未来編 ルコアと遊んでるだけ
知識量さえ増えれば理性的で正しい振る舞いができる人間になれると言うのなら、<義務教育制度>ができて全体的な学力が向上した後、社会は『生き易く』なったか? モラルが劇的に向上したか? <いい人>は増えたか?
確かに犯罪発生率は下降傾向を見せたというデータもあるそうだが、一方でそれなりに教育を受けて育ったはずの年代の者達の行状が少なからず問題になっていたらしいじゃないか。傍若無人な振る舞いをする高齢者が問題になっていたりしたとも記録にはあるな。
周囲の者達が引き留めるのにも構わずに自動車の運転を続けて大変な事故を起こしたりとか、高齢者施設で職員に対して暴言を吐き時には暴力まで振るったりとか。
で、
『世の中は悪くなっていく一方だ』
だとかホザくのまで出てくる始末。<校内暴力>や<暴走族>なんてのの中心になっていたのも義務教育を受けた世代に育てられた者達だったんだろう? 豊富な知識によって高い知性を得、モラルが高まった人間達のすることか? それが。
その現実を見れば、
『単純な知識量は知性を担保しない』
というのが分かると思うんだよな。知識がなければ<指標>も得られないにしても、知識さえあれば<わきまえた人>になれるとは限らない。
人間として生きていく上で相応の知識さえあればそれ以外は、
『人間として他者と折り合っていくにはどうすればいいか?』
だけを承知していてくれればそれ以上は望まない。あくまでも当人がさらに上を目指すなら協力は惜しまないだけだ。
が、今のところ未来も黎明もそっち方面の才能は見せていないんだよなあ。素養は感じるもののとにかく関心がそちらに向いてないと言うか。二人とも久利生の血を受け継いでる上に彼の姿を生まれた時から見てきてるのにな。
だが、『勉強に対して強い関心を見せない』というだけで強く毛嫌いしてるわけでもないんだ。だから毎日ルコアを教師として勉強してくれている。もっとも二人にとっては、
『ルコアと遊んでるだけ』
というつもりなのかもしれないが。楽しそうなんだよ。二時間程度の間ならな。ゆえに『二時間』なんだ。それ以上無理にやらせようとしても今度は『勉強が嫌い』になってしまう気がする。実際<勉強嫌い>という子供は、
『勉強を押し付けられるのが嫌い』
なのが少なくないらしいし。そこで強要して精神的に歪んでもらっても困る。学習意欲を促すような努力はアリでもそっちはナシだ。
そうして準備が終わったところに、
「ミライ、ワタシトツガエ!」
またそう言いながらイザベラが現れたのだった。




