11. 小悪魔の実力
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トロール族は緑色をした金属質な肉体と、ひどく不細工な顔を持ったモンスターだった。ぼさぼさとした髭を蓄えた悪辣な雰囲気と、二階建ての建物に匹敵する巨体は圧倒的で、目の前にすると思わず尻込みしてしまうほどの迫力だ。
ウドゥン達は、そんなトロール族の奇襲部隊と戦闘中だった。
「やあ!」
リゼが掛け声と共に、目の前のトロール・ニゲイターにエストックを繰り出す。緩慢な動きをするトロールに対し、攻撃はいとも簡単にヒットした。しかし強大な耐久力を誇るトロールは動きを止めること無く、反撃の為に手にした大斧を振りかざす。
「グガアア――」
しかし、その鈍い刃が振り下ろされる事は無かった。音も無く近づいたアクライが、喉元に小太刀を突き通したからだ。
トロールの咆哮が途切れ、巨体が光のエフェクトを帯びて消滅する。
「これで終わり!」
「さすがアクライちゃん! 強い!」
「まあね。でも、リゼもやっぱやるじゃん!」
「えへへ、ありがとう」
きゃっきゃと褒めあう2人を無視しながら、ウドゥンは目を閉じ【聞き耳】スキルを発動させ、周囲の喧騒に耳をそばだてていた。
――
「グラディエイターが出始めた。いよいよ6thリージョンの敵に突入だな」
「シルバードラゴンの持ち場が抜かれたぞ! 誰か応援行ってやれ!」
「暴食のエイグだな。5thリージョンのNMで……」
「ちょっとちょっと。もっとこっちにも人をまわしてよ!」
「よーし。このままいけば、予定通り7thリージョンの敵がくるのは――」
「ちっ、奇襲部隊だ! 本隊に報告。場所は――」
――
ウドゥンが目を開き、リゼとアクライに向かって素早く指示をする。
「お前ら、次行くぞ。C-3の広場だ」
「うん!」
「任せろ!」
指示を受け、2人はすばやく駆け出していく。ウドゥンは彼女たちを追いかける前に、近くの建物に飛びつき、その屋根まで登って周囲を見渡した。
すでに戦闘を開始して2時間近くが経過している。聞こえてくるパーティ会話によれば、戦況は悪くない。グリフィンズが居る右通りが少し苦戦しているようだが、他の場所はほぼ予定通りに状況を進めていた。
しかし、奇襲部隊を処理して回っているウドゥンは少しあせっていた。というのも先ほどのトロール・ニゲイターの髯の長さは、腰を超えて伸びていたのだ。
ニゲイターは本来は6thリージョンに現れるトロール族である。つまりそれは、奇襲部隊の強さがすでに6thリージョン相当にまで上昇しているという意味だ。
(そろそろ7thリージョンの敵がくるな……)
残り1時間ということを考えると、これは想定内の事態ではある。
しかしナインスオンラインでは7thリージョンから敵の質が一気に変化し、攻略難易度が格段に上昇することが知られている。今までは緩慢だったトロール族はそのスピードを増し、時に信じられないほど高度な行動パターンを示すのだ。
ここまでリゼとアクライはよく戦っていたが、ここから先こそが本当の戦い――正念場だった。
またそれとは別に、ウドゥンには一つ打っておきたい布石があった。
屋根の上から街の入り口である大門を眺め、懐からクロスボウを取り出す。同時に首のチョーカーから、使い魔のフリーが喜び勇んで飛び出して来た。眼に見えない程に小さな蚤であるフリーは、二三度ピョンピョンと飛び跳ねた後クロスボウの矢尻にしがみつく。それを確認し、ウドゥンはクロスボウを高く掲げた。
大門に向け、通りにはびこるトロールの軍団を飛び越すように矢を打ち出す。放たれた矢は大きな放物線を描きながら、入り口前の広場付近に消えていった。
行く先を見届けたウドゥンは踵を返し、リゼ達の後を追った。
◆
「ウドゥン! どこ行ってたんだよ!」
「なんか、凄いのがいるんだよー」
ウドゥンが2人に追いつくと、C-3の広場では数匹のトロール達が無秩序に並んでいた。そしてその中心にいる、白髭を膝まで蓄えたトロールの個体は、明らかに周囲のトロールと異なる雰囲気を放っていた。
「っち。こいつが来やがったか」
「ウドゥン。あいつ知ってるのか?」
アクライが小太刀を構えながら聞くと、ウドゥンは淡々とした様子でそれに答える。
「乱暴者のオディアス。6thリージョン・ヴォルラス地下要塞に出てくるNM(Named Monster)だ。昔やったことがある」
「楽勝だろ!」
アクライは目の前の強敵に気分を高揚させていた。
周囲の護衛トロールを含め乱暴者のオディアス達は6thリージョンに属するランクなので、一体ずつ相手すれば何とかなる強さではある。しかしNMを含めた乱戦となると、この戦力ではかなり厄介だった。
ウドゥンが素早く指示を出す。
「周りから掃除するぞ。アクライは敵をひきつけてくれ。とりあえず乱暴者のオディアスは無視。強打に気をつけて、雑魚から一匹ずつ仕留めていけ」
「りょーかい!」
「うん!」
短く返事をして、2人は飛び出した。アクライが敵の中心で素早く【挑発】スキルを使用すると、護衛トロール達は一斉にアクライに襲い掛かる。無数の棍棒がアクライの小さな体躯を目掛けて殺到した。
しかし身軽な彼女はそれらを全てかわしきる。少し遅れて乱暴者のオディアスが、手にした棍棒をアクライに向け振るった。
「うわ!」
他の連中の合間を縫うように振り降ろされた乱暴者のオディアスの棍棒攻撃は、目に見えて速度が違っていた。アクライが少し慌てて、手にした小太刀で受け流す。
「油断すんじゃねー」
「わかってる!」
ウドゥンの声を、アクライは邪険に言い返す。そのまま近くで攻撃モーションを取っていた護衛トロールに一太刀を加えた。
「やあ!」
リゼが同じモンスターにトリック【一閃突き】を発動する。スパン――という気持ちの良い効果音と共に、リゼのエストックが護衛トロールの脳天に突き刺さり、その個体を撃破してしまう。
「やった――」
「リゼ!」
アクライが叫んだ。リゼがはっとして見ると、もう一匹の護衛トロールの棍棒が真横に迫っていたのだ。
「うわあ!」
慌ててエストックを構えるも、ガードしきれずリゼは殴り飛ばされてしまう。ゴロゴロと無様に転がって、広場の端にある雑貨に突っ込んだ。
「この!」
アクライが逆上し、護衛トロールに襲い掛かる。その攻撃がヒットする直前、その髭面の脳天に木製の矢が突き刺さった。
それは数発連続して打ち込まれ、ざこざこと頭をハリネズミ状態にしていく。そんなウドゥンのクロスボウによる援護を受け、アクライは一息に小太刀を叩き込んだ。
護衛トロールの巨体が砕け散る。同時に敵を撃破したアクライがきつめの口調で言った。
「ウドゥン! 遅いよ!」
「悪かったな。リゼ、大丈夫か?」
「う、うんー」
ウドゥンが声をかけると、崩れ落ちた荷物の山からリゼがふらふらと立ち上がった。6thリージョンの敵の攻撃だったが、なんとか一撃死は避けたようだ。
「意外と硬いな、その装備。ユウに感謝しとけよ」
「うー。視界が真っ赤だよー」
ナインスオンラインでは体力の減り具合を、視界が赤色に染まることで把握する。リゼがなけなしの金で買った鋼製の鎧では、6thリージョンの敵に対してワンミスが命取りのようだ。
「まあ、後は乱暴者のオディアスだけだ。アクライ、しっかりやれ」
奇襲部隊のトロール達は、近くにいた味方プレイヤー達も分担して相手をしていた。そちらの戦闘もほとんど終わっており、残るはNM乱暴者のオディアスだけだ。しかし、敵が残り1体になった時点で勝負は決まっていた。
なにせこちらには、ソロバトルについて圧倒的な実力を発揮する、戦闘ギルド・クリムゾンフレアのランカーが居るのだから。
「ふっふー。任せとけ!」
小柄なアクライが、両手に持った小太刀を逆手に構え無造作に近づく。そしてニヤニヤと笑みを浮かべながら、乱暴者のオディアスの攻撃を待った。やがてしびれを切らし、勢い良く振るわれた巨大な棍棒をするりと避けると、小太刀を握り締め一気に距離を詰める。
「うにゃああ!」
奇妙な掛け声と共に、アクライは乱暴者のオディアスの首筋を切り抜けた。
敵は棍棒を回しながら振り向くが、アクライは身体を回転させて攻撃を受け流す。同時に素早く飛び掛り、腕を手首から肩にかけて切りつけていった。
乱暴者のオディアスは、切れ目なく放たれる斬撃に苦しみ、むやみやたらに棍棒を振り回す。しかしアクライは無軌道に振るわれるそれらを次々と避けると、代わりに小太刀を叩き込んでいった。
戦闘ギルド・クリムゾンフレアの上位ランカーである【小悪魔】の華麗な戦闘に、周囲から歓声が上がる。一緒に戦っていたリゼも、興奮した様子でアクライに声援を送っていた。
「これで終わり!」
掛け声と共に、アクライが敵の顔面の前に飛び上がる。そして手にした双刀が赤く瞬くと、小太刀の周りに無数の斬撃エフェクトを現れた。
トリック【みじん切り】――連続して数十という斬撃を叩き込むという、多段系のトリックの中でも最高峰のものだった。
「グガアア!」
猛攻をかろうじて耐えきった乱暴者のオディアスが激情し、着地したアクライに向け巨大な棍棒を叩きつける――しかしアクライはそれを軽やかなステップでかわすと、ダメ押しに二振りの小太刀を平行に並べ、敵の首筋を切り抜けた。
それがとどめだった。乱暴者のオディアスの巨体が倒れ、光のエフェクトと共に飛び散る。
アクライはその場で華麗に小太刀を振り回し、決めポーズを振り向いていた。
「やれやれ」
「凄い!」
ウドゥンが息をつくと、リゼは隣で飛び上がって喜んだ。周囲も歓声を上げてはやし立て、アクライも自慢げに胸を張っていた。
しかし、すぐに空気が一変する。彼らの目の前に、次の奇襲部隊が出現したのだ。




