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Zwei Rondo  作者: グゴム
四章 黄金の皮算用
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5. ラース山脈

5


 ラース山脈は、ひたすらに上り坂が続くエリアだった。岩肌が剥き出しの険しい山道を登り、爬虫類系統を中心とした凶悪なモンスター群を切り抜け辿り着く頂上には、世界喰らい(ワールドゴージャー)と呼ばれるワーム型のエリアボスが住む。

 攻略難易度が高いとして知られているラース山脈だが、今回ウドゥン達が訪れた目的は、エリア攻略ではなかった。


「うっわー、すごい!」


 リゼが無邪気に岩山から遠景を眺める。三人が進む山道の脇は、すでに目もくらむほどの断崖絶壁となっており、遠くの背景にはアルザスの街が小さく見えていた。


「落ちんなよ。すっげー面白い死亡デッドが体験したけりゃ止めないが」

「あはは! でも一度はやってみるといいよ。ひも無しバンジー自殺」


 シオンがからからと冗談っぽく笑う。彼は最高級の霊銀ミスリルで出来た重鎧に、その小柄な身体をすっぽりと包んでいた。ずいぶんとずんぐりむっくりな格好だが、機敏な動きをする事が得意では無い彼にとっては致し方ない装備だった。

 リゼが崖から振り向きながら言う。


「やっぱり、高いところから落ちると死んじゃうんですか?」

「そりゃあね。まあ俊敏性や装備によってはわりと高い所からでも大丈夫だよ。リゼちゃんなら、10mくらいなら行けるんじゃない?」

「へぇー今度やってみようかな」

「やるのはいいが、インベントリは空にしていけよ」


 ウドゥンが冷静に突っ込みを入れる。

 インベントリとは所有するアイテムを保管するパネルの容量である。通常は本人しかこのインベントリの中身に手を出す事は出来ないが、死亡デッドした時は別である。死亡した際には、インベントリからアイテムを一つまたは所持金の10%を奪えるパネル、俗に言う死亡デッドパネルが現れる。通りがかりの人でも誰でも、そのパネルを操作する事により金か貴重なアイテムかのどちらかを奪う事が出来た。

 基本的にはナインスオンラインでは、この死亡(デッド)パネルからのキル報酬を目当てにPK(Player Kill)が行われていた。


「今はやらないよー。それより、コカトリスってどこにいるの?」

「もうちょっとかな。マップ2枚目のK-6広場だったはず」

「……そこまで辿り着ければいいがな」


 ウドゥンが少し呆れた様子で、前方を指差した。そこには前足が異常に成長したトカゲ型モンスター・ラースリザードが4匹ほど、行く手を塞ぐように出現していた。


「っわ!」


 リゼが慌てて、パネルから銀のエストックを取り出す。ウドゥンも懐からクロスボウを取り出し、戦闘に備えた。


「いえーい。戦闘戦闘!」


 シオンはパネルから片手持ちのハンマーを取り出した。黄金に輝くド派手なハンマーに、リゼが目を丸くする。なぜならそれはどうみても先程生産にも使っていた、鍛冶用の工具だったからだ。


「シオンさん。それで戦うんですか?」

「勿論。戦う鍛冶マスターとは俺のことよ!」


 クルクルとバトンのようにハンマーを回して言い張るシオンに、リゼは少し心配になってしまう。


「え、でもそれって……」

「くるぞ」


 ウドゥンが短く言う。リゼが見ると、すでにラースリザード達は俊敏な動きで迫っていた。


「え、あ、あ!」

「とおりゃーー」


 シオンが掛け声と共に飛び出した。霊銀ミスリルの重鎧に身を包んだ彼に向け、一斉に襲い掛かるリザード達。シオンは大きく振り上げたハンマーを、先頭のリザードの脳天めがけて叩きつけた。


「グガア!」


 直撃を食らったリザードの一匹がぐらぐらと目を回してしまう。しかし他のリザード達が四方から襲い掛かってくる。

 シオンはそれを回避するでもなく、ただ重鎧の頑丈さに頼って亀のように縮こまって受けた。


「うわあ! ウドゥン! 助けろい!」

「ったく。弱いんだから飛び出すな」


 ウドゥンが連続で放った矢は、ラースリザード達の身体を的確に突き刺さる。シオンを攻撃しようとしていたリザードの内二体が、攻撃を中断してウドゥンに瞳を向けた。


「おい、リゼ」

「うん!」


 その二匹の前に立ちふさがったのはリゼだった。軽やかに駆け出すと、両手で構えたエストックの切先を敵に向ける。二つに結った栗色の髪が小さく跳ね、透き通った青い瞳でリザード達を鋭く睨みつけた。


「やあああ!」


 リゼが気勢を上げ、エストックを突き出す。噛み付き攻撃を発動していたリザードの口腔にエストックが突き刺さり、そのまま内部を抉りながら切り抜けた。

 悲鳴をあげてのた打ち回るその個体を打ち捨て、リゼは続けて襲い掛かる二匹目に視線を向ける。敵は、大きく振りかざした前足を打ちつけてきた。


 キン――


 その攻撃を、リゼは完璧にガードした。ジャストガードの小気味良い音が周囲に響き、彼女はそのまま一気に詰め寄る。

 エストックの刀身を赤く輝かせ、トリック【サイドワインダー】を発動させると、縦横に引き裂かれたラースリザードの体が細かい破片となって消滅した。


 後に残ったのは、ごつごつとした赤い革だけだった。


「おー。さっすがリゼちゃん!」

「えへへ」


 シオンが感心した様に言う。残りのリザード達はシオンに襲いかかったままだったが、彼は苦労しながらもその攻撃に耐えていた。


「シオンさん!」


 リゼが駆け寄り、すぐさま助太刀に入る。ウドゥンの援護もあり、数が半減したラースリザードの処理はすぐに終わり、ドロップした素材を拾った後、三人は目的の広場へと移動を再開した。



 その後何回かモンスターの襲撃を受けたが、三人はそれらを順調に撃破していった。上級者向けの6thリージョンとはいえ、序盤ではそこまで難易度は高くない。マップの深部に侵入していていない事から、先ほどのラースリザードの様な統率の無い雑魚モンスターが中心の敵構成だった。


 彼らは順調に山道を登り、目的の広場にたどり着いた。しかしそこで彼らは、奇妙な光景を眼にした。


「へ?」

「え?」


 素っ頓狂な声を上げるシオンとリゼ。目の前の広場には確かにターゲットのコカトリス数体が生息していたのだが、その足元には彼らがドロップするアイテム"コカトリスの革"が散乱していたのだ。足の踏み場も無いほどにばら撒かれた大量の赤褐色の革は、軽く見積もっても三桁を超え数がありそうだった。


「これは……」

「すごい!」

「ひゃっほー!」


 いぶかしむウドゥンを尻目に、リゼとシオンは歓声を上げて駆け出した。一面に広がる革の海に向け、2人は飛び込んでいく。


「すっげー運いいな! とりあえず拾おうぜー。リゼちゃん。コカトリスの注意(ヘイト)をとらないように気をつけてね」

「うん! 任せて!」


 2人は周囲にコカトリスの動きに注意を払いながら、せかせかと革を拾い集め始める。その間、ウドゥンは一人立ち尽くしていた。彼の表情はひどく険しく、時おり首を捻ってはうなっている。

 彼の奇妙な様子に気がついたシオンが、回収作業を中断して声をかける。


「おい。ウドゥン。何してんだよ、お前もさっさと手伝え!」

「……」

「おーい――」


 そんなシオンに、ウドゥンは突然懐から取り出したクロスボウを向けた。


「へっ?」


 シオンの間の抜けた声が上がる。それと同時に、ウドゥンは引き金を引いた。射出された(ボルト)が空気を切り裂き、シオンの頬をかすめて抜ける。ガツンという乾いた音と響かせて、それは背後の大岩に突き刺さった。

 身動き一つできずにそれをやり過ごしたシオンは、目を見開いて抗議する。


「な、な、なにしやがる!」

「違うか……」

「あん? 何がだ?」


 シオンが詰め寄りながら聞くと、ウドゥンは小さく頬を掻きながら答える。


「悪い。深読みしすぎた」

「どういう事だよ」

「……いや、気のせいだろう。それより、さっさと拾ったほうがいいんじゃないのか?」

「おお! そうだそうだ……って、また俺を狙うんじゃないだろうな」


 シオンが鋭い目つきでウドゥンを睨みつける。しかしウドゥンは、おどけるように両手を広げた。


「ねーよ。ていうか今のお前を狙ったんじゃない」

「本当かよ……」

「俺達は親友(・・)なんじゃなかったか? 信じろよ」

「ふーむ」


 シオンが腕組みをし、いぶかしむ。2人の少し険悪な雰囲気に気がついたリゼが、慌てて間に入った。


「待って待って! ケンカしないでよー。どうしたの? 突然」

「なんでもない。悪かったな、シオン」

「っちぇー。まったく、たまにお前意味不明な行動をするよな」


 奇行としか思えない、突然の攻撃を受けたシオンだったが、ウドゥンが真意の読めない行動を起こす事は初めてでは無かった。そのたびに説明を求めるのだが、いつもはぐらかさせてしまうシオンは、今回も諦めて息を吐く。


「まあいいや。インベントリの空きがある限り拾うぜー」

「この"コカトリスの革"、俺が拾っても5kなんだろ?」

「そうそう――って、そんなわけ無いだろうが! テメーはタダ働きだ」

「じゃあ、私が拾った分は?」

「5k出す!」

「やった!」


 シオンがノリノリで言うと、リゼは嬉しそうに革を拾い集め出した。ウドゥンは肩をすくませながら、ゆっくりとドロップの回収を始めた。



 一面に散らばったコカトリスの革を拾い集めた後、ついでに再出現リポップしていたコカトリス達を小一時間ほど狩り、やがて3人はアルザスの街へと帰還した。


「それじゃあ、他の素材も集めてから、明日の昼くらいにまた工房へ行くから」

「了解。んじゃあな」

「お疲れ様ですー」


 手を振って去るシオンを、リゼが手をぶんぶんと振って見送った。

 隣で腕組みをしていたウドゥンは振り返ると、一人で歩き出してしまう。リゼが慌てて後を追うが、すぐにウドゥンの歩く方向が32番街へ向かう道筋では無い事に気がついた。


「あれ? 工房に帰るんじゃないの?」

「ちょっと寄る所ができた。先に戻ってていいぞ」

「工房で裁縫のスキル上げしたかったのに……どこ行くの?」

「城砦だ」

「え、キャスの所!?」


 リゼがぱあっと表情を明るくする。大規模ギルド・インペリアルブルーのサブリーダーであるキャスカは、彼女にとって最も仲がよいフレンドの一人だった。


「キャスカか、居なければコンスタンツかな……あぁ、こっちは知らないか。まあとにかくインペリアルブルーの幹部に用がある」

「私もキャスに用事があるの。ついて行って良い?」

「別に、邪魔するなよ」

「うん!」


 嬉しそうに返事をするリゼを従え、ウドゥンはインペリアルブルーのギルドホームがある2番街へと移動した。



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