1. 意識不明
終章『Zwei Rondo』
1
「そういえばリズ、ギルド名はどうするんだよ」
声を掛けると、ギルドリーダーの証である銀の指輪を嬉しげに掲げていたリズが、跳ねるような勢いで振り向いた。
「そうだな。2人だから、ツヴァイとかどうだ?」
「ツヴァイ……」
「スペルは『Zwei』。ドイツ語で『2』って意味だ。かっこいい響きだろ?」
彼女の自信満々に説明する様子に、思わずため息をついてしまう。
「それくらい知ってる。だけど今は2人だろうが、後から他のプレイヤーも入るかもしれねーんだ。そうなった時におかしいだろ」
「その時は名前を変えりゃーいいだろ。三人だったらドライとかさ!」
「すっげー安易だな」
呆れつつも、とりあえず決定画面にギルド名を打ち込んでいく。なぜかすでにサブリーダーに任命されている俺は、ギルドの立ち上げについて、ほぼすべての処理をさせられていた。
さすがにギルド名はリーダーであるリズが決めるべきだと思って質問したが、どうやらあまり興味がないらしい。このまま彼女が提案した物でいくかどうか悩んでいると、唐突にあることを閃いた。
「ツヴァイ……か」
「どうした? 気に入ったか?」
ニヤニヤと笑みを向けてくるリズを無視し、入力されたばかりの文字列をじっと見つめる。そうしているとやがて、思いつきが確信に変わった。
「……ロンド」
「あん?」
「後ろに付け足して、ツヴァイロンドでどうだ?」
彼女はその名称を聞くと、小さく首をかしげた。大きな銀色の瞳が、きょとんとした様子で向けられる。
「ツヴァイロンド? ロンドって、あの輪舞曲のことか? なんで?」
「別に……思いつきだ」
「ふーん。よくわかんないけど、ツヴァイロンドか……ツヴァイロンド……」
リズはぶつぶつと復唱し、言葉の響きを確かめていた。あまり深く意味を聞いてこないのは、どうやら彼女にとって、意味よりも響きの方が重要だからのようだ。
しばらく手持ち無沙汰に答えを待っていると、やがて納得したのか、リズはにんまりとしながら顔を上げた。
「なかなかいいな。気に入った!」
そう言い切る彼女の笑顔は、太陽のように眩しかった。
◆
――――――――――――――――
件名 住所とログインキー
送信者 ?サァ???シキ?
受信者 Wooden
本文
添付ファイルに記した場所に行って、六条いずなという女を訪ねて欲しい。もし会えたら、ナインスオンラインにログインしろと伝えてくれ。ログインにはもう一つの添付ファイルにある、ログインキーを使ってくれればいい。
……
――――――――――――――――
件名 Re. 運営の状況
送信者 Cecil
受信者 Wooden
本文
今すぐはちょっと無理だ。会社が大騒ぎみたいだからな。ただ忙しい原因は黒騎士事件じゃなくて、どちらかというとこの前あったプレイヤー全員を強制ログアウトさせた強行対応へのクレームがやばいらしい。まあイベントの途中でゲームの接続を無理やり切られたら、だれでも腹が立つがな。
とにかく問い合わせと対応に追われて、家にも帰れないそうだから、落ち着いたらまた連絡を取ってみるよ。
――――――――――――――――
◆
「柳楽君。翠佳先輩、来たよ」
「……あぁ」
隣にいた莉世に言われ、和人が携帯パネルを閉じる。彼らは今、駅前にある総合病院のロビーに来ていた。ナインスオンラインが再びサービスを停止した翌日、セウイチこと下村博は意識不明に陥ったことが理由だ。
強制的にログアウトさせられた日、和人はすぐに翠佳と連絡をとった。黒騎士に負けてしまった下村の身が心配だったからだ。すると案の定、彼は自宅でVR機を身につけたまま倒れていた。すぐに病院に搬送された下村は、これまでの被害者たちと同じく意識を失っていたものの、命に関わるような危険な状態ではなかった。しかし意識だけは、なぜか今も戻らない。
そんな下村の様子を見舞いにきた2人がしばらく病院のロビーで待っていると、疲れた様子の翠佳がやってきた。寝不足なのだろう、うっすらと見える目の下の隈が少し痛々しい。
「おはようございます。翠佳先輩……」
「二人とも、来てくれてありがとう」
莉世が心配そうな表情で挨拶をすると、翠佳は安心させるように微笑んでみせた。和人がすぐに頭を下げる。
「坂本先輩。すいませんでした」
「ん、なんで柳楽君が謝るのよ」
翠佳は苦笑しながら答えた。謝る必要は無いと声を掛ける彼女だったが、和人は顔をうつむけたままだ。
今回、下村を巻き込んで黒騎士に戦いを挑んだのは、他ならぬ和人だ。その結果は、下村一人だけが意識を失ってしまった。自分ではなく、彼だけが被害にあってしまったことに、和人は強い罪悪感を感じていた。
「……俺のせいです。下村先輩がこんな目にあったのは」
「私、先にログアウトしちゃってたからよくわからないんだけど」
困ったように言う翠佳に、顔を伏せ気味の和人が低い声で答える。
「あの後、大規模戦闘で黒騎士と出会って、トリニティの三人で戦いを挑みました。俺が戦おうと言ったから、下村先輩は――」
「ふーん、まあ、嘘ね」
「いや、坂本先輩」
「わかるわよ。どうせ博もやる気満々だったんでしょ?」
「……」
黙り込んでしまった和人を見て、翠佳は呆れたようにため息をついた。そのまま彼女はくるりと振り向いて、自分について来るように言ってから歩き出す。和人と莉世が付き従うと、彼女は背中越しに2人に言った。
「あなた達の性格もリズさんとの因縁も、一応は知っているつもりだから、仕方ないってことくらい理解してる」
「……すいません」
「だから、柳楽君が謝る必要はなんだって。それよりあなたも莉世も、2人とも無事でよかった」
翠佳は肩越しに優しげな笑顔を見せながら言った。それでも黙り込んだままの和人に代わり、莉世がおずおずと質問する。
「あの……下村先輩は大丈夫なんですか?」
「んー。たぶん大丈夫だとは思うんだけど……」
翠佳の声が、自信なさそうな声に変わる。
「意識不明って言っても、なにも悪いところが無いみたい。先生には、寝てるだけみたいだって言われたしね」
「そうですか……」
下村の容体について尋ねているうちに、彼がいる病室に着いた。
病室に入ると彼は、真っ白なベッドに横たわっていた。透明な栄養剤からつながる点滴チューブが、左手の二の腕あたりに繋がっている。しかしその点滴チューブが痛々しく見える以外、彼は静かに眠っているようにしか見えなかった。
「まあ、いますぐ命に別条があるってわけじゃないから、そんな顔しないでよ」
「……すいません」
「だから、大丈夫だって。本当にやばかったら面会なんてできないはずなんだから。ただ、眠ってるだけなんだから」
「はい……」
自分に言い聞かせるような言い回しで、翠佳は何とか気丈に振舞おうとしていた。そのことに気付いた和人は、返事の声を少し震わせてしまった。




