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Zwei Rondo  作者: グゴム
一章 迷い森の白兎
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11. 迷い森の白兎

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「くるぞ。体当たりだ」

「うん!」


 ラグビーボールに白の毛皮を巻きつけたようなモンスター・ファーラビットが、リゼに向けて勢いよく飛びかかる。リゼはその攻撃を手にした両手剣でぎこちなくガードすると、お返しに鋭い切っ先を放り込んだ。

 ――ビギャ! という少し不細工な叫び声を上げながら、ファーラビットが消滅する。そしてその跡には、ハンカチ大の白い毛皮が残されていた。

 ドロップは"ファーラビットの毛皮"。丸尻尾ではなかった。リゼがそれを拾い、残念そうに口を尖らせる。


「また毛皮か。全然でないね」

「レアドロップだからな。まあ100体も狩れば、1個くらい出るだろ」

「えぇー。そんなに?」


 大げさな声が薄暗い森にこだまする。

 1stリージョン・ミリー森林――通称迷いの森。昼間でも薄暗いこの鬱蒼とした森林のエリアで、ウドゥンとリゼは"ファーラビットの丸尻尾"を求めてひたすらファーラビットを狩り続けていた。


「ねえ。なんでウドゥンは一緒に戦わないの?」


 リゼが不思議そうに聞く。先ほどからウドゥンは、ファーラビットが現れても全てリゼに戦わせ、自分は離れた場所で口を出すだけだった。

 ウドゥンが小さなため息と共に答える。


「迷いの森なんて低ランクリージョンで戦っても、俺はもうスキル上げにならないからな。それなら初心者のお前が倒した方が、スキル上げになってお得だろ」

「あ、なるほどー」

「ヤバそうなら助けてやるから、とりあえず1人でやれ」

「うん。ありがとう」


 理由を聞いて、嬉しそうに笑うリゼ。ウドゥンはその笑顔から視線をそらし、次のファーラビットを探して歩き出した。リゼもまた、すぐにその後を追う。


「それよりお前、武器はそれ・・に決めたのか?」


 ウドゥンは歩きながら質問した。リゼが「えっと」と一拍置いて答える。


「角谷君や牧君にも色々言われたけど、とりあえずこれで行ってみようかなーって」

本名リアルネームで呼ぶなよ」

「う……はい」


 リゼは少ししゅんとしながら、それでも気を取り直して、装備している剣を突き出した。その小さな手に握られていた武器は、鋭く尖った両手剣――【エストック】だった。

 エストックは突く攻撃に特化した両手剣だ。よく形の似た武器に【レイピア】があるが、レイピアが片手で装備して余った手に盾か補助武器を装備するのに対し、エストックは両手で持ってそれ単体で使用する。刃が厚く重量も大きいので、ガードや叩きつけるなど突く以外にも様々な使い方ができるのが強みだった。


「いいんじゃないか。『防いで突く』――初心者には分かりやすい。もうメインスキルに登録してるんだろ?」

「うん。みんなに手伝ってもらってゲットしたよー」


 嬉しそうにVサインを作ってみせるリゼ。


 スキル制のナインスオンラインでは、プレイヤーはメインスキル3つとサブスキル5つ、そして防具スキル1つを習得できる。欲しいスキルは対応するクエストをクリアして習得するが、防具スキルにカテゴリされるスキル以外は、基本的にメイン・サブどちらにでも登録することが可能である。


 この際メインスキルに登録しておけば、そのスキルにはいくつかのメリットが与えられた。

 一つは成長が早くなる点。メインスキルに登録しておけば、サブスキルに登録しておくよりも二倍以上の速さでスキルランクが上昇していく。これはメインスキルの大きな優位性だ。

 もう一つメインスキルの重要なメリットは、スキルランクの限界突破だ。スキルランクの最大値は、サブスキルの場合は100である。しかしメインスキルに登録していれば、そのスキルは100を超えて何処までも上げていくことが可能となっていた。実際には100を超えるととたんに上昇しづらくなり、150を越えていれば立派なベテランで、200を超えるスキルランクを持つ者はもはや廃人と呼ばれるほどにマゾい(上げづらい)仕様となっている。

 例えば武器スキルならば、ランクが上がれば上がるほどダメージ量は上昇するし、"トリックブック"と呼ばれるアイテムを使って新しいトリックを覚えられる。100を超えてしまうと、それらの恩恵は100に上がるまでと比べて微々たる物になっていくが、成長し続けることには間違いなかった。

 ナインスオンラインのプレイヤーの多くが、自身が選んだメインスキルを限界を超えて鍛える毎日を過ごしていた。


「とりあえず【エストック】を100まで上げて、それからまた考えればいい」

角谷ユウもそう言ってたよ」


 ウドゥンがアドバイスをすると、リゼは得意げに頷いた。

 育てたいスキルをメインスキルに登録して100まで上げて、その後サブスキルに登録しなおし、また違うスキルをメインスキルに登録して100まで上げる。このサイクルが、ナインスオンラインを始めたプレイヤーが最初に行うスキル上げだ。

 その内に好きなスキルが決まれば、それをメインスキルにセットして限界突破していくことになる。


 この時気をつけなければならないのは、100を超えてメインスキルのランクを上げていた場合、メインからサブにそのスキルを移し変えた時にスキルランクが100まで戻ってしまう点だ。

 つまりメインスキルにしておくと、スキルランクを100までなら上げるのは楽だし、途中でいくらでも変更可能だが、100を超えてからは容易に変更する事は出来ない。それがナインスオンラインの基本的なスキルの仕様だった。


 ちなみにウドゥンの場合、メインスキルとして選んでいる3つは【革細工】と【聞き耳】と――


「ウドゥンはなにをメイン武器にしているの?」

「俺は基本的にあまり戦闘しないからな。一応これを……2匹いるぞ」

「えっ……?」


 二人が歩きながら話していると、道が曲がり角になっている場所で二匹のファーラビットが毛づくろいをしてる場面に遭遇した。


「あ、ほんとだ!」


 敵影を見てリゼがエストックを構える。しかしファーラビット達はそれに気がつくことなく、曲がり角の先へピョンピョンと移動してしまった。

 リゼが「待てー!」とわめきながらそれを追いかける。少し遅れてウドゥンもその後を追い、曲がり角を曲がった。


「……」


 するとそこには、先陣を切ったリゼが少し腰の引けた格好でエストックを構えていた。


「あの。なんか、いるんですけど……」


 助けを求めるように、リゼはウドゥンの方に顔だけ向けた。二匹のファーラビットに囲まれて、凶暴そうなモンスターがこちらを睨んでいたのだ。


「ゴブリンファイターだな」


 それはゴブリンと呼ばれる、蛮族モンスターの一種だった。浅黒くシワだらけの肌をした亜人で、どのエリアにも現れる一般的な蛮族モンスターである。

 今回の個体はダガーを握り締めた短剣タイプだ。瞳孔の開ききった赤い瞳と、野犬の様に鋭い殺気を向けながら、ゴブリンファイターはフーフーと荒い息を繰り返していた。


 このモンスターは迷いの森に出てくる雑魚モブの中で最強に近い。だが所詮は1stリージョンの雑魚モブ――初心者でも、落ち着いて戦えば十分勝てる相手だった。


「とりあえず周りのウサギは無視して、ゴブリンの攻撃だけに集中しろ。やることはウサギと同じだ。動きを良く見て、攻撃をガードしてからエストックを叩き込め。基本通りやれば負けはしない」

「う……うん。やってみる」


 ウドゥンのアドバイスに頷き、意を決してゴブリンファイターと対峙するリゼ。その左右には、はやし立てる様にファーラビットが飛び跳ねていた。


「ガァ!」


 次の瞬間、ゴブリンファイターがリゼに飛び掛る。勢いよく突き出されたダガーの切っ先が、一瞬赤色に瞬いた。敵が【ダガー】スキルのトリック【トリプルアタック】を発動させたのだ。

 精密な突きを三連続で繰り出すだけの基本トリックだが、あれを初見で避けきるのは難しい。二発ほどは食らってしまうだろうと、瞬間的にウドゥンは判断した。

 しかしその予想はあっさりと覆されてしまった。


 キキキン――


 金属音が三連続で響き渡る。リゼが、手にした両手剣――エストックの腹で、ゴブリンファイターの放った【トリプルアタック】の三連撃をすべてガードしてしまったのだ。

 ウドゥンがはっとして目を見開く。


「えい!」


 渾身の攻撃が完璧にガードされ、ゴブリンファイターは大きく体勢を崩した。その無防備な体に向け、リゼが掛け声と共にエストックを突き出した。その攻撃は放り投げただけの稚拙な突きだったが、見事にゴブリンの胸をつらぬき、撃破した。


「やった!」

「油断するな」


 歓声を上げるリゼに対し、ウドゥンが鋭く言い放つ。そう、まだ戦闘は終わっていない。ゴブリンファイターの陰から様子をうかがっていたファーラビット二匹が、同時に体当たりを繰り出してきたのだ。丸っこい白色のボディが二つ、一瞬気を抜いたリゼに迫る。


「ピギャ!」


 次の瞬間、ファーラビット達は空中で不自然に軌道を変えて弾き飛ばされた。ゴロゴロと転がっていく白兎の体には、木製の矢が突き刺さっていた。

 リゼが驚いて振り返ると、そこにはクロスボウを手にしたウドゥンの姿があった。


「ありがとう!」


 リゼは礼を言うと、続けてウドゥンの持つ自動弓を興味深げに見つめた。ウドゥンが面倒そうに説明する。


「【クロスボウ】。俺のメインスキルの一つだ。矢をつがえて狙い打つ、遠距離武器だな」

「へぇー! かっこいいね!」

「そりゃどうも……それより今のゴブリン、戦ったことあるのか?」


 リゼが感心したような眼差しを向けるが、ウドゥンは居心地の悪そうに話を逸らしてしまった。その質問に、彼女はポカンとした表情をして答える。


「えっと、ユウやルリちゃん達が戦っていたのを何度か横で見ていたと思うけど」

「質問が悪かったな。さっきの戦闘、何で【トリプルアタック】を読みきってガードできたんだ?」

「【トリプルアタック】? 読む? ……普通に三回攻撃が来たから、ガードして反撃しただけだよ。ウドゥンがそうしろって教えてくれたじゃん」


 なぜそんなことを聞くのかわからないといった様子で答えるリゼ。どうやらあの攻撃を読んでいたのではなく、単に反射だけでガードしてしまったようだ。

 そのことに、ウドゥンは再び驚いてしまった。





 その後も、ウドゥンとリゼは迷いの森をうろつきながらファーラビットを倒して回った。時刻は午前2時過ぎ。狩りを開始して二時間以上が経過していた。普段なら確実に寝ているだろうこんな時間になっても、リゼは根もあげず、元気にウサギ狩りを続けていた。

 二人はすでに、何匹狩ったかを忘れてしまうほど大量のファーラビットを倒している。しかしドロップするのはいつまでたっても毛皮ばかりで、目的のレアドロップ【ファーラビットの丸尻尾】は得られていなかった。


「この毛皮、さっきからたくさん取れてるけど売れるのかな」

「露天バザーで売れば、一枚300Gくらいにはなるんじゃないか」

「そっか。でもこれって何に使うの?」

「生産スキルだ。【革細工】【裁縫】【家具】とかで使う」

「え、【革細工】でも使えるんだ」


 リゼが思いついたように言う。そりゃあファーラビットの"毛皮"なんだから使うに決まってるだろうと、ウドゥンが呆れながら相槌を打った。


「ウドゥンは【革細工】スキルを持ってるんだよね。何か作れないの?」

「簡単な装備なら作れそうだな。ちょっと待て。レシピを確認する」


 ナインスオンラインの生産スキルはいくつもあるが、どれも作製できるレシピの数が尋常ではなく多い。【革細工】スキルをメインとしているウドゥンでも、【革細工】の全レシピを把握している訳ではなかった。


「そういえばお前、防具スキルは何にしたんだよ」

「えっと、まだ本決まりじゃないけど、一応【剣士】かな」

「【剣士】か。まあそれが無難だな」

「うん。ルリちゃんが『可愛い装備が多いから絶対【剣士】がいい』って言ってた」

「なんだその理由。意味が分からん」

 

 ルリの主張を一刀両断にしてしまうウドゥンに、リゼは小さく苦笑いをしてしまった。

 だが、確かに装備のバリエーションが多くて人気なのは【剣士】だ。【鍛冶】【裁縫】【革細工】という主要な生産スキルで、様々な形態の防具を作製されているのが人気の理由だった。


「お金が溜まったら、まず防具を買えって言われてる。頑張らないと」


 そう言って両手を握るリゼ。グリフィンズの連中から、初心者がすべきことについては一通り教えられているようだった。



「あー。分かったぞ。"ファーラビットの毛皮"と手持ちの素材でなら、"ハーフトップ"と"ショーツ"が作れるな」

「え……」


 その二つの単語に、リゼは顔をこわばらせた。


「それって……?」

「インナー装備。要するに下着だな」

「えええええ! このゲーム、下着まであるの?」

「何言ってんだ。今だってお前、その上下の鎧を脱げば下着姿になれるぞ」

「ならないよ!」


 リゼが手で体を隠しながら飛びのく。丸みを帯びた頬が、少し赤くなっていた。


「そうか。インナー装備だけでモンスターを倒すと、レアドロップの確率が上がるって噂もあるんだけどな」

「え……?」


 ウドゥンがわざとらしく手を広げながら言った。それはまことしやかに囁かれる、験担ぎの一つだった。

 防具を脱ぎ、下着姿で敵を倒すことによって、レアドロップ率がアップする――主に男プレイヤーがレアドロップ狩りの際、あまりに出なさにやけになって行うことが多いやり方だ。

 おそらく――というか確実にレアドロップ率アップの効果は無いが、簡単に出来るドロップ率上昇法としてプレイヤーの間ではよく知られていた。


「それって、本当?」


 おずおずと聞くリゼ。ウドゥンは小さくニヤつきながら答えた。


「さあな。だが実際に、服を脱いだらすぐにレアドロが出たっていう話は稀によく聞く。ちなみに上下はインナーだけど、靴とか腕とか他の部位は脱がないほうが確率が上がるらしいぞ。最近の流行りは裸ブーツだ」

「えぇぇぇ! なにそれ!」


 後半は間違いなく男共の欲求が入っているだろう。ウドゥンは色々な場所で【聞き耳】スキルを使い噂を集めている。するとこのような根拠の無いオカルト話というのは、いくらでも聞くことができた。

 最先端の技術で作られたVR機を使って展開される、最新鋭のコンピューターゲームである『ナインスオンライン』でも、ジンクスや験担ぎといったオカルト話がなくならないというのは、少し皮肉な話だった。


「まあ、あくまでも噂だ。それよりファーラビットのインナーセット、今すぐ作れそうだから作ってやるよ。ちょっと一人で狩っとけ」

「う……うん。ありがとう」


 リゼが少し恥ずかしそうに返事をする。ゲーム内とはいえ、知り合いの男子に下着を作ってもらうというのは恥ずかしいようだ。

 一方ウドゥンはといえば、インナー装備などスキル上げでいくらでも作っているので、特に何も感じていなかった。


 ウドゥンは少しひらけた広場の端に行くと、革細工用のヘッドナイフを取り出す。それを持ってレシピ欄からレシピを選択し、素材である"ファーラビットの毛皮"にナイフを数回当てていくだけでハーフトップとショーツは完成した。既存レシピから作るだけなので簡単だ。

 工房でならもう少し細かい仕様の変更が出来るのだが、どうせこのファーラビットのインナーセットは初期装備に毛が生えた性能しかない。簡単すぎて【革細工】のスキル上げにもならないので、テンプレ通りで済ませることにした。



「おい。できたぞ――」


 ウドゥンが製作を終え、先を行くリゼを追いかけると、そこに上下の鎧を脱ぎ、下着姿で白兎と戦う少女がいた。






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