06.舞踏会にて
前世の記憶にあった「リアーナ」のイメージがバラバラと崩れていく。
自室に戻って来た私に対して、侍女と使用人は何も言わずにただ黙って控えている。
この家に信頼できる者は誰一人としていない。だから、一刻も早く出ていくのが吉だ。
(あと一週間後に舞踏会があるわ。この家からの脱出計画を必ず――成功させよう)
はじめは、嫌な家族からどうやって距離を取ろうかという気持ちが大きかった。
だがこうも悪意や敵意が降りかかるのなら、自分の身を護るために力の限りを尽くそう。
(私は乙女ゲームの意地悪なオリビアという役割は、まっぴらごめんだわ。悪女だと言われるのも嫌だし――なにより、この家に利用され続けるのなんて嫌だもの)
なにより、リアーナから出ていけと言われたのだ。
言われずとも、そうしようと思っていた矢先の発言に……黒く渦巻く不快感が胸の中にいっぱいに広がる。
そして今回起きたリアーナの茶会を経て、分かったことがある。
知っている人物たちと同じ空間にいるだけで、乙女ゲームと同様のイベントが――過程を変えて起こるということ。
ゲームにある物語通りであれば、オリビアである私が、屋敷で「リアーナの侍女への虐め」を起こして――家族にとがめられるイベントがあった時期だ。
そして、家族の審判が出されたのち、私が左遷されるように、遠くの部屋に移り……現在の自室がリアーナのものになるというもの。
(リアーナの侍女を虐めてはいないけれど……リアーナに暴言を吐いたという冤罪が生まれた。それにリアーナ自身が、この部屋に来たいと欲しているのなら……)
私は想像に難くない――今後の展開を頭に浮かべる。ならば、少しでも早く次への行動を対策していこう。
(……可能なら、起こしたくないイベントの対策もできたら――最善よね。この家の家族の側に居ると、同様のことが起きるのなら……やっぱりここから出ていくしかないし……)
私の頭の中では、出ていくまでも自分に害がなく……スムーズに進む方法へ意識が向いていく。
ひとまずは、このまま嘆いていても仕方がない。リアーナがこの部屋を欲しているのなら、さっさと出ていく準備をして……自分がすべきことに集中しなければ。
そう決めた私は、部屋で控えている侍女と使用人に声をかける。
「あなたたち、この部屋の荷物をまとめなさい」
「え、えっと……? 荷物というのは……」
「服や小物……私に属するものすべてよ」
「は、はい……まとめはしますが……そのどうして急に……」
侍女は困惑した声をあげつつも、準備をはじめていく。
その侍女の動きに従って、使用人たちも準備に取り掛かるが、表情からは解せない気持ちが伝わってくる。
特に答える必要もないので、私はすぐに行けるようにドア付近に待機していれば……。
――コンコンコン。
ドアノックの音が響いた。私が近くに居たこともあって、すぐさま開ければ――執事が立っている。
彼は私がすぐに扉をあけたことに、少し驚きつつも淡々と声をあげた。
「オリビア様、旦那様から言伝を貰っております」
「……そう――聞くわ」
「先ほどの騒動を受けまして……オリビア様のお部屋を、階下のお部屋へ移動せよ。とのことです」
「ええ、わかったわ。すぐに移動しますと、お父様に伝えてちょうだい」
「! は、はい……」
執事は私の返答を聞くと、驚いた表情をしていた。
まさかこんなにすんなりと決定を受け入れるとは、思ってもなかったかのように。
しかし私からの返事を聞いて、何も問題がなかったため――執事はすぐにその場から離れていった。
そして部屋の中で、移動の準備をしていた侍女と使用人たちはギョッとした顔で、私の方を見つめていた。
ようやっと――今している準備の理由が分かったから、私への見る目が変わったのだろう。
だけど、そうだからといって、これ以上彼女たちと話すつもりもない。
あくまで、今後の自分の計画のために……いかにスムーズにできるかを重視して、動くのみ。
(私は乙女ゲームを楽しむためにじゃない――オリビアとして、平穏な暮らしができる生活を手に入れてみせるわ)
だから舞踏会の日こそ、自分の転機のためには必要であり……この乙女ゲーム世界において、私が知っているとある人物への接触も必要不可欠だ。
侍女たちの準備を見守りつつ、私は――その日のうちに、部屋を移動することになった。
◆◇◆
リアーナの悪意を受けてから、一週間が経ち……舞踏会の日になった。
部屋を移動してからというもの、リアーナやお父様、お兄様と会うことはパッタリとなくなったのだ。
きっとリアーナ自身が、私に加害された手前――近づくのも憚られるということ。
そしてお父様とお兄様は、リアーナの近くで過ごしていたのだろうということ。
なにより私自身、いかに悪評が流れようとも……リアーナに謝るつもりがなかったので、会うことなく……穏やかな日々を過ごした。
(そもそも私は、リアーナに何も加害していないのに……謝ることなんてないわ)
自分の気持ちをキュッと引き締めて、私は、一度自分を落ち着かせるようにゆっくりと瞬きをして、目の前を見た。
すると目の前には、ドレッサーがあり……本日の舞踏会のためのドレスに私は身を包んでいた。
以前の部屋よりも、壁紙や家具が古くなってしまっているが……こうして使えるものばかりなので何も問題はない。
ドレスは屋敷から支給されていた緑色のもの。
オリビアとして過ごしていた過去の自分の記憶を見ても――このドレスはデザインが古く、よくないものだというのは一目瞭然だった。
(けれど、変にわがままを言って――舞踏会につれて行かれないよりかは……はるかにマシね)
ただでさえ、リアーナの一件でお父様とお兄様は、私に対してぴりついている。
確かに乙女ゲームの展開でも、この緑色のドレスを着て――本人の希望ゆえにアクセサリーをいっぱいつけて、舞踏会に来たオリビアの様子を見たことはあったが……。
(新しいドレスを買うことができずに、アクセサリーで華やかさをごまかしていただけ、なんてね)
今ならどうしてそうした装いになったのかが、よく分かるのだが……だからといって、新しいドレスの購入なんて、現在できるはずもなく。
私としては、派手に着飾る必要がないため、最低限のアクセサリーだけをつけて準備を完成させる。
「お嬢様、お支度が終わりました」
「そう、では行ってくるわ」
侍女は機械的に作業を終えると、そう言葉をかけてきた。
その言葉を受けて、私はドレッサーの鏡に映る自分を見て、立ち上がり――玄関へと向かう。
(乙女ゲームで見た……オリビアの装いよりもだいぶ地味だけれども、私の目的としては――これで十分だわ)
そもそもオリビアの赤く美しい長髪……そして、青い瞳が一番印象的なポイントなので、ドレスを無理に着飾る必要はないとも思った。
私が玄関に向かうと、そこには執事がいて――彼は私の姿を見て、バツの悪そうな顔で言葉を紡ぐ。
「お嬢様……旦那様と坊ちゃまは……」
「先に馬車で行ってしまったかしら?」
「! はい……そうでございます」
言葉を濁して言う執事に、頭の中で思い出す出来事があった。
それは乙女ゲームで、リアーナのことを想って――オリビアを置いて馬車で向かうお父様とお兄様の姿。
たしか、この時は……オリビアが支度の時間を遅くまで伸ばしていたこともあって、リアーナに心を砕くお父様とお兄様が、配慮してくれた温かいイベント……のはずだったのだけれども。
(支度に時間がかかってなくても、一緒に乗るつもりがなかったのね。でもこれは――願ったり叶ったりのチャンスね)
今回の舞踏会は、王城で開催されるため、貴族としては国王への礼儀もあり、大きな理由がなければ参加必須な催しだ。
だからお父様とお兄様は、私を舞踏会に欠席させる方法を使えなかったのかもしれない。
しかし私とは顔を合わせるのも嫌なため、馬車は一緒に乗らない選択をした。
本来の物語では、「私の支度が遅いために、仕方がなく先に行った」という展開だったが、ここまで露骨な対応をされたのなら――これからの舞踏会の時に、“私にとって都合のいい話”ができるはずだ。
そもそも彼らの気持ちなんて、知ったこっちゃないので――私は、執事の方へ視線を向けて、口を開く。
「でも私も行くことは許可されているのだから、馬車は用意されているのよね?」
「はい。もちろんです」
執事は私に対して何の感情もない表情で、そう答えた。
この屋敷においては、侍女、使用人、執事に至るまで、誰も私の存在を歓迎していない。
フローレンス伯爵家の当主が自ら、私のことを毛嫌いしているのだから――まぁ、当然なのかもしれないが。
私は玄関から出て、伯爵家専用の馬車に一人で乗り込む。
(息苦しく感じる家族といるよりも、こうして一人で乗ったほうがとても快適よね)
私を乗せた馬車は、任務を遂行するかのように車輪の音を立てながら走り出す。
たとえ一人ぼっちの空間でも、寂しさはわかない。
窓の外から見える景色を、ボーッと見つめながら……もともといた前世の日本との違いをあらためて感じた。
木々や建物……それらすべてが、全く違う。そんな違いを見ていれば、あっという間に、馬車は王城へとたどり着いた。
エスコートもなしに、馬車から下り――門を護衛する衛兵たちが、馬車の家紋を確認して、私を中へと案内する。
彼らの顔には、「なぜ一人で来たんだろう」という疑問がありありと出ていたが、気にせず会場へ向かった。
案内をした衛兵が、声をあげて扉を開く。
「オリビア・フローレンス伯爵令嬢のご到着です!」
「……」
(こんなふうに、誰が来たのかを発表する舞踏会なのね……見られるのは――億劫だわ)
私の名前が呼ばれたのと同時に、会場へ続く扉が開かれる。
すると会場内にいた全員の目が、私の方へ向く。
そのどれもが、好意的な目線ではなく――「悪女」と噂されている私を、好奇的な目で見るものばかりだった。
加えてひそひそと、話す声も聞こえてくる。
「あれが……フローレンス伯爵家の手の付けられない……」
「ええ、そうよ。確か、魔法も使えないんでしたっけ?」
「しかもその性格は、粗暴なんでしょう? 関わりたくないわ……」
伯爵家の本当の実態は、お父様から虐待を受けている――というのが真実だが、きっとお父様自らが、「娘がいかにダメなのか」を発言しているため、そうした事実に気が付くものはいない。
(でもそれは、乙女ゲーム通りに――私が意地悪な姉として振る舞ったら……そのままの印象になるだけ。今こそ、あの――都合のいい話ができるわ)
このままだと、悪目立ちしたまま――私が舞踏会の中で動きづらい。
だから、せっかくの噂を流してくれた家族には……私が動きやすいように手伝ってもらわなければ。
私は周囲の目線を気にせずに、ずんずんとお父様とお兄様、そしてリアーナのもとに向かう。
私が近づくと彼らも気づいたようで、こちらをギョッとした様子で見つめて来た。




