13. 探査
13
ウドゥンは過去をかみ締めるように答える。半年前にあった出来事を、彼は昨日の事の様に思い出していた。
しかしウドゥンとセウイチだけでなく、話を聞いていた他の連中もまた、キャスカの話に出てくる黒騎士にあのプレイヤーの影を重ねていた。
「でもサブ武器は何も持ってなかったの?」
セウイチが追加の質問をすると、キャスカはコクリと頷く。
「はい。私たちが相手にした限り、レイピア一本でした」
その答えの意味を、リゼとエレアを除く古参のプレイヤー達は皆理解していた。武器としてレイピア一本しか持っていない事実は、黒騎士とあのプレイヤーが別人である事を示唆していた。
「うーん、なんだか中途半端な感じだな」
「……」
ウドゥンとセウイチが判断つきかねるといった様子で唸っていると、後ろからドクロが野太い声を上げた。
「だがインペリアルブルーのメインパーティを瞬殺だろ? そんな事できるプレイヤーがアイツ以外にいるか?」
「わからん。が、調べてみる価値はあるだろうな。だが――」
ウドゥンが刺すようにキャスカを睨みつけた。
「キャスカ。どうしてこのタイミングで話したんだ?」
「……先日のドロップ散乱事件の事で、先程お話しした内容がやはり現実なのだろうと確信しました」
「ドロップ散乱事件だって?」
銀髪のシオンが声を上げた。先週彼はPKギルド・ノーマッドの連中が仕掛けたドロップ品散乱PKに見事に引っ掛かり、一時は自身の高額装備を奪われてしまっていたのだ。
彼は腑に落ちない様子で言う。
「どうして? あれはノーマッドの仕業でしょ」
「……不確定な情報でしたが、スクイー大釜・カーン大聖堂を含む7thリージョンのいくつかでも、ドロップ品が散乱しているという情報があったのです。ノーマッドは《シックスギルド》であるにもかかわらずです」
「それは……ノーマッドの中にそれ以上のギルドランクに属する奴がいただけだろう?」
ウドゥンは以前、ヴォルが話していたことを思い出した。彼らクリムゾンフレアが8thリージョン・ウルザ地底工房を探索中、ドロップ品が散乱している場面に出会ったと言っていたことを。
しかしその時は、それらはクリムゾンフレアかインペリアルブルーのどちらかにノーマッドのメンバーが紛れ込んでいるのだろうと話していた。その予想を、キャスカは否定する。
「もしそうだとしても、ドロップ品を散乱させる必要性がありません」
「どういうこと?」
ニキータが聞くと、キャスカが続けて小さく身振りをつけながら説明する。
「彼らは結局ドロップ品をばら撒いた場所でPKをしなければいけないのです。すると1人や2人紛れ込めたとしても、それだけで《セブンスギルド》以上の猛者にPKを実行する事は不可能です。彼らノーマッドは特段強いギルドではないですから」
「……でもそれじゃあ」
「はい。おそらく黒騎士の仕業ではないかと考えております」
「ばかな。それこそ理由が……」
ウドゥンは両手を開き、呆れたように言いかけた。キャスカが言っている通りだとすると、黒騎士があの状況を作り出す理由がまったく思いつかなかったからだ。しかしすぐさま彼は、ノーマッドのリーダー・セシルが言っていた事を思い出した。
今回の件は俺達が最初じゃない――彼は確かそんな事を言っていた。
「……そういえばセシルの奴も、今回ドロップ散乱事件は、実際にドロップ品が散乱している現場に遭遇したから思いついたって言っていたな」
「え? あいつらより先にあんな事をしてた連中がいたの?」
シオンが信じられないと言った様子で言う。ドロップ品を散乱させておく行為が、PKをする以外で何の意味があるのか。
皆考え込むが思いつかない。しばらくして、キャスカがゆっくりとした口調で言った。
「それに、先ほどのお知らせです」
「お知らせだと……まさか」
ウドゥンはすぐにピンと来た。キャスカが今回の意識不明者の掲示を、荒唐無稽な"あの噂"に関連して考えている事に。
昔、黒騎士事件がアルザスサーバーで起こった時『黒騎士にPKされると現実世界でも死亡する』という噂があった。この眉唾な噂は尾ひれがつき、多くの人の話題に挙がり、やがてそれはナインスオンライン全体の噂となっていった。
そしてついにはゲーム運営側が公式に否定する事態にまで発展してしまった。
「ばかな。あんな荒唐無稽な噂をキャスカ、お前が信じてるなんて冗談だろ?」
ウドゥンは肩をすくめながら言った。冷静沈着を絵に描いたようなこのキャスカが、オカルトじみた噂を信じているなど、彼には全く信じられなかった。
しかしキャスカは真剣な様子で頷く。
「勿論信じていません。しかし、あまりにもタイミングが良すぎるのです。ミシラ空中庭園にいた正体不明の影、それらによって引き起こされた我々の奇妙な体験、先日の大量ドロップ品放置事件、そして今回の意識不明者の発表。もしもこの意識不明者までもがアルザスサーバーのプレイヤーだとすれば――」
「……それはミシラ空中庭園に現れた黒騎士の仕業」
キャスカがこくりと頷く。掴み所のない、奇妙な話だった。そして信じ難い話でもある。だがウドゥンにとっては、霧のようにおぼろげな噂しか無かった黒騎士が、確かな形を持って目の前に現れた――そんな風にも思えた。
彼は即断する。
「今からミシラ空中庭園に行ってくる」
「えっ、今から?」
リゼが驚いた顔でウドゥンを見上げた。トーナメントの試合開始まで、もう数分しかなかったからだ。シオンが慌てて止めに入る。
「何言ってるんだよ、ウドゥン。これからA級トーナメントが始まるんだよ? リゼちゃんの試合はどうするのさ」
「別に、ファナ戦までに戻ってくれば問題無いだろ」
「賭けは? 試合前じゃないと賭けられねーだろ」
「間に合わなかったらシオン、お前が代わりにやっといてくれ」
ウドゥンはすばやくパネルを操作し、金袋を取り出す。それをシオンに無造作に投げつけた。
「20Mある。いいか、リゼの勝ちに全額だからな。間違えんなよ」
「あ、あぁ」
雑な様子で投げつけられた大金にシオンがあっけに取られてしまう。固まってしまった彼の代わりに、ニキータが猫耳を振るわせながら喰いかかった。
「なに言ってるんだよ、ウドゥン君! リゼの応援をほっぽり出す気?」
「そうだよ、リゼの事はみんなで応援しないと」
同じくセリスもまた声を荒らげて引き止める。しかしウドゥンは彼女達を無視し、奥に座るセウイチに声を掛けた。
「セウ、手伝ってくれ」
「……まーったく」
ぽりぽりと顔を掻きながら、セウイチはひょいと身体を翻して通路に降り立った。
「ま、俺もちょっと気になるし。行くか」
「ちょっと! もう、セウまで!」
セリスは地団駄を踏んで怒っていたが、二人は聞く耳を持たなかった。一方少し悲しそうな表情を見せていたリゼが、こくりと頷いてウドゥンとセウイチに向き直る。
「私も行く」
「えぇ!」
「あぁもう!」
シオンとニキータが悲鳴に似た声を上げた。それだけはやめたほうがいいと、2人は半ばやけくそ気味に言う。
「リゼ、もう試合開始しちゃうんだよ!? そんな時間無いって」
「そうだよ。ウドゥン君もセウ君も、後にしなさい後に」
慌てふためく2人をよそに、ウドゥンはリゼの瞳を見つめた。そして普段通りのぶっきらぼうな口調で言う。
「ばーか。お前はトーナメントに出てろ」
「でもでも――」
「大丈夫、すぐに戻ってくるからさ」
セウイチは安心させるように、優しく微笑みながら言った。ウドゥンもそれに同意して頷く。
「まあ、準決勝のファナ戦までには戻ってくる」
「そんな……」
「それまでに負けてんじゃねーぞ」
ウドゥンが力強く言った。リゼは悲しげな表情で俯いてしまう。
「お前ら! 勝手なことばかり言いおって」
「旦那」
沈んだ空気を吹き飛ばすような大声が、ガルガンによって放たれた。彼はその巨体を身軽に動かし、どしんと地響きを鳴らしながら通路に降り立つ。
「ここまで話が大きくなってしまったのではな。俺も行こう。キャス、お前もだ」
「はい。勿論です」
キャスカは頷くと、俯くリゼの手を取り申し訳なさそう言った。
「リゼ。本当に申し訳ありません。すぐに戻ってきますので……」
「ううん……」
リゼが顔を挙げ、なにかを振り払うように大きく首を振る。そしてぐっとキャスカの手を握り返した。
「大丈夫! 私、負けないから」
「リゼ……」
「それじゃあ、受付に行って来るね。ウドゥン、キャス、セウさん。ガルガンさん。気をつけてね」
リゼはぶんぶんと皆に手を振った後、A級トーナメントの受付へと駆け出して行った。走り去るリゼを見送った後、ウドゥンが号令を出す。
「さて、行くか」
「ったく、早く戻ってこいよ。なんなんだよ全くよー」
シオンの憎まれ口を背に聞きながら、四人は円形闘技場の出口へと向かった。




