誉編 後の先
ゆっくりと自分に近付いてくるイレーネに対し、若いマンティアンは、普通は見せない表情をしていた。
密林における最強生物の一角だから、これほどの敵に出逢うことなんてまずないからな。幼い頃に同じマンティアンの成体に狙われたりするくらいだろう。
共食いをすることのあるマンティアンならではか。
しかし今回はそれ以上だろうな。
顔まで硬質な外皮に覆われているマンティアンはあまり<表情>というものを作れないが、それでも<怯えた目>や、明らかに腰が引けている様子から、とてつもない恐怖の中にいるであろうことは、当然、見て取れる。
正直、可哀想にもなってくるが、これで今後、イレーネに近付くようなことがなくなってくれれば、できれば誉の群れに近付かないようになってくれれば、お互いの為になるんだと、自分に言い聞かせる。
言葉で納得させられるなら、それに越したことはないんだがなあ……
相手に逃げ出す余裕を与えるためにゆっくりと近付くイレーネの姿は、やられる方からすればそれこそ悪魔のようにも見えるだろうな。
で、何とか呼吸ができるまで回復したらしい若いマンティアンは、どうにか体を起こし、密林の緑に溶け込むように姿を消した。
この引き際の良さはさすがだと思う。ここで人間のように下手に<プライド>などを持ち出して抵抗でもされたらそれこそとどめを刺さなくちゃいけなくなるかもしれない。
そんなこと、俺は一つも望んじゃないない。お互いに平穏に暮らせるのが一番だ。
俺のそんな気持ちを代弁するかのように、イレーネは、遠ざかっていくマンティアンの気配を探知していた。
ところで、ロボットによるテロリスト等への対応だが、自分達がロボットであるということ、ボディそのものが破損を前提とした<消耗品>であることを最大限に活かし、常に二人一組、三人一組で行動、敢えてテロリストに先手を打たせることで情報を得、適切な対応をするんだとか。
しかもそれだけじゃなく軍や対テロ部隊が普段から、
『自分達がテロリストとしてロボットを攻略するとすればどのような手段を取るか?』
ということについても徹底した実戦形式で研究を続けてるらしい。
で、それによって見付かった<弱点>を改善したり、逆にその弱点を逆手に取った作戦を立てたりするとのこと。
不穏な言動は日常的にAIによって監視され、物品の流通は緻密に管理されることで少しでもおかしな動きがあれば目を付けられ、厳しい訓練でテロ兵士を作り上げても、<後の先>よろしく敢えて先手を打たされて取られた情報を基に対応され、何とか自爆テロにこぎつけたとしてもそれすらロボットが文字通り体を張って被害を最小限に抑える。
変な言い方だが、テロリストにとってどんどん厳しい世の中になっていくのに、なんで懲りないんだろうね。連中は。




