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Zwei Rondo  作者: グゴム
六章 黒騎士の侵攻
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15. 黒騎士の侵攻

15



 大規模ギルド・クリムゾンフレアでは、現在ランカーランクNo.1のファナが不在の為、同じくトップランカーであるヴォルをリーダーとして活動している。そのヴォルは今回のインベイジョンにおいて、ギルド員それぞれが好きに対応するように指示していた。その為ギルド員たちは、ソロもしくは数人ずつの小パーティに分かれて戦っている。

 ヴォルがそのような指示を出したのは、彼らがあまり団体行動が得意ではないことと、今回の防衛戦インベイジョンが準備期間無しで始まった突発的だったことが原因だった。要するに、ギルド員をまとめる時間がなかったのだ。

 それでも彼らクリムゾンフレアのギルド員たちは高い戦闘力を発揮して、1番街の各箇所で奮闘していた。





「やれやれ、手ごたえ無いぜー」

「……油断しない」


 石畳で形成されたある道路の真ん中で、木製の棒を手にした短髪の男と、身長の倍はありそうな大鎌を手にした白髪の女が、迫りくるモンスター群を蹴散らしていた。男はカストロ、女はリルムと言う。それぞれ【朱雀】【林檎飴バトルキャンディー】とあだ名される、クリムゾンフレアの上位ランカーだった。


「でもよーリルム。これなら前の32番街で相手したランク9のトロール軍団のほうが手ごたえあったぜ?」

「……」


 リルムは暗い表情で頷く。彼らが担当している通りにやってくるゴイフと呼ばれる種族モンスターは、リージョンランク的には6thリージョンに所属する雑魚モブだった。この程度のモンスターでは、彼ら上位ランカーにとっては朝飯前の相手だ。

 敵の湧きが途切れ、戦闘は一段落していたので、2人は再び敵が出現ポップするまで時間をつぶしていた。


「リルムー。こんな雑魚放っておいて、インペリアルブルーのいる大通りに乱入しようぜ」

「……だめ」

「ちぇ。まあ冗談だがよ」


 カストロはおどけた調子で口笛を吹いた。一方で氷のように冷たい目つきを崩さないリルムは、じっと敵がやってくるであろう方向を見つめ続ける。

 黙りこくってしまう彼女に、カストロはきょろきょろと周囲を見渡しながら続けた。


「そういえばヴォルの野郎、どこをほっつき歩いてやがるんだ」

「【破壊者ブレイカー】はイベント戦……今は円形闘技場コロセウム

「えっ? そうなの?」

「……さっきメッセージで確認した」


 ぼそぼそとしゃべるリルムに対し、カストロは陽気な様子だ。2人は性格こそ対照的だが、昔からよくパーティを組んでおり、クリムゾンフレア内でも息の合ったコンビとして有名だった。


 この突発的に発生したインベイジョンでは、当初リーダーであるヴォルの姿が見えなかった為、クリムゾンフレアのギルド員達は少し混乱してしていた。それでも戦闘が始まりさせすれば、それぞれが実力を発揮し、さらに敵ランクの低さも相まって楽観的な空気が漂い始めている。

 しかしそんな楽勝ムードは、ある敵の出現によって終わりを告げた。


円形闘技場コロセウムにいたなら、ヴォルもそろそろ来るかな」

「……たぶん――」


 言いかけたリルムが、突然言葉を切って大鎌を構える。同時に彼女はいつもの暗い表情を、一気に険しいそれへと変えてしまった。


「ん……?」


 カストロが不思議に思い、同じ方向に顔を向ける。そんな2人が視線を向けた先には、音もなく現れていた黒装束の女が、影のような漆黒のレイピアを右手に持ち立ちつくしていたのだ。

 全身真っ黒のワンピースドレスは、片側だけ長くなった珍しいデザインをしており、両手足もまた漆黒の防具を身に着けた、不気味な雰囲気の女だった。


「おっと、プレイヤーか」


 最初カストロは、別のギルドのプレイヤーが自分達の持ち場に紛れ込んできたと思った。


「ここはクリムゾンフレアが受け持つぜー。他の所に回ってくれー」

「……」


 呼びかけに女は一切答えない。影のように黒ずくめの女性の姿を睨みつけながら、険しい表情を崩さないリルムの態度を見て、カストロはようやく異質な様子に気がついた。

 レイピアを握ったまま立ち尽くす女性は、尋常な雰囲気ではなかった。


「……そこで止まれ」

「カストロ……顔」

「ん?」


 リルムに促され、カストロはようやく黒装束の女を注視する。するとざんばらに降ろされた長髪から、不気味に笑う白い仮面が垣間見えたのだ。 

 それはあの日、円形闘技場コロセウムで見た仮面と同じものだった。2人がぞっとして息を飲む――


「…………白い仮面」

「てめぇは!」

「来る――」


 リルムは短く叫ぶ。その瞬間、真っ白な仮面を露わにした女――黒騎士は、一気に2人との距離を詰めてきた。


「くっ」

「……」


 2人は間一髪、左右に分かれて黒騎士の突進をかわした。油断無く戦闘体勢を整えていたため、何とか突き出されたレイピアを回避することに成功したのだ。

 しかし攻撃はこれで終わりではない。そのまま問答無用で、カストロ達は2対1の接近戦に突入してしまう。全力で突きを放ち、四肢を伸びきらせた黒騎士に対し、リルムは巨大な両手鎌を振り回した。

 ブオンと空気を切り裂き振るわれた死神の刃を、黒騎士は身を屈めて紙一重で避ける。


「この野郎!」


 続けてカストロが両手棒を叩きつけるが、黒騎士はその攻撃を一瞥(いちべつ)もせずに、しゃがんだままサイドステップによって回避した。続けて彼女は地面を強く蹴って体勢を反転させると、一気にカストロの懐に入り込んだ。


「くっ」


 カストロが棒をぐるりと回す。近づくものを容赦なく撃退するなぎ払いだった。しかし黒騎士は襲い掛かる棒を待ち構えていたかのように、黒のレイピアを攻撃軌道上に突き出した。


 ガキン――


 鈍い音と共に、カストロの棒が弾き飛ばされる。突然仕掛けられた戦いに焦ってしまい、少し雑になった彼の攻撃に対し、黒騎士は寸分の狂いも無くインパクトガードをしてみせていた。


「なんだと!」


 少し雑になったとはいえ、上位ランカーであるはずのカストロの攻撃に対し、実行困難なインパクトガードを意図も簡単に決める黒騎士の姿は、彼等の思考を混乱させるには十分だった。


「回避」


 リルムが短くつぶやき、両手鎌を振る。インパクトガードによって硬直するカストロを援護する攻撃だった。しかし黒騎士は身体をひねってそれを避けると、素早くリルムに対し突きを繰りだす。

 首を狙い放たれたレイピアが、リルムの露出した喉元のどもとを正確に突き抉る。急所を狙った攻撃のクリティカルボーナスが、尋常ではない量の体力を削ってしまった。

 2対1の接近戦という難しい戦闘の中でも、黒騎士は信じられないほどに緻密な動きをみせていた。


「リルム、下がれ!」

「……」


 硬直から回復したカストロが、ダメージを食らったリルムを庇おうと棒を振るう。しかし黒騎士はそれを目も向けずにレイピアの腹で受け流すと、そのままリルムに向け、とどめの高速突きを繰り出した。


「残念……」


 リルムは鈍重な両手鎌を防御に回すが、防ぎきれずに致命傷を食らってしまう。細身の彼女が死亡(デッド)エフェクトに包まれる中、黒騎士は休むことなくカストロにその刃を向けた。


「ちっ」


 カストロは舌打ちし、懸命に防御体勢をとった。


「どけ!」


 その時、背後から声が聞こえた。カストロは一瞬ぎょっとしてしまったが、すぐに聞き覚えのある声に反応し身をかがめる。

 高速のレイピアがカストロの影を突き抜けると、それに並行して巨大な両手剣ツヴァイハンダーが振り下ろされた。ドカンという鈍い音と共に、黒騎士は肩口から斬撃を喰らう。彼女の身体は地面にたたきつけられ、そのまま勢い余ってゴロゴロと転がった。


 しかし黒騎士はすぐに起き上って体勢を立て直す。そしてゆらりとした様子で、構えを取り直した。

 同じく体勢を立て直したカストロが、乱入者の姿を仰ぎ見ると、そこにはトップランカー【破壊者ブレイカー】ヴォルの赤毛を逆立たせた姿があった。


「2人揃っていいようにやられやがって」


 彼は怒りに満ちた声で、ツヴァイハンダーを肩に担ぎながら唸る。リルムのメッセージによって駆けつけたヴォルは、目の前の敵に激しい感情を向けていた。


「面目ねぇ。ただこいつ、動きが尋常じゃない」

「そんなことはわかってる。こいつは黒騎士だ」


 ヴォルは忌々しげに言った。ウドゥンから報告を受けている黒騎士についての情報から考えると、目の前にいるこの黒騎士はあの【太陽(ザ・ハーツ】のコピーだ。上位ランカーであるカストロとリルムが苦戦するのも頷ける。

 しかし、だからと言ってこのままでは終われない。ヴォルはようやく目の前にしたファナとアクライの仇に、怒りを隠さずにいた。


「……」


 その時、黒騎士は突然奇妙な行動を始めた。悶えるように手で顔を覆い、ぶるぶると体を震わせたのだ。そして何を思ったのか、彼女は死亡デッドしたリルムのいた場所に出現した死亡デッドパネルの前まで行くと、苦しそうな仕草で左手を乗せた。

 次の瞬間、死亡デッドパネルは消滅してしまった。何かの処理を終えたのではなく、音もなくパネルは消失したのだ。

 その行動にヴォルは大きく目を見開く。


「……何をした?」


 黒騎士は何も答えない。しかし先程の行動の結果なのか、黒騎士は身体の震えが無くなり、少し落ち着いたように見えた。そのまま一度大きく深呼吸をすると、レイピアの切先をヴォルに向け、ゆらりとした動きで戦闘態勢を整えた。


「お前、リルムに何をした!」


 彼は激情を吐き出し、両手剣ツヴァイハンダーを抱えて飛び掛かった。

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