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017

 久しぶりに会った古馴染みは、常でも人に怯えられる悪人顔が、もはや極悪といえる水準までの凶相となっていた。

 眼鏡の奥で光る目は、それだけで相手を黙らせんばかりの威圧感を発している。

 ログイットは緊張と供に相手の反応を待った。高級ホテルの賓客室とはいえ、護衛を含めて総勢八名の大所帯だ。狭苦しいような圧迫感が否応なしに増し、背にのしかかっている。


「やってくれたな。とりあえず五体満足は喜んでやるが……及第点なのはそれだけだ、ログイット」


 口調は辛辣だったが、その中には一抹の安堵が混ざっていた。

 兄弟ぐるみで長い付き合いになるログイットだからこそ、感じ取れる些細なものだ。

 ログイットは表情の選び方に失敗し、結局、神妙な表情でうなだれた。


「すまない、ニッツ。面倒を掛けた」

「全くだ。昔からお前ら兄弟ときたら、私を便利屋か何かと勘違いしてはいないか」

「そんなことは……」


 ニッツフェン・フォーイ・バルガネスは貴族院の議員であり、優秀な法律家だ。兄が旧友である彼を何かと頼りにしている事はログイットも知っていたが、彼はどうやら、ログイット自身に対しても思うところがあるようだった。

 ぎこちない苦笑いを返したログイットに、ニッツフェンは渋面そのものでかぶりを振った。


「……まあいい。状況を説明しよう。幸い、ティティはお前を捜しに出ているところだ。戻る前に終わらせるぞ」

「ティティを連れてきたのか!? どうして――」

「いいか、ログイット。私は子どもが嫌いだ。人生において、可能な限り関わりを持ちたくないとさえ思っている」


 ふんと鼻を鳴らし、男は自慢にもならないことをきっぱりと言ってのけた。


「それを押してまで同行を許した。理由は分かるな?」

「まさか……兄さんに何か」

「九日前だ。王の命令で拘束された。現状も軟禁状態だ」


 予想以上の厳しい状況に、ログイットは奥歯を噛みしめた。

 ニッツフェンはわずかに眉を上げた。苛立ちに染まっていた目に、意外そうな色が覗く。


「俺のせいで……」

「口実になったのは確かだな。だが、いずれもヒューズは予測していた。お前が事を起こさずとも因縁を付けてきただろう。あいつは今や旧王子派の筆頭扱いだ。王からすれば、さぞ目障りだったろう」


 悔恨を露わにして、ログイットが目を伏せる。

 ニッツフェンは言葉の矛先を納め、うなだれるログイットを椅子に座らせた。


「兄さんは、どの辺りまで予測していたんだ……?」

「当局が反体制派に極端な方針を取ること、お前がいずれそれに応じられなくなるだろうということ、その他は大から小まで諸々だな。あいつは石橋に危険を見れば、隣に鉄橋を立てるような慎重派だ。もっとも、まさかいきなり保安局とやりあうとは思っていなかったようだが」

「……面目ない」

「全くだ。だが、ここから先は背を丸めるな。お前には正当性を主張してもらわねばならない。自分がすべて正しいのだという顔をしろ」


 ログイットはとっさに頷くことができなかった。

 煮え切らない態度にニッツフェンはわずかに目を眇めたが、あえて念を押すことはしなかった。感情がどうであろうと、理屈で納得すればすべき事はするのがログイットという男だ。その程度の信頼はある。


「ニッツ、一つだけ頼みがある」

「何だ」

「こっちで世話になった人物が、別件でトラブルに巻き込まれている。《神殿》と今後の身の振り方を調整しているところなんだが……決まるまで、うちで保護したい」


 神殿という言葉に僅かな反応を見せ、彼はしばし思案したのちに頷いた。


「いいだろう。《神殿》との繋がりがあるなら重畳だ」


 ニッツフェンは無駄のない動きで立ち上がると、いぶかしげな顔のログイットを見下ろした。


「私がガンプリシオに来た理由は三つある。一つは市当局との会談。二つ目はお前を連れ戻すこと。三つ目は、これがもっとも重要だが、ある人物を《神殿》に引き合わせることだ」

「ある人物……?」

「今は一時的に警護官となっている。お前はまだ面識がないだろうが、名前ぐらいは知っているはずだ」


 この状況でもっとも優先される人物だというのだ。まったく想像ができず、ログイットは困惑して眉を寄せた。

 ニッツフェンが近くにいた警護官に所在を訊ねると、いかめしい顔つきの警護官は、感情の揺れを見せずに答えた。


「『彼』は現在、令嬢の警護に当たっています」

「……なんだと?」

「どうしてもと譲りませんでしたので、やむをえず。念のためサクフォンをつけております」

「……どいつもこいつも、どうしてこう好き勝手に動きたがる……!」


 警護官は失言が聞こえなかったかのような涼しい顔で姿勢を戻し、話を飲み込めないログイットに冷ややかな目を送った。

 規律を絵に描いたような男からすれば、どんな理由があろうと、ログイットのような命令違反者は唾棄すべきものだろう。肩身の狭い思いだった。

 今となっては、特大の釘を刺してくれたユラに感謝するばかりだ。

 ふと懸念を思い出して、ログイットの眉間に皺が寄った。


(心配が、杞憂ならいいんだが……)


 ログイットが不在の間、商会に出かけると宣言したユラとやり合ったのは、つい今朝方の話だ。

 危険だという説得も効をなさなかった。せめてもの抵抗にバリケードを築いて閉じこめてはみたものの、ユラの手元に素材という万能道具がある以上、意味はなさないだろう。かえって負けん気を引き起こしてしまったかもしれない。

 とはいえ、ユラの主張も分かるのだ。

 この常闇の街で、偶然敵に見つかる可能性は低い。そして、《神殿》はすでに逃亡中の重犯罪容疑者を確保すべく、ユラの行動範囲に人員を配置している。ユラがよほど予想外の行動にでも出ない限り、その身に危険が及ぶことは考えにくい。


(……そう、やりすぎなんだ)


 離れているという事実だけで、こうも不安になるとは思わなかった。

 自嘲を浮かべてしまいそうな口元をどうにか引き締め、ログイットは暫定の上司に従って、部屋を出た。

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