母親Re
翌日、俺は一人でシルビアに聞いた奴隷商を訪ねている。
そこは内区にある奴隷商で、通常なら街区の住人や冒険者等は利用出来ないらしいのだが、入口でシルビアからの紹介状を渡すと、随分丁寧に案内してくれた。だからシルビアって何者なんだ…。
「ようこそおいで下さいました。私が当商館の店主でキンダーと申します」
「シンリだ。よろしく頼む」
挨拶を交わした後、更に奥へと通される。セイナン市の奴隷商とは違い、立派な建物に豪奢な内装、それに清潔な室内。流石に貴族が利用する店だけの事はある。
歩きながら彼に、調理の出来る家政婦を探している旨を告げ、立派なソファのある部屋に通された。
室内は中心にある鉄格子で分断されており、その向こうに奴隷が並ぶようだ。
「では、始めなさい!」
キンダーが指示すると、最初の五人の奴隷の女性が並ぶ。皆、身体も服装も清潔にされている様子。
これが数回繰り返され、その中から俺はある女性を選んだ。
キンダーは、最初の組のある女性が奴隷商内で一番の料理上手だと薦めてきたのだが、俺が【魔眼】で見ると、この女性の方がより高い調理スキルを持っていたからだ。
他にも、隠れたスキル持ちがいないかと興味を持った俺は、奴隷達が待機している部屋を全て見せて貰う事にした。こんな無理が通るのもシルビアのおかげなんだろう。渋々ながらもキンダーが案内してくれた。
(さっきの女性以上の調理スキル持ちは、流石に居ないか…)
そんな事を考えながら、女性達の待機した大部屋を三つほど見て回った俺の視線は、ある部屋にいる親子に釘付けになった。部屋の端で寄り添うようにひっそりと佇む母と娘。
俺は出来るだけ平静を装いながら、キンダーに母娘の事を尋ねた。
「ん?あの親子は売り物か?」
「はい。ですが親子セットでの購入との条件付きなもので長く売れ残っております」
「確かに子供は邪魔か…。そうだな、掃除婦としてなら使えるかも知れない。安くしてくれたら買い取ってやってもいいが?」
「もちろん、御買上げ頂けるのなら勉強させてもらいます!」
「わかった。ではあの母娘とさっきの女性をもらおう」
「ありがとうございます!」
しばらくソファに座って待つと、キンダーが三人を連れてきた。彼に代金を支払い、手渡された隷属の首輪をそれぞれに付ける。
「これでこの者達は、シンリ様の所有物となりました。本日はご利用ありがとうございました」
深々とお辞儀をするキンダーと別れ、三人を外に停めていた馬車に乗せる。その室内を見て呆気に取られる三人。まあ、当然の反応だな。
屋敷に到着すると馬車を出迎えたアイリに任せ、まず三人には、ゆっくりと風呂に入ってもらった。
そして、シズカが用意したメイド服に着替えてもらい全員と顔合わせをさせる。
「俺は冒険者のシンリ。こちらは仲間で、シズカ、アイリ、ツバキ、エレノア、ナーサだ」
「わ、私はラティスタと申します。言い辛いのでラティとお呼び下さい!」
「私は………」
それぞれの挨拶が済み、ラティはシズカ達と共に調理場に向かった。
例の母娘は俺が執務室に連れてきている。母親は俺に感謝を示し深々と礼をした。
「この度は私の様な年増を、それも娘共々買って頂きまして、本当になんと御礼を言ったら…」
「そんな事はいいんだ…」
そう言いながら、俺はフードを取って黒髪と黒い瞳を、彼女に見せた。
「久しぶりだね。セイラ……母さん」
覚えてくれてないのではとの不安もあったが、彼女の反応を見るにそれは杞憂だったみたいだ。
「う、うそ……なぜ、オニキス様が…これは…夢なの?」
「色々あったけど、これは夢じゃないし俺も幽霊じゃない。ああ、それに今はシンリだ。オニキスはその娘だろ?」
「よくまあ御無事で……」
そう言いながら、ぼろぼろと涙を流すセイラ。その瞳はあの頃のように、俺への慈愛に満ち溢れている。
「俺が無力な子供だったせいで、セイラにも辛い思いをさせたみたいだな。すまない…」
俺はセイラに近寄り、その身体をしっかりと抱きしめた。
「オニキス、いえシンリ様もこんなに大きくなられて……」
セイラの目からはずっと涙が止まらない。死んだと思っていた子供が、いきなり目の前に現れたのだから無理もない。奴隷商は、夫が死んで売られてきたと言っていた。苦労をしてきたのだろう、あの柔らかかった身体は、すっかり痩せていた。
「ママをいじめてるの?」
泣き続ける母を心配して、オニキスが不安そうに聞いてくる。優しい子だ。
「オニキスちゃん。お兄ちゃんはね、キミのお母さん…セイラさんに育ててもらったんだよ」
「ママが言ってたよ。死んだお兄ちゃんの分まで、私は頑張って生きなきゃダメなんだって…」
「そうよオニキス。そのお兄ちゃんが生きていてくれたのよ!だからママは今本当に嬉しいの!」
「じゃあオニキスの…えっと、シンリ…お兄ちゃん?」
「そうだよ。キミのお兄ちゃんだ。だから、こんな邪魔な物外そうね」
そう言って俺は、二人の隷属の首輪を外した。
「やったー!すっきりしたよ、お兄ちゃん!」
「シンリ様、でも…」
「いいんだ。セイラがいなければ、俺は乳幼児の頃に死んでいた。俺にとってはセイラこそが母親、助けるのは当然さ」
「シンリ様。本当に何と御礼を言ったらいいのやら……」
「これからは、ここを自分の家だと思ってくれて構わない。もちろん、出て行きたいなら相応の金も準備しよう。帰る場所があれば俺が送ってもいい。もし一緒に暮らしてくれるなら、俺達が迷宮や各地に出かけている時の留守を任せたいんだ。どうかな?」
「元より、行く宛てなどない身です。またシンリ様と暮らせるのなら、こんなに嬉しい事はありません!」
「ありがとう。俺も嬉しい。オニキスもこれからよろしく」
「うん、シンリお兄ちゃん!」
「と、いう訳だからっ!」
そう言いながら俺が勢いよく扉を開くと、シズカを先頭に皆が倒れこんできた。
(ずっと聞かれていたのは知っていたんだが…全員涙ぐんで、本当にいい仲間達だ)
「セイラとオニキスは、聞いての通り俺の義理の母と妹だ。仲良くして欲しい」
「リアル妹なんて……負けられませんわ!」
「はじめまして。よろしくですう」
「主様の御母上…」
「妾の姑様と言う訳じゃのう。ほほほ」
「ふつつかものですが‥なの」
「嫁のオレにとっては、ホントに母ちゃんじゃんよ!」
「シンリ様って、おモテになるんですね!うふふふ」
久しぶりに見たセイラの笑顔は、幼少の俺に生きる希望を与え続けた、あの時の笑顔のままだった。




