陽編 彗
その彗も、すっかり歳をとったのは感じる。実年齢についてはまだ三十三歳なので地球人の感覚だと若くも思えるが、実際には地球人(老化抑制処置が実用化される以前の)における六十代後半くらいなんだ。だから実年齢が四十歳を超えた凱に至っては九十歳くらいかもな。野生でそこまで生きていられるのは相当稀な例だと思う。
そして彼は、この密林においてはマンティアンと並ぶ<食物連鎖の頂点の一角>を成すアクシーズだから、パパニアンよりはどうしても平均寿命が短い傾向がある。しかもこうして見た目にも衰えが察せられるようになってきたということは、それこそいつ命を終えても不思議じゃないんだ。
何より、地球人のように日々を怠惰に過ごすことができない。老化速度以上に人生の密度は高いだろうから、たぶん、感覚的には<六十代後半くらい>じゃ済まないんじゃないか?
だから地球人の時間感覚で彼らの命の長さを語るのはおこがましいだろ。それこそ今の地球人社会であれば百年以上怠惰に無為に過ごしたところで誰も困らないしな。ロボットがフォローしてくれるから。人によっては一日一時間や二時間だけ働いてそれ以外はずっとゲームに興じてるのも少なからずいると聞くし。
それを百年間だぞ? 俺にはまったく理解できない。理解できないが、他人の生き方に口出しするのは筋が違う。加えてそういうのがいるからって地球人全員が怠惰になってしまうかと言えば実はそんなこともなかったんだよ。
『そうやって甘やかしてたら誰も真面目に仕事しなくなるだろ!』
とか言うのもいたが、地球人ってのはそこまで単純な生き物でもなかったということだ。<労働にこそ楽しみを見出すタイプ>というのも確かにいる。だから杞憂でしかなかったと。あまり働かず収入の少ない人間のフォローもロボットがしてくれるからバリバリ働く人間の負担になるわけでもないというのもあってか。
それを思えば地球人とは比較にならない濃密な人生を送ってる彗達の生き方についても俺が口出しするようなことじゃないさ。
「大丈夫大丈夫。彗は敵じゃないよ」
「そうそう。こっちが食事の邪魔とかしない限りね」
陽と和が言う通り、彗はどうやら獲物を捕らえて食事をするために手頃な木を探していただけのようだ。そうして陽達からかろうじてお互いの姿が確認できる程度の辺りの木に降り立ち、ボクサー竜の幼体らしき獲物を足の爪で掴んでそれを器用に自分の口まで持っていってゾブリゾブリと牙を立て始めた。
途中、何度か陽達の方に視線を送るのも確認できたが、別に緊張している様子も見られなかった。




