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Zwei Rondo  作者: グゴム
二章 幸運の黒猫
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8. 戦乙女との邂逅

8


 アーテイ地下水道は3rdリージョンにカテゴリされるエリアだ。即ちゲームに慣れてきた中級者――スキルランクで言えば50を越えた辺りのプレイヤーに丁度良いとされている。

 またこのエリアに出現するクラムボンと呼ばれるモンスターは、タコとカニを掛け合わせたような水棲生物で、見た目は少しグロテスクではあるが動きが遅く、容易に攻撃を避けられる為、スキル上げに都合が良いモンスターだった。しかもドロップの"クラムボンの肉"は美味として知られており、【料理】スキルを持つプレイヤーに人気のアイテムであり、なかなか良い金策になる。

 しかし目当てのクラムボンを見つけることが出来ないまま、リゼとキャスカはある小部屋へと足を踏み入れた。


「あ、ここがT字路の部屋かな?」

「はい。そうなり……」


 言いかけて、キャスカの表情が固まった。その視線は部屋の壁際――ある一点に向けられていた。


「……キャス?」


 リゼが首を傾げる。そして彼女の視線の先に顔を向けた。


 灰色をした水路の壁に、その場所だけ絵画がかかってるようだった。深紅の瞳をした女プレイヤーが、壁に背を預け所在なさげに立ち尽くしていたのだ。

 色を失った白髪のロングヘヤーに、艶っぽく伸びた長いまつ毛。肩を大きくさらけ出した深紅のビスチェは妖艶な色気を振りまき、腰に収まったロングソードと小型盾バックラーは近づき難い殺気を放っている。そして同色系のショートパンツから伸びた、ガゼルのように均整の取れた脚には銀のロングブーツが装着され、羽のように軽やかな印象を与えていた。

 どこか超越的な雰囲気を持つその女性プレイヤーを凝視したまま、キャスカは搾り出すように言った。


「……リゼ。私の前に出ないでください」

「え?」


 リゼにはその意味がよく分からなかった。聞き返すために声を上げると、その女が2人に気がついた。

 彼女はニヤリと笑みを浮かべ、ゆっくりと壁から背を離した。


「こんなところで会うなんて奇遇ね、キャスカ」

「これはファナ様。お久しぶりです」


 クリムゾンフレア・ランカーランクNo.1――【戦乙女ヴァルキリー】ファナが、妖しげな魅力を放ちながら笑いかけた。キャスカがいつもと変わらず慇懃に応対すると、彼女はゆっくりと歩み寄ってくる。

 次の瞬間、ファナはキャスカの目の前まで踏み込んでいた。


 キン――


 真っ赤に染まった不気味なロングソードが、キャスカの首筋手前で停止していた。ファナが突然斬りかかり、キャスカがいつの間にか抜刀したエストックで攻撃を受け止めていたのだ。


「さすがはキャスカ……ふふ!」


 いきなり打ち込んできた事を一切詫びる事無く、ファナは笑った。いたずらした後の少女のように、子供っぽくクスクスと。

 その不気味な雰囲気に、リゼがぞっとして息を呑む。


「ファナ様が3rdリージョンにおられるとは珍しいですね」


 キャスカは、彼女の態度を意にも介さず会話を続けた。ファナがロングソードを鞘に戻しながら答える。


「あぁ。ちょっと新しいスキルのスキル上げをしててね」

「それでこのアーテイ地下水道に……お一人ですか?」

「いや、アクも一緒だよ。貴様こそ珍しいな、少人数で行動しているなんて」

「はい。少々、友人のスキル上げの手伝いをしていまして」


 そう言ってキャスカが、後ろに寄り添っていたリゼに視線を向ける。リゼはそれに気がつき、自己紹介をしようと前に出た。


「あの……私は――」

「リゼ!」


 キャスカの叫び声が響く。同時に微笑を浮かべたファナが、瞳だけリゼに向けた。

 そして、剣が飛んできた。空気を引き裂く甲高い音が部屋を走り抜ける。ファナが視線と左手以外を一切動かさず、何の気配も見せずにリゼを横なぎにしたのだ。


「……へぇ」


 刃を振り切ったファナが一瞬の沈黙の後、少し嬉しそうにため息をつく。みるとリゼはぺたんと両手を突いて、地面に座り込んでしまっていた。

 ぎりぎりの回避。キャスカの声によって攻撃に気がついたリゼは、とっさにしゃがんでその凶刃を避けることに成功していた。


「ふぇ……」


 リゼは目を見開き、今起きたことが理解できずに固まっていた。しかし恐怖に身を固くする彼女と対照的に、斬りかかったファナはひどく嬉しげだった。


「貴様、名はなんて言う?」

「え……」


 ファナが再びロングソードを鞘に戻しながら言う。しかしリゼは、顔を強張らせるばかりで答えられない。


「ファナ様。こちらはリゼです。まだ始めて間もない方なので、お戯れはよしてください」

「ふふ! そうか初心者か。それにしては貴様――リゼ、良い反応だったな」


 目にかかるほどに伸びた真っ白な長髪。その中に光る深紅の瞳が、興味深げにリゼを見つめていた。そして座り込む少女に右手を差し出す。


「私はファナだ。よろしくな」

「えっと……よろしく……お願いします」


 少し躊躇しながらも、リゼはその手を掴んだ。ようやく攻撃的な雰囲気を収めたファナに対し、おずおずと立ち上がって頭を下げた。だがそうして言葉を交わす間も、彼女はビクビクとファナの動きを警戒していた。

 それを見てファナが困ったように言う。


「随分おびえられてしまったな。ただの挨拶なのに」

「あのような行為をするのでしたら、人を選ばれたほうが良いかと思います」


 キャスカが少し呆れたように言うと、ファナは再び楽しげに笑った。


「ふふふ! これで人を選んでるんだよ。あんなのも防げない奴なんか興味なーし」

「……」


 見た目は妖艶な美人なのに、時々いたずらっぽく子供みたいな表情をする――そんなひどくギャップのある印象を持ちながら、リゼはファナをまじまじと見つめていた。


「キャスカ。ここへはスキル上げか?」

「はい。クラムボンを狩りに来たのですが……」

「あーこの辺のは私らが全部まとめて狩ってる。悪いな」

「わかりました。では、我々はもう少し奥に向かいます」

「待てよ。もうすぐアクが戻ってくるから、それ一回くらい一緒にやっていこうぜ」


 ファナがひらひらと手を振りながら言う。キャスカが無言で、警戒心をあらわに睨み返すと、彼女はゾクゾクとした恍惚の表情を浮かべた。


「ふふふ! そんな目で見るなって。私が背後から襲うなんてダサいマネをすると思う?」

「……いえ」

「分かればよろしい。ほら、きたぜ」


 ファナが指差す先の通路には、大量のモンスターに追われて走るツインテールの少女がいた。カニの如き尖った脚をガシャガシャと回しながら、クラムボン達は口から延ばした触手で、少女――アクライを捕まえようと必死だ。

 わらわらと三桁に届こうかという数のクラムボンに追われるアクライだったが、後続はほとんど交通渋滞を起こしており、前方の数匹からしか攻撃を受けていない。その数体からの攻撃でさえ、彼女は涼しい顔をしながらすいすいと避け続けていた。

 アクライは後ろ走りに、時おりバク転も混ぜながら、ちょこまかとアクロバティックにクラムボン達をひきつけ、部屋に走りこんでくる。


「姉様ー。連れてきたよ!」


 アクライがファナに向かって呼びかけると、そこにキャスカとリゼの姿を見止め、悲鳴を上げた。


「うぇ!? 人が居る!」

「アク。今回はこの2人も参加するよ」

「えぇ? いいの姉様?」

「あぁ。いいからこっちに来い」

「はーい」


 ファナが言うと、アクライは一気に飛び上がり、天井を蹴飛ばして加速した後ファナの隣に降り立った。そこで顔を上げると、そのまま無表情に立っていたキャスカを認識して、意外そうに声を上げた。


「あっれ。よく見たらキャスカじゃん!」

「お久しぶりです、アクライ様」


 アクライの声に丁寧に答えるキャスカだったが、すでに大量のクラムボン達が部屋の中に侵入していた。リゼは始めて見る大量のモンスターに圧倒され、わたわたと慌ててしまう。


「うわぁぁ! 凄い数!」


 その様子を見て、ファナが愉快げに笑った。


「ふふ! この程度でびびるなよ。さあ行くぜ」

「仕方ありませんね。リゼ、私からあまり離れないでください」

「うん!」


 ファナがニヤニヤと笑い、キャスカとリゼがエストックを引き抜いて寄り添うように構える。そんな奇妙な共同戦線に、事情がわからないアクライは首を傾げていた。


「なになに? なんなのこの状況? よくわかんないけど……まあいっか」


 そう言って一際小柄な彼女は、両手に【小太刀】を一振りずつ構えると、先陣を切って飛び出した。そして部屋中敷き詰めるほどの量となった大蟹達の前に立ち、無数に振るわれる触手と巨大な鋏を次々と避け始める。

 時たま両手に持った小太刀を使って受け流していたが、アクライはほとんどの攻撃をステップだけでかわし、カウンターに触手を切り取ってダメージを与えていた。


「リゼ。クラムボンは甲殻の隙間から攻撃すると効率的にダメージが入ります。特に目と目の間――触手の生えている中心が急所です。鋏による攻撃はガード、触手による攻撃は回避するか受け流してください」

「わかった!」


 リゼが駆け出し、一匹だけ突出していたクラムボンに向けエストックを突き出す。それは無数に生えた触手の数本を切り取ったが、体力の全てを奪い取るには浅すぎた。

 カウンターにクラムボンから巨大な鋏が振るわれる。リゼは待ってましたとばかりにそれをエストックで弾き飛ばすと、大きく開いた甲殻の隙間に向けてエストックを突き出した。ギチャ――という少しグロテスクな音と感触を残し、串刺しになってしまうクラムボン。リゼの一撃で、その個体はブクブクと泡を吹いて倒れてしまった。


「いいですね」

「うん!」


 リゼが嬉しそうにキャスカの声に答える。彼女の目の前には、既に二匹の蟹がひっくり返っていた。


「さすがキャス!」

「2人共、なかなかやるじゃないか。ふふ! 楽しくなってきた!」


 そう愉快げに笑うと、【戦乙女ヴァルキリー】ファナは剣も構えずにクラムボン達の中へ飛び込んだ。そして空中で右足を赤く輝かせると、次の瞬間急降下を始める。【蹴り】のトリック【流星脚】――全体重をかけたファナのつま先が、クラムボンの甲殻を粉々に踏み砕いた。

 そのまま周囲の蟹達に向け、次々と蹴りを繰り出すファナ。そのすべてが的確に甲殻の隙間へと叩き込まれており、敵からの反撃は全てかすらせずに回避していた。


「すごーい。ファナさんって、素手で戦う人なの?」


 リゼが華麗に戦うファナの姿に見蕩れてしまう。彼女は手ぶらのまま、脚だけを駆使して戦っていた。その表情はニヤニヤと楽しげで、子供のようにはしゃいでいる。


「いえ。あの方は【ロングソード】と【小型盾バックラー】がメインスキルです」

「え……じゃあなんで」

「スキル上げなのでしょう。あの使いづらい【蹴り】スキルでこの量のクラムボンを蹴散らしてしまうとは、少々常軌を逸していますが」


 キャスカは襲い掛かるクラムボンを打ち落としながら、呆れたように言った。


「やっぱり、強いんだね」

「そうですね。あの方よりPvPが強いプレイヤーは、今のアルザスサーバーには居ません。最強の戦闘プレイヤーと言ってもよろしいかと」

「へぇー。あ、次来たよ!」


 前方で敵の多くをひきつけているアクライは、あまり戦う気が無いようだ。できる限り多くの敵をひきつけているだけで、クラムボン達は数体ずつ、染み出すようにリゼ達に迫ってきた。

 リゼとキャスカは肩を並べ、揃ってエストックを構える。


「ではリゼ、そちらは任せましたよ」

「うん!」


 気の遠くなるような数のクラムボンの群れに、4人は立ち向かっていった。



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