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Zwei Rondo  作者: グゴム
二章 幸運の黒猫
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11. 椅子

11


 酒場は金曜の夜ということでひどく込み合っていた。それでもマスターであるセウイチは、スキル上げから戻ってきたリゼに挨拶をすることを忘れない。


「お帰り。リゼ」

「ただいまー。あの、セウさん」

「ん。なになに?」


 そんな忙しそうな彼に、リゼは遠慮がちに質問をする。


「グリフィンズじゃないギルドのギルドホームに行くには、どうすれば良いの?」


 ギルドホームへの転送のサービスを用いれば、酒場からギルドホームへ移動する事が出来る。リゼはいつもグリフィンズのギルドホームに行く時には、このセウイチの酒場を利用していた。

 しかし、今から行こうとしているところはグリフィンズのギルドホームではない。


「グリフィンズ以外? うちに登録してるギルドなの?」

「うん。たぶん……」


 トリニティがセウイチの酒場に登録されているかどうかは、加入したばかりのリゼは知らなかった。ただウドゥンは、セウイチの酒場から転送サービスを使えば良いといっていたのでおそらく大丈夫だろう――彼女は安直にそう考えていた。

 セウイチが微笑みながら答える。


「それならいつもと変わらないよ。行きたいギルドホームのギルド章を装着した状態で奥のドアを抜ければ、自動的にそのギルドのホームにいける」

「そっか。ありがとう!」

「はい。どういたしまして」


 セウが目を細めてリゼを見送った。その視線が別の客に行くのを確認した後、リゼはこっそりとギルド章をグリフィンズの物からトリニティの物へと装着しかえる。


『ただし条件がある。俺のギルドに入った事は、角谷ユウ達【グリフィンズ】も含めて誰にも言うなよ』


 彼女はあの時の言いつけを守り、トリニティに所属している事が他人にばれない様、ギルド章は外して過ごしていた。いつもはパネルにしまってある、銀の三角形が刻印されたギルド章を手首にはめると、リゼは酒場の奥からエリア移動した。


 移動した先は、先日訪れたギルドホームの玄関だった。短い廊下を抜けラウンジに出ると、アイテムが乱雑に置かれた円形テーブルと、その周囲を囲むように設置された三つの肘掛け椅子が目に入る。ゲーム内時間が夜だったので、部屋には外から少し明るい月光が差し込んでいた。

 どうやら無事トリニティのギルドホームにたどり着いたようだ。リゼはほっとしたように息をついた。


(えーと。とりあえず……)


 リゼがパネルを操作する。表示された幾つもの選択肢の中からギルドについての項目を選ぶと、続けてギルドホームで可能な事柄としてハウジングの画面を選択した。さらに家具購入の画面に進んで目的の家具を見つけると、その値段を見て目を丸くした。


『椅子(ウッド) 10,000G』


 リゼの残金は20,000Gほどだった。先程キャスカとのスキル上げで得た"クラムボンの肉"を売却した金だ。もしもこの椅子を買ってしまえば、いきなり稼いだ半額が吹き飛んでしまうことになる。

 それでもリゼは一息「うん」と頷くと、購入決定ボタンをタッチした。


 現れたのは、木組みの肘掛け椅子だった。既にラウンジにある椅子と良く似た作りをしたそれを、リゼは両手で抱えて円形テーブルの一画に設置する。

 これによりラウンジに設置されている椅子は四つになった。リゼは満足げな様子で頷くと、設置した椅子に腰掛る。そしてパネルを操作して、先程買っておいた飲み物を取り出して一息入れた。


(他の人はどんな人なんだろう。柳楽なぎら君、1人は会ったことがあるって言ってたけど……)


 心当たりを探すが、リゼには見当がつかなかった。ナインスオンラインを始めて十日近く経ったが、ウドゥンからは何人ものプレイヤーを紹介してもらっている。

 今日色々と教えてくれたインペリアルブルーのキャスカや、先日工房で出会ったシオンとニキータ。また直接紹介されたわけではないが、先程出会ってフレンド登録する事になったアクライ、そして変わった人だが、どうやらこのゲームでは有名人らしいファナまでもが、ウドゥンを知っているようだった。


 現実世界の柳楽なぎら和人かずとは、彼女にとって『いつも一人でいる』というイメージの強いクラスメイトだった。しかしこのナインスオンラインの世界でのウドゥンは、別人のように知り合いが多い。しかも皆が魅力的な人ばかりで、いつも驚かされてしまう。

 莉世りせはこの十日間ほどで、和人かずとの印象を大きく変えられてしまっていた。

 

 そんな彼が所属するギルド・トリニティの仲間達とはどんな人たちなのか。

 聞くとギルドというものは少ないところでも10人近く、多いところでは1000人ものギルド員がいるという。それに比べてトリニティは構成員3人――これはかなり小規模な数字だった。


(メンバーが少ないってことは、きっとここには柳楽なぎら君と特別仲が良い人たちが集ってるはず。うまくやっていかないと)


 ウドゥンが言うに、他のメンバーは最近このギルドホームには来ていないらしい。それでもいつかは会えるだろう。トリニティのメンバーとして仲良くできるように、今回の椅子も含めて、リゼは色々と準備しようと考えていた。


 ――カタン


 その時、静寂が支配していたギルドホームに物音が響いた。それは二階から聞こえたようだ。リゼが不意をつかれたようにびくりと体を強張らせ、その視線を天井へと向けた。


(……? もしかして……)


 このギルドホームに入れるプレイヤーは当然、トリニティのギルド員しかいない。それはつまり今の音は、今考えていたギルド員の誰かがこのギルドホームに戻っていることを意味している。そう考えたリゼは、期待と不安を入り混ぜながら二階へと続く階段を上り始めた。


 すぐに階段を上りきり二階の廊下に出ると、部屋の一つ――先日設置してもらったリゼの部屋と向かい合うドアが半開きになっている事に気がついた。リゼがそろそろと近づき、ドア越しに部屋の中の様子を窺う。

 しかし、人のいる気配はしない。彼女は半開きになっているドアをノックした。


 トントトトン――


 妙なリズムで乾いた音が響く。リゼはしばらく部屋の前で待っていたが、反応が無い。返ってきたのは耳鳴りがしそうなほどの静寂だけだった。

 仕方無くもう一度ノックをする。


 トントトトン――


 ……やはり反応は無かった。どうしようかとリゼは肘を抱いて考えこみ、やがて意を決して、部屋を覗いてみることにした。


「あの……失礼します。だれか、いますか?」


 顔を覗きいれると、部屋の中はゆらゆらとした蝋燭の光で満ちていた。

 色とりどりの絨毯が部屋中にかけられた、一見すると華美で上品な部屋だ。しかしその床には一階のラウンジよりも乱雑に装備品が投げ捨てられており、一人掛けの木製机の上には指輪やペンダントなど、様々な小物が散らかっていた。

 子供が遊んだ後の様な、散らかし放題の部屋だ。


 そんな乱雑な部屋の中にも、やはり人影は見えない。しかし代わりに見つけたのは、机に備え付けられた椅子の上に座る、一匹の黒猫だった。





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