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Zwei Rondo  作者: グゴム
五章 深紅の戦乙女
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11. 影

11


 5月6日、ゴールデンウイーク最後の日だった。インペリアルブルーは前の月より8thリージョン・ミシラ空中庭園の攻略の為、連日マップ探索とギミック攻略、そしてモンスター配置とその対応策について戦略を練っていた。

 そしてこの日もまた、ガルガンを中心としたメインパーティを組みフィールド探索を行っていた。


「ベイロス、牽制」

「任せろって!」


 指示役であるコンスタンツから飛ぶ簡素な指示に、ベイロスは的確に応える。中央で敵の多くを引きつけているガルガンを中心に、彼らインペリアルブルーのメインパーティは8thリージョンのモンスター達と戦闘を繰り広げていた。


「おい! さっさと数を減らしてくれよ。いくら俺でも、この量はなかなか苦しい!」


 ガルガンが陽気な声を上げると、少しあきれた様子でコンスタンツが応えた。


「分かってるよー。キャス、ゴンゾー。人形ゴーレムから仕留めていって」

「了解」

「了解した」


 2人が短く返事をし、つむじ風の様な素早い動きで敵群に襲い掛かる。ガルガンが白い肌を持つ人型モンスター・エルヴの群れから、その攻撃を一身に引き受けている間、キャスカとゴンゾーはあっという間に周囲のゴーレム達を屠っていった。


 残っているエルブ達も含めて、5分ほどで殲滅し終えた彼らは、武器を納めてその場で休憩する事にした。ガルガンがドカリと石畳に座り込みながら言う。


「やれやれ。第一島もこの区画で最後か」

「はい。マッピングはこれで終わりですので、明日からは第二島へ向かう経路の本格的な攻略に入りましょう」


 キャスカが無表情に言った。その腕に、青色のワンピースドレスを身に着けた小柄なコンスタンツがへばりついてくる。


「疲れたー。こんなに強いのと連戦するなんて、私たちでもいっぱいいっぱいだよ」

「そうだな。隊列を組んでいったとしても、おそらく第一島を突破できるのは我らを含め、十数人といった所だろう」


 その横からゴンゾーが腕を組みながら発言した。彼は蒼色の大鎧に身を包んだ、武士のような装備だ。そして5人目のベイロスが気楽そうに声を上げて笑う。


「ははは! まあそうでないと張り合いも無いだろ。急いでいるわけでもないんだ、ゆっくり攻略しようぜ」

「がははは! その通りだ!」


 ガルガンが同調して笑う。声の大きな2人がそろって明るい調子で言うので、他の3人もつられてつい笑みがこぼれてしまった。

 この5人は大規模ギルド・インペリアルブルーのメインパーティである。過去A級チームマッチトーナメントを何度も優勝している彼らは、現アルザスサーバーにおいて最も安定しているパーティだと言われている。今回彼らは、8thリージョンであるミシラ空中庭園攻略の第一歩としてエリアを詳しく探索していた。

 しかし、それも今回の戦闘で終了だった。ミシラ空中庭園は9つの浮島からなるが、その最初の島のマッピングを終えたからだ。彼らはそのまま、互いにこのエリアの攻略のための議論を交わしていた。


「……?」


 その最中、キャスカは奇妙な視線を感じた。その方向に視線を向けると、崩れた空中庭園の遺跡群の影となった場所から不気味な空気が漂っている気がした。

 少し気になった彼女は、無言でそちらに歩み寄る。抜かりなくパネルから自身の得物である"アクアマリンタック"を取り出しながら。


 キャスカがその場所を覗く。するとそこには影と同化した、黒いスライムのような不定形の物体があった。彼女は眉をひそめて目を凝らすと、突然その影は一気に盛り上がり、人型となってキャスカの目の前に立ちふさがった。


「なっ――」


 声を上げる間もなく、影はキャスカに襲い掛かる。手にしたどす黒い棒状の武器を乱暴に振るってきた。彼女はとっさにエストックをかざして受け流す。


 ガキン――


 不協和音を上げるも、かろうじて受け流しを成功させる。その時初めて、彼女はその影の姿をはっきりと目にした。

 ひらひらとした黒のワンピース。その胸元は大きく開いており、とても戦闘用の装束には見えなかった。非対称アシンメトリーに伸びた長いスカート部分から伸びた脚は長く、すらりとした細身の身体をしていた。

 さらにその顔には、不気味に微笑む白い仮面が身につけられていた。


「キャス?」


 メンバーが異変に気が付いて顔を向ける。キャスカが目の前にする影の姿を見て、彼らは一様に驚きの声を上げた。


「なっ……誰だ?」

「プレイヤー?」


 現れた影は明らかにPC(Player Character)――プレイヤーの格好をしていた。つまり、自分達はPKに襲われているのだと彼らは瞬間的に判断した。しかしそれは状況的にあり得なかった。

 ゴンゾーが呟く。


「ギルメンじゃあ……ないのか? ここはミシラ空中庭園だぞ」

「こんな所までこれるギルメンが私達以外にいるの? しかも――」


 コンスタンツはきょろきょろと周囲を見渡し、他に敵が居ないかを確認する。しかし、周囲には先ほど倒したモンスターがドロップしたアイテムしか見当たらなかった。

 つまり自分達と目の前の相手以外、ここには誰もいない――


「ソロだって? 冗談でしょ。貴方は誰!?」


 コンスタンツが言いながら牽制として弓を引いた。小柄な彼女に不釣合いな大弓から放たれた矢が、高速で影に迫る。


 キン――


 その影は手にした棒切れの様な武器でそれを弾き飛ばした。いとも簡単に、ハエでも振り払うかのように自然な動きだった。

 そしてそのまま、攻撃を仕掛けてきたコンスタンツに向かって駆け出してくる。


「させねぇ!」


 ベイロスがコンスタンツをかばう。巨大な(ランス)を手に、迫り来る影の前に立ちはだかった。影は表情を仮面に隠したままベイロスに切りかかる。

 ベイロスは(ランス)を大きく振り回して牽制をした。しかし影はぬるりと音がするような滑らかさでそれを回避すると、一気に懐へともぐりこむ。


「なっ――」


 驚く間もなく、次の瞬間ベイロスは喉元を一突きされていた。ベイロスが信じられないといった表情を見せながら、体を破散させて死亡デッドしてしまう。あまりの速度に、ほとんど何をされたのかすら理解できない様子だった。

 その時、影の手に持っている武器が細身の刺突剣――レイピアだという事にキャスカは気が付いた。そしてさらに黒い装束。彼女は最悪の相手を想像してしまう。


「まさか……?」


 しかし驚く暇すら与えず、影は次のターゲットを定めた。ベイロスがかばっていた後衛――コンスタンツにその凶刃を向ける。


「っちい!」


 ガルガンが慌てて自身の挑発スキル・ディバインズロックを発動させた。同時に影の周りに挑発影響下である事を示す淡い光が現れる。

 しかし影は止まらなかった。挑発スキルを受け、プレイヤーならガルガン以外を攻撃しそうになると現れる警告パネルも現れず、影は一気にコンスタンツとの距離を詰めたのだ。

 それは彼らの常識の中ではあり得ない事だった。


「うそ!」


 コンスタンツもまた想定外といった様子で悲鳴を上げる。影が手にしたレイピアを突き出すと、彼女はなすすべなくそれの餌食となった。

 本来一撃で死亡デッドするようなやわな装備はしていない彼らだったが、影の攻撃が余りにも的確すぎた。露出した最も防御値が弱い箇所に、針の穴を通すような精密さでレイピアを突き入れてきたのだ。


 その精密な攻撃を目の前にし、キャスカが驚き息をのむ。なぜならそんな曲芸の様にレイピアを扱うプレイヤーを、彼女は一人だけ知っていたのだから。

 最悪の予想が現実となりかけていた。


「そんなはずは――」


 その声に押し殺すように、ゴンゾーが長大な日本刀を振りかざす。


「キャスカ! 今は詮索してる場合じゃない。やらなきゃ、やられる!」


 コンスタンツを突き殺した余韻に浸る影の背後から、ゴンゾーが空気を揺るがす程に気合の入った切り落としを放つ。それは影を真っ二つに切り裂いたように見えた。

 しかし、刀身は音を上げて空を切るだけだった。影はそれを紙一重で回避すると、ぞっとするほどに滑らかな動きで、次の瞬間にはゴンゾーの眉間にレイピアを突き入れていたのだ。

 目にも留まらぬ早業の前に、ゴンゾーもまた何が起きたのかほとんど理解できないまま死亡デッドしてしまう。


 残ったキャスカはエストックを握り締め、ガルガンもまた斧槍盾ハルベルトシールドを両手に握り、2人は影と対峙した。


「キャス」

「はい……」


 ガルガンの呼びかけに、キャスカは沈んだ声で答える。


「奴の正体についてはとりあえず後で考察するとして、今は最悪の事態を考えねばならない」

「最悪……ですか」


 キャスカは復唱した。ガルガンが毅然とした口調で続ける。


「あれが"あの黒騎士"だとして、さらに万が一"あの噂"が本当ならば、俺達はこのままだと本当に殺されてしまう」


 『PKした相手を現実世界でも殺してしまう』――過去に起きた黒騎士事件の際、まことしやかに囁かれていた噂である。運営によって公式に否定されてはいるが、目の前の影にはその噂をありありと思い浮かべさせるだけの、言葉にできない異常さがあった。

 もしかしたら、このままPKされると殺されてしまうかもしれない――2人は現実感の無い不気味な恐怖を感じていた。


「まさか……あり得ません」

「しかし、一応保険だ。お前は逃げろ」

「あなたは?」


 キャスカが聞くと、ガルガンはニカリと笑った。


「俺はお前達の盾役だ。コンスタンツ達は守れなかったが、お前くらいは守らせてくれ」

「……わかりました」


 キャスカは頷く。そしてすばやく後ろに飛び退くと、そのまま全速力で駆け出した。影はその動きをきょとんとした様子で見送る。


「さて、かかって来い。奇妙な黒騎士(・・・)よ」


 ガルガンが啖呵を切る。しかし次の瞬間には、既に影はガルガンの目の前にいた。彼が反射的に武器を立てる。

 ガキン――という音を上げ、重厚な斧槍盾ハルベルトシールドがレイピアを弾き返す。ガルガンがそのまま影の動きを止めるために斧槍盾ハルベルトシールドを押し付けた。


「……」


 影は無言のまま斧槍盾ハルベルトシールドによる攻撃をかわした。そしてガルガンの懐に入り込むと、そのまま彼の眉間を突き砕く。

 わずか一合打ち合っただけだった。影の精密な突きにより一瞬にして体力を全て奪われたガルガンが、悔しそうに顔をゆがめて死亡デッドした。


 その姿を遠目に見ていたキャスカは、影――黒騎士に背を向けて全速力で逃げ出した。黒騎士は、無言でその後を追った。


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