020
切りがあんまりよくなくて、今回ちょっと短いです。
「ティティ! よかった、無事で……!」
「ロギー君……!」
格式あるホテルの最上階客室で、予想と寸分違わない感動の再会が果たされた。
警護官の腕から降りた少女が青年に駆け寄る。その小さな身体をしっかりと抱きしめて、ログイットはようやく息ができたとでもいうような顔をしていた。
その光景を離れた場所から眺めていたユラは、さりげなさを装って室内を確かめた。
護衛が八名。警護対象と思しき男が一名。いずれもガルフォールトの――それも、権力に近いところに位置する人間だろう。状況は極めて厄介だ。
「心配したんだぞ。どうして勝手に外に出たりしたんだ! だめじゃないか……危ないってわかってただろう!?」
思わず、「馬鹿」と口に出しそうになった。
どうしても何も、最初にこの状況を作り出したのは自分だということを自覚した方がいい。
はたして表情を凍らせたティティは、唇をわななかせ、泣き出しそうな怒り顔を見せた。
「……ロギー君がわるいんじゃない!」
「え……」
「とうさまも、わたしも、すごくすごくしんぱいしてたのに! ずっとずっと、ロギー君のこと、まってたのに! とうさまは、ロギー君のことしんじるって、みんなに言ってた……なのに、ロギー君がかえってこないから! だからっ」
「ティティ……」
涙をためた大きな両目をぎゅっと瞑り、ティティは感情のままに叫んだ。
「とうさまをいじめるロギー君なんて、だいっきらい!」
かなりの威力がある一言だった。
衝撃によろめいたログイットを見て、ユラは小さくかぶりを振る。彼自身が蒔いた種だ。同情はするが自業自得だろう。
だがしかし、くるりと背を向けたティティが逃げてくるのが自分の方向だと気付いて、それどころではなくなった。
「え? ちょっ……ちょっと!?」
制止する間もなく、少女が体当たりするように抱きついてきた。
逃げ出したい気持ちは分かる。だが、どうしてこちらに逃げてくるのかが分からない。腹の辺りに押しつけられた頭に困惑して、ユラは助けを求めるような視線をさまよわせた。
情けない顔をしたログイットから、背後にいたニッツフェンに視線が移る。とたん、ユラは顔をしかめた。
派手さこそないが、貴族然とした空気を持つ男だ。おまけに群を抜いた悪人顔である。当然の警戒を受けたニッツフェンは、訝しさと驚きをないまぜにしてユラを見返した。
「君は……」
「ユラ・バレーノ。《神殿》から派遣されてる魔工技師よ」
相手の言葉を奪うように名乗り、ユラは挑発的に肩をすくめた。
「あなたのお仲間と関わってたおかげで、ここに連れてこられたってわけ。……それで? お礼でも言ってくれるの? それとも処罰されるのかしら」
「だめっ!」
最初の反応は手元から、予想以上に大きなものが返ってきた。
勢いよく顔を上げたティティが、両手を広げてユラを庇った。
予想外の行動に大人たちが目を丸くする中、ティティは決然とニッツフェンに対峙した。
「どうして!? そんなのだめよ!」
「……ティティ。口を挟むな」
「ユラはなんにも、わるいことなんてしてないわ! どうしてそんなひどいことを言うの!?」
眉間を押さえたニッツフェンが深々と息を吐く。
犯罪容疑者の隠匿は立派な犯罪である。もっとも、この場にいるのはその「犯人」の身内であるのだが。
ユラも刺々しい態度を続けるわけに行かず、困り果てながらティティの肩に手を置いた。
「ちょっと、落ち着いて」
「だって、ユラ……!」
「違うんだってば。悪かったわよ。誰も、そんなことは言ってないから。……私が邪推しただけ。そうでしょう?」
否やは言わせない口調で訊ねたユラに、ニッツフェンは眉を上げることで答えた。
ティティが二人の顔を交互に見上げ、ほっと表情を緩める。
その顔が、ふと苦痛に歪んだ。
「いたっ……」
「ティティ!?」
駆け寄ろうとして止まったログイットに、ユラはため息をついた。
少女の側に身を屈め、様子をうかがう。
眉尻を下げたティティは、小さな手をおずおずと押さえていた。
「どこかにぶつけた?」
「わからない。けど、手がひりひりするの……」
ユラは息を呑んだ。
一言断って小さな手を取り、手の甲を上向ける。柔らかく白い肌が真っ赤に染まり、それと分かるほどの炎症を起こしていた。
今は冬だ。あの短時間で、日焼けなどあり得ない。
心臓を縮ませるような感覚に、喉が引きつる。
「ユラ? どうしたの……?」
不安げなティティの問いかけに答えることもできず、ユラはきつく、唇を噛みしめた。




