09.王太子
レインの行動よりも、リアーナの行動の方がより知っている。
何度もプレイしてきたからこそ、次はこうするのだろうと――予測ができる。
(ただ、オリビアである私自身が――ゲームにはなかった行動をしているから、リアーナの言動も変わっていくのかもしれないけれどね)
ゲームではあんなに心優しく、人と接していたキャラクターだと思っていたが――現在、彼女と話せば、がらりと印象が変わってしまった。
(もしくは……ゲームをプレイする時には、選ばなかった選択肢になると――今のリアーナみたいな性格になるのかしら?)
基本的には、登場人物たちに好かれるための選択肢を選んでいたから、先日のリアーナとのお茶会でみた彼女の性格は――見たことがなかった。
だからあんなにも、頭に残ってしまったのかもしれないが……。
私は目的地の庭園に向かいつつ、あらためて考えていた。
リアーナについて考えたところで、罠にはめて来た彼女の印象は変わらない。
ああいうあくどい方法を取ってくるのが、今知っている――リアーナの性格ならば、それに対応した行動をとらなければならない。
(お父様やお兄様に好かれるために行動をとっていたのだから、きっと……今回の舞踏会で現れる王子にも、接近しているはずだわ)
今回の舞踏会で、私はレインに交渉を持ち掛けたが――本来の物語では、攻略対象キャラであるこの国の王太子である……シューベルトと出会える日なのだ。
そんなシューベルトは、この国の行く末について、国王である父と方針の違いについて悩んでおり……舞踏会の会場にいるのもそこそこに、この庭園にやってくるのだ。
すべての権力を手にしたい父と、平和的な構造で世の中を統治したいシューベルト。
父と分かり合えないことに悩み疲れているところに、リアーナがやってきて……彼に寄り添うというイベントが起きる。
(リアーナは少し疲れた様子のシューベルトの後を追って、庭園に着いて……彼の側にいるはず。知っているイベントを壊してしまうのは、気が引けるけれども……)
このあとの追放イベントを発生させるには、どうしても――リアーナがオリビアを叩く動機が必要なのだ。
もともと、このイベント中にも……意地悪なオリビアが邪魔をしてくる流れだ。
(けれど、単に邪魔をするとなると――リアーナにとって優勢なまま、イベントが終わってしまう)
だから私としては、追放イベントを発生するために……リアーナにとっての「悪女」ムーブをして、王子には悪評にならない塩梅にするべきだろう。
この国の王族は、レインと同じく権力者だ。
リアーナを含めた伯爵家からはなんと思われようとも構わないが――別の権力者に睨まれるのは避けたい。
(でも、レインと結婚したらおそらく……ま、まぁ、その時までは大丈夫よ、きっと……)
レインと王族との権力における深い溝に、少し頭が痛くなってしまうが――今はそれよりも目の前のことに集中するべきだ。
私が歩いている廊下の先に、少しだけ開いている――扉がある。そこが庭園へとつながる扉だ。
その扉をそっと開けて、私が外へ足を踏み入れると……私の方を背に、ベンチに座っているリアーナと――短く整えられた金髪に青い瞳を持つシューベルトの二人の姿があった。
身体的に距離も近く、二人は人目がないゆえにか、話し込んでいる。
「私の悩みをこれほどまで、聞いてくれるのは……お前がはじめてだ、リアーナ」
「そうだったのですか? 私は、シューベルト様の体調が気がかりで……その、ついお節介をしてしまっただけで……」
「いや、そなたの気遣いのおかげで……かなり救われた。それに……お前が言うように、世の中の見本として、王族の力を使う――とは新しいアイデアだった」
「本当ですか? 私が何かの役に立てたのなら……嬉しいですっ!」
そんな二人の会話が聞こえてきて、私はうんざりとする。
(リアーナの魅了の魔法に、すっかりと……王子様はほだされてしまったのね)
悩んでいるキャラクターほど、リアーナの魔法は効きやすい。
私の存在に悩んでいる伯爵家しかり、王族の在り方を悩んでいるシューベルトしかり。
(でも世の中の見本として、王族の力を使う――なんて、物騒な提案をするものね)
他にもいくつか――このイベントでは選択できるセリフの候補はあったはずだが、現状のリアーナの性格から、この話をしたのかもしれない。
そんな二人の方へ私はズカズカと足音を立てながら、向かう。
「あら? リアーナ、こんなところで何をしているの?」
「!? お、お姉様……っ!?」
「もうすぐ帰る時間なのに……リアーナが会場にいないと……お父様とお兄様が心配して帰れないもの。たまたま探していたら、あなたを見つけられて良かったわ」
私はあくまでリアーナを心配して、ここにやって来た風を装った。
本来の物語だと、王太子に近寄るリアーナを見つけたオリビアは、身分を越えて近づくリアーナに苦言を呈しに行ってしまったが――私はそんなことをしない。
(現在進行形で、リアーナにほだされている王子様からの不満を買ってしまうから……そんなことはしないほうがいいのよね)
現に、私と目があったシューベルトは、怪訝そうにこちらを見て……。
「……オリビア嬢」
「あら! 王太子殿下がいらっしゃるとは、気づかず……申し訳ございません。私、フローレンス伯爵家のオリビアと申します。遅れまして恐縮ですが、国の太陽に挨拶を申し上げます」
「……ああ」
どうみても、嫌そうな表情だった。
きっとリアーナとの時間を遮る邪魔者として、映っているにちがいない。ここまで分かりやすい反応が見れたのは驚きだが――それに屈する気はない。
私は前世から知っている物語の知識を活かして、リアーナに言葉を紡ぐ。
彼女は、王太子と会うために――義理の兄であるミシェルからのダンスの約束を破っている。
「というか、リアーナ……あなた確か、お兄様と舞踏会でダンスをする約束をしていたわよね? きっとお兄様は今頃、悲しんでいるわぁ」
「ど、どうしてあなたが……お、お姉様がそのことを……っ」
私は、わざとらしく可哀想な兄を心配する声を作った。
ミシェルに関しては、全く同情なんて持っていないが――あくまで今のこの状況では、そうした装いが有効だ。
見るからにリアーナは焦った様子を見せた。
そんなリアーナに、シューベルトは「それは、君の兄上に申し訳ない。早く行った方がいい」と声を出す。
シューベルトからの言葉に後押されて、リアーナはすぐにベンチから立ち上がって。
「そ、そうですわよね。急いで、お兄様のもとへ行かなくちゃ……! 失礼します、シューベルト様」
「ああ、気を付けて」
どうみても名残惜しそうなリアーナだったが、状況が状況のため――このままここに居座るのを諦めたようだ。
そして私が入って来た扉の方へ向かう際に……私に近づいてきたかと思えば、ぼそっと声を出してきた。
「……さっきからなんなの、あんた」
「……」
「覚えておきなさいよ」
シューベルトと話す時とは別人のような低い声で、そう話しかけて来た。
そんなリアーナに視線を向けようとする前に、彼女は――健気な家族想いな振る舞いに変わっていて。
「お姉様っ! 教えてくださり、ありがとうございます! 行儀が悪いですが、速足で会場にもどりますね!」
私が返事をするよりも早く、リアーナは庭園から出ていった。
そんなリアーナの態度に呆れを感じながらも――私はベンチに残されたシューベルトの姿を見る。彼は暗い上空に光る月をボーッと眺めているようだった。
(今の私の目的として――彼に関わる必要はあまりないけれど……)
ただ先ほどのリアーナとの話では、物騒な結論に至っていた。
ここでのリアーナとの会話が実は、今後のシューベルトの行動の方針にもつながっていく。
(そうなると……レインと見るからに敵対する行動をとる可能性もあるわよね)
ただでさえ、公爵家側に味方がいない舞台なのだ。
今のところ、レインの母親の病状が回復したら、敵対する必要はなくなるかもしれないが――他のきっかけで、対立が激化する可能性だってある。
少しでも自分の平穏な生活のため、できることはしたい。
私が庭園から離れないのを感じたシューベルトは、不機嫌そうに声をあげた。
「……お前は、行かないのか」
「いえ、すぐに行きますわ――けれど、せっかくの機会だったので、お伝えできればと思って……」
「伝えることだと……?」
「はい、殿下が民たちのことを想って、治水事業や住める土地への開発事業といった政策を実施していることを――尊敬しているとお伝えしたくて」
「!」
私の言葉を聞いたシューベルトは、驚いた顔をしていた。
それもそのはず、シューベルトが行ってきたこうした政策は、地味な政策として貴族社会では話にかけられなかった。
社交界で褒められるのは、いかに戦争を勝ち抜いた魔法の力があるか――もしくは、いかに権力をもてる環境を作ったのか……そればかりだ。
しかし権力に寄らない貢献をしている……シューベルの行いこそ、この世界では真に褒められるべきポイントのはず。
権力によって抑えつけて、犠牲ありきでの貢献は――どこかで恨みを買う。
レインのことしかり、もしかしたら……ゲーム内で描かれなかったオリビアの家庭環境しかり。
「私にすり寄って、何か企みでもあるのか?」
私の言葉を聞いたシューベルトは見るからに、怪しさを感じているといった様子だった。
そんな彼に、私は言い訳をするでもなく――淡々と言葉を口にする。
「いいえ、ただ伝えたかっただけです」
「ただ伝える……?」
「私がこう言ったことで、殿下がどう思われるのかは自由ですし――私から何か殿下にしてほしいこともありませんわ」
「……!」
「この会場に来た他の方と同様に――私は思ったことを口にしただけ、ですので」
私がそう言うと、シューベルトは信じられないといった眼差しだった。
確かに、ずっと悪評が広まっているオリビアが、どうして急に……というあり得ない気持ちは、理解できた。
(けれど、少しでも……平和を想うシューベルトの気持ちを無駄にはしたくなかった。それだけ……)
ゲーム内でシューベルトは、権力を振りかざす強い立場でもいられるし――平和的な道を模索するルートもある。
個人的には、彼の本質を応援するのが好きだったからこそ、そう言ってしまったのかもしれない。
あとは、自分の今後の人生を想って……という部分もあるのかも。
ただこれ以上、シューベルトと話すこともないので、私は再び口を開いて。
「話を聞いてくださりありがとうございます。私も帰りますので……失礼しますね」
「あ、ああ……」
そう言葉を口にして、リアーナが速足で歩いて行った廊下へと――私も戻っていった。
少しでも、シューベルトがリアーナの提案から考え直すきっかけになればいい……そう思いながら、王城の出口へ向かっていれば。
門を見張っている衛兵が、私の顔を見て――ギョッとした様子になった。
「え、あ……その……フローレンス伯爵家は、先ほど馬車に乗って行かれて……オリビア様がいないことを、言及していなかったのですが……」
慌てた衛兵の言葉を聞いて、私は「はぁ」とため息をついた。
どうやら、先ほどリアーナが「覚えていろ」という言葉の意味は――こうして帰りも同じ馬車で帰れない、という宣言だったのかもしれない。
(けれど、先に帰っていく――ということは、間違いなく追放フラグが立ったわ)
舞踏会での「オリビア」に関するイベントは二つある。
到着した時のイベントと、さきほどのシューベルトに絡むイベントだ。
どちらもオリビアが悪行を犯すのだが、リアーナがこれをお父様とお兄様に「どのように」伝えるかで、「オリビアの処遇」が変わる。
(想像に易いけど……私にされたことを、歪んで伝えているでしょうから……お父様とお兄様は怒り心頭ね)
その先駆けとして、帰りの馬車がないことがフラグだ。
そもそも、行きも馬車が違ったのだから、別の馬車で帰れる。私は衛兵に、「大丈夫」と伝えて――行きに使った馬車を呼んでもらい、乗り込んだ。
「帰ったら……一大イベントの始まりね」
必要な手続きとはいえ、またあの家族と会うことになるのは億劫に感じる。
「イベントが始まる前に……ちゃんと漏れがないか、思い出しておこう……」
そう自分に言い聞かせながら、馬車に乗って伯爵家へ帰るのであった。




