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Zwei Rondo  作者: グゴム
四章 黄金の皮算用
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13. 交渉

13


 部屋自身が息を殺したように静まり返った。騒がしく会話していた周囲のギルド員までもが、一瞬で駄弁りをやめて黙りこくったのだ。


「っ……」


 その異常な空気の変化に、リゼが息をつまらせる。黙っていろと言われて気を張っていなければ、つい声を上げてしまっただろう。しかしウドゥンは動じず、黙り込むセシルに質問を重ねた。


「聞こえなかったか。"霊銀石"と"カラクリ蜘蛛の繭"と"オパールの樹"……それに"マンドラゴラ"の売却をいつ実行するのかって聞いてるんだよ」


 突然ウドゥンが口にした具体的なアイテム名、それと売却という言葉に、リゼは意味が分からずに彼の顔を仰ぎ見る。しかしその言葉に最も反応したのは彼女ではなく、目の前に座る男だった。


「かっかっかっか!」


 セシルは愉快げに声をあげて笑い出した。ソファに深く背を預け、腹を抱えて笑い転げる。周囲のギルド員も少し意外そうな表情で、セシルが笑い転げる姿を見つめていた。

 やがてセシルはひいひいと息を整え、愉快げにウドゥンと向き合う。


「かかっ。さすが【智嚢ウィズダム】。いつ気がついた?」

「別に。お前らの考えそうな事だからな」

「そうじゃない。いつ俺達が買占めをやってるって気がついたのかを聞いてるんだ」


 セシルは押し殺したように低い声に言った。ウドゥンが手をひらひらと振りながら答える。


「タダで聞けると思うか? 俺はそんなにお人好しじゃない」

「っか! この状況でそんな言葉をのたまうお前の気が知れねーよ」


 セシルが左手を掲げると同時に、周囲のギルド員が逃げ道を塞ぐようにウドゥン達を取り囲んだ。同時に彼らはパネルを操作し、武器を実体化する。電子音が部屋の中に静かに響いていた。

 ここはノーマッドのギルドホームの中だ。もし彼らが本気で襲い掛かってくれば、ウドゥン達は対抗する手段無く一方的にやられてしまうだろう。

 セシルは脅すような口調で言う。


「お前今、少なくとも30M以上は持ってるだろ? キル報酬の10%で3Mだ。くれるって言うなら、貰うだけだぜ。そっちのお嬢ちゃんはそうだな。俺が遊んでやろうか?」


 先程までの上機嫌な笑顔ではない、気が狂ったように不気味な笑顔を差し向けるセシルを見て、リゼは不安げにウドゥンの裾を握った。

 しかし彼は調子を変えることなく、いつものぶっきらぼうな様子で言う。


「わかってねーなセシル。今お前、ほとんど詰みかけてるんだぜ?」

「ほう?」

「俺達をPKして、何の解決になるんだ? ま、大損こきたいなら今すぐやるといい。後悔するなよ」


 自信満々に言うウドゥンを、セシルは含むような表情でじっと睨みつける。目の前の男が話す内容を予測しながら、彼はしばらく考え込んだ。


「っち」


 忌々しそうな舌打ちが小さく響く。ウドゥンはその冷たい音に肩をすくめると、周囲を牽制するように一瞥した後、言った。


「俺はこの話、インペリアルブルーから聞き出した」

「……なんだと?」


 セシルの顔がひどく歪む。笑顔が消え、苦々しい表情に変わったのだ。その反応を予想していたウドゥンは好機と捉え、淡々と続ける。


「インペリアルブルーは今、お前らと同じく着々と素材を買い占めつつ売り時を計っている。ただしお前らと大きく違うのは、あっちはノーマッドが"買占め"を行っている事はわかってやってるって事だ」


 周囲がざわざわと騒ぎ出す。ちらほらと「なぜばれた?」「派手に集めすぎたか」などと小声で話し合っていた。【聞き耳】スキルで会話を余す事無く拾うウドゥンは、状況が優位に進んでいる事を確認した。


「インペリアルブルーか……」

「あぁ。残念だったな。もう1日くらいは待つつもりだったんだろ?」

「……」


 セシルが黙りこくる。ウドゥンは一瞬間を空け、周囲の反応をうかがいつつ話を続けた。


「まあ、インペリアルブルーも稼ぐつもりで後追いしてるんだろうから、すぐに相場が壊れるって事は無いだろうよ。それよりも俺が気が付いてしまったって事の方が、お前にとっては絶望的だ」


 いぶかしむ表情を見せるセシルに向け、ウドゥンが珍しく口元を大きく緩ませた。


「別に俺をPKしてもかまわねーぜ。その時はお前らノーマッドの考えをあらゆる場所に触れ回ってやるよ」

「……そうきたか」


 セシルは黙り込んだ。目の前の男が言っている話が、どれほど自分達の計画に影響してくるか、彼は静かに計算していた。


「インペリアルブルーを仕切ってんのは誰だ?」


 セシルが質問した。ウドゥンが淡々と答える。


「キャスカとコンスタンツだろうな」

「やっぱり、あいつらか」

「おそらくだが、特にキャスカの奴が先導している。PKKの動きが少し変だった事、気がついていたか?」


 セシルは小さく頷いた。


「あぁ。確かにあいつらにしては、非効率な配置だったな」

「キャスカは、お前らがドロップ散乱PKで稼げている間は素材の売却を実行しないと読んでるんだよ。あのばら撒いてるアイテム、買い占めてたけど値上がりしなかった余り物だろ?」

「……そこまでバレてんのか。うまくやってると思ったんだがなー」


 セシルががりがりと髪をかきむしる。撒き散らされたドロップ品により、ノーマッド達は狙いを誤認ミスディレクションさせていたはずだった。しかし、インペリアルブルーにはばれてしまっている。その事は彼らにとって、動揺するに値する情報だった。


「ウドゥン。お前よくあの2人から話を聞き出せたな」

「いや、昨日城砦に行った時にガルガンと話してな。その中でちょっと話に上がったんだよ」

「なんだ、おっさんかよ。あいつは本当に口が軽いな」


 セシルが呆れたように言う。ウドゥンもまた同調するように肩をすくめた。


「まあな。ただ仕切ってるのはさっき言った通りキャスカとコンスタンツだから、余り詳しくは聞きだせなかったがな」


 ウドゥンが言った事に対し、隣で黙って聞いていたリゼは少し奇妙な気がした。昨日行ったインペリアルブルーの城砦で、彼はガルガンには会っていないのだから。

 しかし不思議には思ったが、今それを追及すべき時では無いとも思ったので、彼女はこのまま黙っておくことにした。


「しかし、また【蒼の死神(ブルーリーパー)】と【蒼玉姫サファイア】か。ったく、なんであいつらはいつも俺達の邪魔をするかなー」


 少し弱気な様子でソファに持たれかかるセシルに、ウドゥンが声を掛ける。


「今回は邪魔しようとしているというより、儲けに乗っかろうとしてるだけだろ。ここからは俺の予想だが、あいつらがお前らの動きに気がついたのはパッチの後だろうぜ」

「どうしてそう思う?」

「もう素材の方は、高い奴でパッチ前の10倍以上に値上がってんだ。お前らと同じようにパッチ前から買い集めてたんなら、欲張りなお前らじゃないんだから、さっさと売りに出して利益を確定させるのが普通だろ」


 ウドゥンの言葉を、セシルは少し不満げに言い返した。


「わかってねーな。まだまだ値上がるんだよ」

「その考えが危険なんだよ。あっちはお前らがまだ売却を実行しない事を読み切ってる。先手を取るなら早い方がいいぞ」

「うるせぇ。引き際が肝心ってこと位、わかってる」


 セシルは忌々しげに舌打ちし、口に手を当て思考する。しかしウドゥンは回答を待たずに畳み掛けた。


「別にお前らの商売を邪魔しようって訳じゃない。ただ俺は、シオンの"オリハルコンハンマー"を返してくれと言っているだけだ。金もさっき言った通り、30M払う。それで俺達はこの話、何も知らなかった事にしてやる。そんなに悪い話じゃ無いだろ?」


 ウドゥンが条件を出し切ると、セシルはしばらく黙りこくる。やがて睨みつけるように鋭い視線を向け、質問してきた。


「お前は、この話に首を突っ込む気は無いのか?」

「別に、あまり興味ないからな」

「……本当に"オリハルコンハンマー"と30Mの交換だけだな?」

「あぁ」

「……インペリアルブルーの連中には、何も言うなよ」

「勿論だ」


 ウドゥンが頷くと、彼はニヤリと下卑た笑みを浮かべた。


「よし。それで手を打とう」


 セシルはハンマーを机の上から持ち上げると、そのまま突き出すようにウドゥンに差し出した。

 ウドゥンも同じくパネルを操作し、金袋を取り出す。


『オリハルコンハンマー』

『30,000,000G』


 手にしたアイテムの詳細情報を示したパネルを、お互い相手に見えるように表示させると、2人は同時にアイテムを投げ合った。

 それを互いに受け取り、2人は素早くそれらをパネルに収める。取引を終えたセシルは、少し疲れた様子で声を上げた。


「やれやれ、おいモーリー」

「おう」


 ギルド員の一人の名前を呼ぶと、背後から男が無愛想に返事をした。影と同化しているような、存在感のない男だった。セシルが顔も向けずに命令する。


「ちょっと早いが、売りを開始するぞ。計画通りに動け」

「わかった」


 男は簡単に返事をして、部屋から出て行った。数人のギルド員がそれに続いて部屋を出て行く。それらを横目で見送るとセシルは再びウドゥンに向き直った。


「さてウドゥン。お前はこの話、知らなかったんだよな?」

「あぁ。裏切るつもりは無い。安心しろ」

「かかかっ! そんな言葉で俺が信用するのは、お前くらいだろうな」

「お前が信用する事を信用するのこそ、俺くらいだろうよ」


 お互いにそう言いあい、彼らは愉快げに笑った。リゼはなんとなく、二人のやり取りに狸か狐同士の化かしあいの様な印象を受けてしまった。

 だが同時に、仲の良い兄弟のじゃれあいのように見えもした。それほどに2人は、愉快げな様子で笑っていた。


 ウドゥンが無言で立ち上がり、セシルがそれをニヤニヤと笑みを浮かべながら見上げる。その時、ふと思い出したようにセシルが言った。


「そういやウドゥン、さっきから気になってたんだが、そっちのお嬢ちゃんはもしかして例の新人か?」

「……何が例なのか知らないが。最近ウチに入ったリゼだ」


 突然紹介されたリゼは、慌てて立ち上がり頭を下げる。挨拶をしようかと思ったが、先ほどウドゥンに言われた忠告を思い出し、何も言わずに頭を上げた。


「へぇ。【太陽ザ・ハーツ】と違って、随分と大人しいんだな」

「まあな」


 ウドゥンに言われて黙っているだけのリゼは少しむず痒い気分になったが、とにかく今は言われた通りに無言を押し通す事にした。


「それで、強いのか?」


 セシルから出た簡潔な質問に、ウドゥンは大きく肩をすくませる。そして皮肉っぽく笑いながら答えた。


「勿論。少なくとも、ここにいる誰よりもな」


 挑発するように発せられた言葉に、周囲からざわめきがおこる。しかし質問した当のセシルは、ゲラゲラと手を叩いて笑い出した。


「かかかっ! そりゃ凄い。リゼ!」

「……」


 その呼びかけにリゼが無言で頷くと、セシルはひどく子供っぽい笑顔で言った。


「トリニティに物足りなくなったら、いつでもウチに来ると良い。歓迎するぜ」




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