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Zwei Rondo  作者: グゴム
二章 幸運の黒猫
26/121

10. 予想屋ドクロ

10


 アルザスの中心に位置する円形闘技場コロセウム)。観客席に囲まれた試合会場では5人ずつのパーティに分かれた二組が、上空に表示されるカウントダウンを見つめながら戦闘開始の合図を待っていた。

 時刻は0時前で、今日最後のトーナメント戦であるB級チームマッチ決勝戦を目前とし、観客席では賭け(マッチ)へ投票するため、配当オッズを確認しながら多勢のプレイヤーが大騒ぎをしていた。



(今日の決勝は……レイディラックとインペリアルブルーか。ちょっと遅れたな)


 喧騒に包まれる闘技場の中を、ウドゥンは1人歩いている。

 シオンとニキータに依頼された『幸運の黒猫』を捕まえる為、先程まで1番街から順に通りを巡っていた彼だったが、31番街まで往復したところでそれを中断した。

 勿論『幸運の黒猫』は捕まえていない。これだけ時間をかけて通りを巡ったというのに、その黒猫について分かったことといえば、例えば輝くような銀色の瞳をしているだとか、ひどく曲がったカギ尻尾を持っているだとか、そんな特徴程度だ。


 ウドゥンは【聞き耳】スキルを駆使して情報を集めていた。その結果、確かに『幸運の黒猫』に関する噂は広まっているようだし、実際にシオンが言っていたように幸運な事件が発生したという話はいくつも聞けた。

 しかし肝心の居場所については、まったく足取りがつかめていない。目撃地点もアルザスの街全域に及んでおり、次の出現場所が読みきれなかったのだ。

 シオンは『幸運の黒猫』が隠密系スキルを持っているのではないか、と推測していた。しかし街に徘徊する小動物が隠密系スキルを持つという話など、ウドゥンは聞いたことが無かったので、あまり本気にしていなかった。

 しかしここまで目撃情報が見つからないとなると、何かしらの理由があるのだろう。それはとりもなおさず『幸運の黒猫』が相当なレアペットである可能性に、現実味が帯びてきたことを意味していた。


 とにかく二日も探して影すら踏めないことは、ウドゥンにとって完全に予想外だった。一度姿を見つければ十分であるにもかかわらず、それさえもままならないまま、時間だけが過ぎてしまったのである。

 一向に見つからないことに嫌気がさして、彼はこうして円形闘技場コロセウムに逃げてきた。とはいっても、用事が無いわけでもなかったが。


 ウドゥンが円形闘技場コロセウムの一画に辿り着く。そこで彼は、多くのプレイヤーに囲まれながらパネルを操作する、ぼさぼさに髭を伸ばした男に声をかけた。


「ドクロ」

「おっ、ウドゥンか!」


 男はウドゥンに気が付くと、ニカっと白い歯を見せて笑った。

 予想屋ドクロ――このアルザスサーバー円形闘技場コロセウムの主とも呼ばれる男だ。太り気味の体形と彫りの深い面構え、そして頭につけたゴーグルとバンダナが少し胡散臭い。


「忙しそうだな」

「そうでもねーよ。ちょっと待ってろ」


 既に試合会場である中央広場に浮かぶ、戦闘開始までのカウントダウンが30秒を切っていた。ドクロの周りに居たプレイヤー達はぎゃーぎゃーと喚いたりはやし立てたりしながら、最後はやけくそ気味にマッチの投票を済ましていく。そしてプレイヤー達は投票を終えると、試合を観戦する為に最前列へと駆けていった。

 後に残ったのはウドゥンとドクロだけだ。

 

「がはは。遅かったじゃねーか。今日の大トリ、B級チームマッチ・トーナメント決勝が今から始まるところだぜ」

「みたいだな。どっちが優勢なんだ?」


 ウドゥンがドクロの隣に座ると、決勝戦の始まりを告げるファンファーレが円形闘技場コロセウムに鳴り響いた。観客の大歓声と共に、対峙していた両チームが散開していく。

 ドクロがその様子を楽しげに見下ろしながら言った。


「そうだな。インペリアルブルー側は中堅ばかりだが、さすがに粒揃いだ。安定して強い。しかし今回はレイディラックの連中の方が優勢だろうな」

「レイディラックっていうと、カスケードが居るギルドだろ。カットラス使いの【海賊パイレーツ】」

「そうだ。あの男は強いぞー」

「知ってる。あいつもようやく上がってきたよな」

「お、なんだ。知り合いか?」


 ドクロはウドゥンの方を振り向き、笑顔を見せた。ウドゥンが無表情に答える。


「あぁ。32番街で一緒なんだ」

「そうかそうか。じゃあ説明するまでも無いな。レイディラックの主役はカスケードだ」


 2人の席からは試合会場を俯瞰できる。

 青の装備で揃えたインペリアルブルーの中堅チームが、定石どおり1-3-1のパーティ構成で押し進むの対し、レイディラックは2-1-2というパーティ構成で対抗していた。2-1-2の構成は前衛と後衛が一組ずつとなって中衛を援護するという、唯一の中衛プレイヤーが攻守に重要となる戦術である。


 レイディラックの連中は全員が、【海賊】の防具スキルで装備を揃えていた。威圧するように着崩したシャツやその上に羽織った派手なコート、さらに極彩色のバンダナや漆黒の三角帽子はとても華やかだ。

 そして彼らの中心――最も重要なポジションである中衛を務めているのが、今話にあがった【海賊パイレーツ】カスケードである。


「うおっしゃー!」


 ブロンドの流麗な長髪を振り乱し、一際派手な服装をしたカスケードが、1人突出してインペリアルブルーの陣形に突っ込んだ。それにインペリアルブルーの前衛を務める重騎士が【挑発】スキルを発動して対抗する。

 しかしカスケードは突撃を止めず、すれ違いざまに手にしたカットラスで重騎士に斬りかかった――同時にレイディラック側の後衛2人から無数の矢が放たれ、重騎士を牽制する。そしてガキン――という鈍い音を立て、カスケードのカットラスが前衛の鎧に深い傷を残した。


 それを見て、インペリアルブルー側の中衛達が突出したカスケードを捉えようと襲い掛かるが、カスケードはそれらを流れ下る川の如く彼らをすり抜けると、そのまま一気にインペリアルブルーの後衛へと迫った。


「なっ……」

「はは! 死ね」


 あっという間に後衛の目の前に辿り着くと、カスケードはケラケラと笑いながらカットラスを振り下ろした。狙いの精度を高めるために薄手の布装備をしていた後衛は、一撃で致命的なダメージを負ってしまう。

 信じられないといった様子で目を見開いたまま、インペリアルブルーの後衛は消滅した。


「まずは1人目!」


 陽気な声をあげ、カットラスを肩に担ぎながら、カスケードは快活に笑った。





 結局その試合はドクロの予想通り、レイディラックが勝利した。注目のプレイヤー【海賊パイレーツ】ことカスケードは縦横無尽に暴れ周り、その前評判を証明してみせていた。

 ウドゥンが少し感慨深げに言う。


「これでついにレイディラックもA級か。カスケードの奴も強くなったもんだ」

「はっはっは! あいつならもうソロでA級にいけるレベルだからな。動きが違うぜ」

「確かに。そういやドクロ、ちょっと聞きたいことがあるんだが」

「なんだ? 明日のA級ソロの面子か?」


 ドクロが満面の笑みで振り向いた。明日の夜に開かれるA級トーナメントは、アルザスサーバーの中でもトップクラスの戦闘プレイヤーが集う。それはそれで勿論ウドゥンも楽しみにしていたのだが、今回ドクロを訪ねに来た理由は別にあった。


「いや、明日の昼にあるC級チームマッチ。それの組み合わせと出場するメンバーが知りたいんだが」

「C級チームマッチ? そりゃ勿論分かるが……これだな」


 そう言ってドクロはパネルを操作し、すぐに一枚の紙を取り出す。それは試合の組み合わせを示したトーナメント表であり、枝分かれする黒線がそれぞれチーム名に向かって延びていた。

 ドクロがトーナメント表のチーム名を指差しながら説明する。


「本命はインペリアルブルーのガウスが率いるチームだ。このメンバーなら、ほぼ鉄板だな。対抗馬で『ブラッククロス』と『ゲッシア』。大穴が『グリフィンズ』ってところだな」

「グリフィンズはこの前D級に勝ったばっかりだろ。随分評価が高いな」


 ウドゥンが少し意外そう聞くと、ドクロは得意げにトーナメント表とは別にチームメンバーの詳細が記載されたリストを取り出した。そしてグリフィンズのチームメンバーのリストを見せびらかしながら言う。


「ここのリーダーのユウは結構いい動きをする。メンバー同士の連携もかなり良いしな。総合的にはグリフィンズはC級でも上位にランキングするはずだぜ。ただ、新しく入ったらしいこの"リゼ"というプレイヤーがどういう動きをするかが気になるところだが――」

「あー。そいつ、初心者だぜ」

「なんだと?」


 ウドゥンが呆れたように言うと、ドクロが顔色を変えた。


「だから、リゼって奴はプレイし始めて10日の初心者だ。PvP戦は初参加だし、スキルも育ちきってねーよ」

「本当かよ。なんだそれ、グリフィンズの連中、今回勝つ気無いのか?」

「その初心者を慣れさせる為のお試し出場だろうよ」

「それじゃあダメだな。予想を変更しとく。情報ありがとよ」

「あぁ」


 ドクロの礼をなおざりに答えつつ、ウドゥンはトーナメント表に並ぶ出場チーム名を確認した。


(優勝は……ムリっぽいな。ま、それが目的なわけじゃないし、ユウの奴の指示で2,3回勝てれば好感度は上がるか)


 このトーナメントにはグリフィンズが参加していた。ウドゥンは今日の帰り道、角谷ユウに言われた約束を果たすため、この円形闘技場コロセウムで行われる全ての試合を観戦・予想しているドクロを頼って情報を集めに来たのだ。

 

「しかし、何でC級なんだ? 気になるチームがあるのか?」

「ちょっとな……そのトーナメント表とメンバーのリストはいくらだ?」

「セットで10k――と言いたい所だが半額で良いぞ。お前との仲だしな」

「サンキュ」


 ウドゥンはパネルから金袋を取り出し、それをトーナメント表と出場する32チーム分のメンバーリストと交換した。

 それぞれのチームの名称と戦績、そしてチームメンバーのスタイルなどが事細かに記述されている予想屋ドクロ特製のリストを、ウドゥンは一つ一つ丁寧に確認していく。そしてトーナメントの組み合わせから、グリフィンズが当たる可能性のあるチームをリストアップしていった。


(決勝までいければ、相手は反対ブロックのインペリアルブルーだろうが、ちょっと勝てる要素が見当たらないな。まあ、勝つ必要も無いが。一回戦は問題無さそうっと。二回戦の『スマイルモンガー』も地力で勝ってるから大丈夫。準々決勝は……この組み合わせなら『アヴァロン』だな。ここは前衛がヘタクソだから、速攻で落とせば構成的に有利に立てる。が、実際に勝てるかどうかは微妙だな。それに勝てば準決勝……微妙だが『ブラッククロス』っぽいか。こいつらは1-4-0の近接型だから、出来るだけ前衛を引き離して中衛との連携を限定させて……)


 トーナメント表とリストとを交互に睨みつつ、パネルを開いてメッセージを打ち込んでいくウドゥン。ドクロがビールに似た黄金色の飲料を取り出しながら話しかける。


「ところでウドゥン。今日は随分と遅かったな。もう試合は残ってないぞ」

「あぁ……ちょっと探し物をしてて遅れた」

「へぇ。なに探してたんだ?」


 ドクロが取り出したビールもどきをがぶつくと、プハーと満足げに声を上げていた。ウドゥンが作業を続けながら答える。


「『幸運の黒猫』を探してたんだ」

「おぉー。あれか、最近噂の」

「その黒猫を見つけたら、その日の賭けは当たりまくるらしいぜ」

「がっはっは!」


 ドクロが愉快そうに声を上げて笑った。ぼさぼさに伸びた髭が震えている。


「そんなことがあるわけなかろうが! もし本当にそんなスキルがあるなら、俺がすぐに使い魔にしてやるぜ。そうすれば、あっという間に《ビリオンダラー》だ!」


 《ビリオンダラー》とは数ある称号トロフィーの中でも最高難易度を誇る一つで、内容は『1,000,000,000Gを所有する』というもの。この称号トロフィーを得る事は、生産プレイヤーやドクロの様なギャンブラー達にとって大きな目標の一つだった。

 『幸運の黒猫』が本当に賭けを百発百中とするならば、《ビリオンダラー》は一日で達成されてしまうだろう。ドクロの言うことに、ウドゥンが同調して笑みを浮かべる。


「そりゃそうだ。ま、そこまで真面目に探してるわけじゃない。シオンとニキータの痴話げんかに巻き込まれたってのが本当の所だな」

「ぐははは! あの2人はいつも仲が良いな」


 ドクロが恰幅のよい腹が豪快に上下させていた。

 話しながらウドゥンはC級チームマッチ・トーナメントの分析を終え、グリフィンズが当たるであろうチームの面子と戦闘スタイル、そしてその対処法を角谷ユウ当てにメッセージで送り、パネルを閉じた。


「決まったか? 何処に賭けたんだよ」

「まだ決まってねーよ。ただ、確かにこの顔ぶれならインペリアルブルーの連中が鉄板だな。単勝ウィンだと配当が低そうだ」

「そうだろう? 連中が勝ったところで配当は2倍いかないだろうな。がっぽり行くなら馬連クィネラしかないぞ」

「あぁ……ま、もうちょっと考えてみるよ。それじゃ、またな」

「おう! また顔みせに来いよ」


 用事を終えたウドゥンはドクロと別れ、円形闘技場コロセウムを後にした。




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