
出産時はそれこそ無防備になる上に、赤ん坊なんて捕食者からすれば<ごちそう>以外の何物でもないだろう。だから出産にあまり時間を掛けていられないという事情もあるわけで。
そうは言っても、野性なら外敵に狙われる以外のリスクも当然ゼロじゃない。人間として保護された出産でも、場合によっては死に至ることだって十分に有り得る。俺とシモーヌはその為の備えもすることになる。
「出産が始まります」
「…!」
セシリアから通信が入り、遊び疲れて寝ている和を抱いた俺と、改めて治療カプセルのチェックをしているシモーヌが僅かに緊張する。
深、焔、彩、新だけでなく、レッド達までいつもと違う俺達の気配を感じてか、何かを警戒しているかのような様子を見せていた。
さすがに、群れに加わったばかりの鋭と麗はまだよく分かってないようだが。
しかし、セシリアからの連絡が入ってから一時間ほどで、
「無事、誕生しました。体重、二千二十五グラム。元気な男の子です」
との続報が入った。しかも赤ん坊の泣き声もその通信に乗せて送られている。ロボットとの通話は、人間が無線などを使うのと違って本体から直接発信されるので、通常、周囲の音が紛れ込むことはない。だが、わざと周囲の音を拾って乗せることもできるから、そうしてくれたんだろう。
確かに元気そうな泣き声に、俺はホッとして体の力が抜けるのを感じた。
出産が始まってからたった一時間。陣痛が始まってからでも半日と、人間で言えば<超安産>って感じだろうが、それでも、な。
「おめでとうございます!」
シモーヌが満面の笑顔で祝福してくれる。
「ああ、これもシモーヌのおかげだよ」
いかにも社交辞令的な返しだったが、シモーヌがいたから今の俺達があって、光もいるんだっていうのはまぎれもない事実だ。男親である俺だけじゃフォローしきれない部分とかも彼女が担当してくれたからな。
彼女が意図せず、あの不定形生物のドローンやプローブのような役目をしている可能性はあっても、そんなことは嶽の時のように必要に応じて対処すればいいだけの話だ。
彼女はこうして新しい家族の誕生を喜んでくれる。その事実の前には些細な話だよ。




