誉編 イレーネ
まあ、人間そのものをネットワークに繋ぐ話は今となっては余談だから置くとして、誉はイレーネのこともちゃんと理解しているようだ。
時々いなくなるメイフェアの代わりということを。
イレーネが来る前はエレクシアがメイフェアの代わりをしてたんだが、エレクシアについてはそれこそ生まれた時から傍にいた訳で、まったく怖がったり不安そうにしたりということもなかった。
ただ、イレーネに対しては、メイフェアにするように近付いたりはしない。メイフェアに対する親近感とは明らかに違っているのが分かる。
その辺り、やはり頭がいい。
しっかりと警戒心も残してくれてるのが逆にありがたいと思う。何しろボスだから、誉の判断一つで群れ全体が危険に曝されたりするからな。臆病なくらいでちょうどいい。
そして、感情豊かな（？）メイフェアと違っていかにもロボット然としたイレーネもまた、誉達と馴れ合おうとはしなかった。
発見された時には大きく破損していて右手右脚も失っていた彼女に与えられた、コーネリアス号の工作室で作られた義手義足も、バージョンを重ねるごとに進歩し、今では見た目こそ右手右脚が後付の代替品だとすぐに分かるものの、日常的な動作には殆ど支障がなかった。左足との性能差の所為で若干足を引きずるような歩き方をしてるだけだ。
時折、彼女を狙ってボクサー竜やマンティアン、パルディアなどが襲い掛かるものの、当然、彼女はそれを意にも介さない。
実はマンティアンで明の旦那でもある角も彼女に襲い掛かったことがあるんだが、それこそコテンパンにやられて以降、彼女には近付かない。
これはメイフェアの時も同じだ。まったく次元の違う強さを見せ付けられたことで、『獲物にはならない』と思い知ったんだろう。
しかし、その経験をしてない若いマンティアンなどは当然それを知るはずもなく、いかにも無防備そうな彼女を＜絶好の獲物＞として照準を付けたのが、彼女とリンクしたドローンのカメラに捉えられていた。
「あ～…ご愁傷様……」
タブレットに映し出された映像でそれを見た俺は、思わずそうこぼしてしまう。
で、俺の予測通り、凄まじい速度で彼女に迫ったマンティアンだったものの、そちらに顔を向けることすらなくイレーネが左手一本でカマの一撃を逸らし、体が泳いだところへ左の手刀を首筋へと叩きつけた。
「ギッ！？」
思わぬ反撃に何が起こったのか理解できなかったのだろう。若いマンティアンは地面を転がった後ですぐに体勢を立て直したものの、混乱したかのように頭を振っていたのだった。
