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Zwei Rondo  作者: グゴム
終章 Zwei Rondo
108/121

1. 意識不明

終章『Zwei Rondo』


1


「そういえばリズ、ギルド名はどうするんだよ」


 声を掛けると、ギルドリーダーの証である銀の指輪を嬉しげに掲げていたリズが、跳ねるような勢いで振り向いた。


「そうだな。2人だから、ツヴァイとかどうだ?」

「ツヴァイ……」

「スペルは『Zwei』。ドイツ語で『2』って意味だ。かっこいい響きだろ?」


 彼女の自信満々に説明する様子に、思わずため息をついてしまう。


「それくらい知ってる。だけど今は2人だろうが、後から他のプレイヤーも入るかもしれねーんだ。そうなった時におかしいだろ」

「その時は名前を変えりゃーいいだろ。三人だったらドライとかさ!」

「すっげー安易だな」


 呆れつつも、とりあえず決定画面にギルド名を打ち込んでいく。なぜかすでにサブリーダーに任命されている俺は、ギルドの立ち上げについて、ほぼすべての処理をさせられていた。

 さすがにギルド名はリーダーであるリズが決めるべきだと思って質問したが、どうやらあまり興味がないらしい。このまま彼女が提案した物でいくかどうか悩んでいると、唐突にあることを閃いた。


「ツヴァイ……か」

「どうした? 気に入ったか?」


 ニヤニヤと笑みを向けてくるリズを無視し、入力されたばかりの文字列をじっと見つめる。そうしているとやがて、思いつきが確信に変わった。


「……ロンド」

「あん?」

「後ろに付け足して、ツヴァイロンドでどうだ?」


 彼女はその名称を聞くと、小さく首をかしげた。大きな銀色の瞳が、きょとんとした様子で向けられる。


「ツヴァイロンド? ロンドって、あの輪舞曲(ロンド)のことか? なんで?」

「別に……思いつきだ」

「ふーん。よくわかんないけど、ツヴァイロンドか……ツヴァイロンド……」


 リズはぶつぶつと復唱し、言葉の響きを確かめていた。あまり深く意味を聞いてこないのは、どうやら彼女にとって、意味よりも響きの方が重要だからのようだ。

 しばらく手持ち無沙汰に答えを待っていると、やがて納得したのか、リズはにんまりとしながら顔を上げた。


「なかなかいいな。気に入った!」


 そう言い切る彼女の笑顔は、太陽のように眩しかった。




――――――――――――――――




 件名  住所とログインキー

 送信者 ?サァ???シキ?

 受信者 Wooden


 本文


 添付ファイルに記した場所に行って、六条いずなという女を訪ねて欲しい。もし会えたら、ナインスオンラインにログインしろと伝えてくれ。ログインにはもう一つの添付ファイルにある、ログインキーを使ってくれればいい。


……



――――――――――――――――



 件名  Re. 運営の状況

 送信者 Cecil

 受信者 Wooden


 本文


 今すぐはちょっと無理だ。会社が大騒ぎみたいだからな。ただ忙しい原因は黒騎士事件じゃなくて、どちらかというとこの前あったプレイヤー全員を強制ログアウトさせた強行対応へのクレームがやばいらしい。まあイベントの途中でゲームの接続を無理やり切られたら、だれでも腹が立つがな。

 とにかく問い合わせと対応に追われて、家にも帰れないそうだから、落ち着いたらまた連絡を取ってみるよ。



――――――――――――――――










柳楽なぎら君。翠佳すいか先輩、来たよ」

「……あぁ」


 隣にいた莉世りせに言われ、和人かずとが携帯パネルを閉じる。彼らは今、駅前にある総合病院のロビーに来ていた。ナインスオンラインが再びサービスを停止した翌日、セウイチこと下村(しもむら)(ひろし)は意識不明に陥ったことが理由だ。

 強制的にログアウトさせられた日、和人かずとはすぐに翠佳すいかと連絡をとった。黒騎士に負けてしまった下村(セウイチ)の身が心配だったからだ。すると案の定、彼は自宅でVR機を身につけたまま倒れていた。すぐに病院に搬送された下村は、これまでの被害者たちと同じく意識を失っていたものの、命に関わるような危険な状態ではなかった。しかし意識だけは、なぜか今も戻らない。


 そんな下村の様子を見舞いにきた2人がしばらく病院のロビーで待っていると、疲れた様子の翠佳すいかがやってきた。寝不足なのだろう、うっすらと見える目の下の隈が少し痛々しい。


「おはようございます。翠佳すいか先輩……」

「二人とも、来てくれてありがとう」


 莉世りせが心配そうな表情で挨拶をすると、翠佳すいかは安心させるように微笑んでみせた。和人かずとがすぐに頭を下げる。


「坂本先輩。すいませんでした」

「ん、なんで柳楽なぎら君が謝るのよ」


 翠佳すいかは苦笑しながら答えた。謝る必要は無いと声を掛ける彼女だったが、和人かずとは顔をうつむけたままだ。

 今回、下村を巻き込んで黒騎士に戦いを挑んだのは、他ならぬ和人かずとだ。その結果は、下村一人だけが意識を失ってしまった。自分ではなく、彼だけが被害にあってしまったことに、和人かずとは強い罪悪感を感じていた。


「……俺のせいです。下村先輩がこんな目にあったのは」

「私、先にログアウトしちゃってたからよくわからないんだけど」


 困ったように言う翠佳すいかに、顔を伏せ気味の和人かずとが低い声で答える。


「あの後、大規模戦闘(インベイジョン)で黒騎士と出会って、トリニティの三人で戦いを挑みました。俺が戦おうと言ったから、下村先輩は――」

「ふーん、まあ、嘘ね」

「いや、坂本先輩」

「わかるわよ。どうせひろしもやる気満々だったんでしょ?」

「……」


 黙り込んでしまった和人かずとを見て、翠佳すいかは呆れたようにため息をついた。そのまま彼女はくるりと振り向いて、自分について来るように言ってから歩き出す。和人かずと莉世りせが付き従うと、彼女は背中越しに2人に言った。


「あなた達の性格もリズさんとの因縁も、一応は知っているつもりだから、仕方ないってことくらい理解してる」

「……すいません」

「だから、柳楽なぎら君が謝る必要はなんだって。それよりあなたも莉世りせも、2人とも無事でよかった」


 翠佳すいかは肩越しに優しげな笑顔を見せながら言った。それでも黙り込んだままの和人かずとに代わり、莉世りせがおずおずと質問する。


「あの……下村先輩は大丈夫なんですか?」

「んー。たぶん大丈夫だとは思うんだけど……」


 翠佳すいかの声が、自信なさそうな声に変わる。


「意識不明って言っても、なにも悪いところが無いみたい。先生には、寝てるだけみたいだって言われたしね」

「そうですか……」


 下村の容体について尋ねているうちに、彼がいる病室に着いた。

 病室に入ると彼は、真っ白なベッドに横たわっていた。透明な栄養剤からつながる点滴チューブが、左手の二の腕あたりに繋がっている。しかしその点滴チューブが痛々しく見える以外、彼は静かに眠っているようにしか見えなかった。


「まあ、いますぐ命に別条があるってわけじゃないから、そんな顔しないでよ」

「……すいません」

「だから、大丈夫だって。本当にやばかったら面会なんてできないはずなんだから。ただ、眠ってるだけなんだから」

「はい……」


 自分に言い聞かせるような言い回しで、翠佳すいかは何とか気丈に振舞おうとしていた。そのことに気付いた和人かずとは、返事の声を少し震わせてしまった。


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