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 その日、ガルフォールト貴族院議事堂は混乱の最中にあった。

 代議院がガンプリシオでの《傘》破壊や違法な政治犯取り締まりに国王の関与を疑い、調査を求める決議を行ったことが第一の騒動だ。近年の国王は議会を軽視し、姿を見せないことさえ多々あった。その独善的な振る舞いには貴族層の中にも反発が強まっており、至る所で「個人的な」と断りながらの討論が繰り広げられていた。

 不穏を纏いながら議会が開会して、間もなくのことだった。

 権勢を示すような美しい赤絨毯の上を、軍服を着込んだ将軍が悠々と歩いていく。すでに議会守備兵は彼の指揮下にある。その立役者であるニッツフェンは、時計を確かめ、重々しく告げた。


「時間です、将軍」

「うむ。では、始めよう」


 豪奢な扉が開け放たれ、軍人が中に流れ込む。悲鳴に似た怒号が飛び交う中、瞬く間に議会の占拠は完了した。


「な……何だね、君たちは!」

「一体何のつもりだ! 神聖なる議会を、このような形で……!」

「――その神聖な場に、重要な人物が欠けているのではないかね」


 裂帛の声が、怒号を薙ぎ払うかのように響き渡った。

 劇場を思わせる半円状の階段構造が示すとおり、中心となるのは発言者用の演壇だ。

 緊迫した空気の中、将軍がその場に足を踏み入れる。いつもならば静粛を唱える議長は険しい顔で沈黙を保ち、槌を握りしめ、その光景を睨め据えていた。

 なお冷めやらぬ怒りと、一匙の困惑を一身に受け、老いてなお壮健たる男は堂々と口上を述べた。


「諸君。今、ガルフォールトは二年前と同じ混乱の中にある。――なぜか? それは、王が同じ過ちを繰り返したためだ。

 野心に溺れ、状況を見誤り、議会を省みず突き進んでしまったためだ。

 直言を遠ざけ、忠臣を罰し、耳良い言葉ばかりを選んだためだ!」


 その声量にもかかわらず冷静であった声が、次第に力を増していく。

 理性的な怒りを籠めた目が、議場をゆっくりと見渡した。


「諸君らに問いたい。王はいかなるために存在するのであろうか?

 王とは、国を愛し、守り、正しい方向へと導くべきもの。王のために国が存在するのではない。国のために王が存在するのだ!

 無論、王とて人。人は過ちを犯すものだ。だが、幾度に渡り繰り返されてきた過ちは、あまりにも大きく、もはや力を以て止めるほかないところまできている!

 果たして我々は、故国が焦土と化すまで、我々は沈黙を守るべきであろうか?

 それとも天の声が王を変えるまで、暴虐に耐え続けるべきであろうか?

 否。断じて否!

 もはや、王は王たる資格を持ちあわせておらぬ!

 ――よって我々は、ここに、王の廃位を求めるものである!」


 最後の宣言を放つ頃には、議場は完全に、将軍の独壇場となっていた。

 神が降りた五百年前より、王位はあくまで神の代権者である《神殿》より与えられるものだ。条件が整えば一方的に剥奪する権利を持つ。議会での採択はその一つだ。

 事前に取り込まれていた議員たちが口々に賛同を唱え始める。

 拍手と歓声に不満者の声が圧し潰されていくのを眺め、王位の継承者たるユールディクスは、こっそりとぼやいた。


「……お手本のような演説だねえ。この後に喋るのは、何とも荷が重いな」


 のんびりとした王子の言葉に、ニッツフェンは悪人顔を歪めて返した。


「誰もあなたに同じことを求めてはおりません。堂々と、理性的に、予定通りの発言をしていただければ、それで十分です」

「わかっているよ」


 やれやれとばかり肩を竦め、ユールディクスが議場に姿を見せる。

 騒がしかった議場内に、驚きの声が波のように広がっていった。


「ユールディクス殿下……!」

「お戻りであったのか!」


 悠然とした笑みでそれらを見渡し、波が引くのを待ってから、ユールディクスは口を開いた。


「まず、このような形をとったことを詫びよう。そして、長らくの不在を。この苦境に耐えてくれた諸君には感謝にたえない。将軍の言葉すべてに同意することはできないが、こうして担ぎ出される覚悟を決めたのは、私が、私にとっての、王のあるべき姿を見つけたためだ」

「殿下、しかし……!」

「君たちの中には、私が傀儡となることを危惧している者もあるかもしれない。確かに、皆知っての通り、私は凡庸な人間だ。だからこそできることがある。……私はこの五年、諸国をめぐり、多くの民を見てきた。富める国もあれば、貧しい国もあった。その中で知ったのは、王がどのような存在でも、議会が正常に機能していれば、民の暮らしは保たれるということだ」


 ニッツフェンがぴくりと眉を動かした。予定にはない発言だ。

 貴族院で共感を得られるような内容ではなかったが、この王子らしい穏やかさで、妙な説得力があった。

 亡き第一王子とは性質が異なるが、これが王家の血だ。もしくは、そうあるべく育てられた存在のあるべき姿だった。


「過去の遺恨に囚われるのは、もう終わりにしよう。未来のために目の前の困難を片付けよう。強い国ではなく、幸福な国を目指そう。

 私は、王権を縮小し、国家を正常な状態に戻すため、この身の限り力を尽くすと――ここに約束する」


 先ほどにもまして大きな拍手が、議場に響き渡った。

 安堵とともに緊張を解いたニッツフェンのもとに、凶報が届いた。――王の所在がわからないというのだ。温室に籠もっていたはずがもぬけの殻で、宮殿内をくまなく探したものの、発見には至っていないという。

 ニッツフェンは常の凶相をさらに歪ませ、奥歯を軋ませた。

 万一亡命でもされれば、ガルフォールトは今後さらなる厄介事を抱え込むことになる。


「何としても探し出せ。侍従を締め上げて、可能性のある場所を潰すのだ」

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