04.主人公
どこか絶句した様子を見せるメイドたちに、私がじっと視線を向ければ――すぐに侍女は気が付いたようで。
「何をボーッとしているの? 早くあなたたちも、手伝ってちょうだい」
「は、はい……!」
侍女にそう言われたメイドたちは、理解が追い付かない中でも、彼女の指示に従って動き始めていた。
(過去の思い出を見るに……彼女たちも、過去に何度か……この侍女と共に嫌がらせをしてきたのね)
メイドたちを見ると、記憶にある顔つきなことに気が付く。
昨日の転生を経て、私はもうすでにオリビアの身体に順応しきったようで――彼女の今までの記憶が、自分の記憶として思い出せるようになっていた。
メイドたちの顔を見ると苦い気持ちが生まれるが、今は侍女の言葉に従うほかないようなので、気にしないことにした。
(私に付けられていた侍女は……格が高い者だったのね)
服従の魔法をかけた侍女は、屋敷の中でもメイド長に肩を並べるほど――伯爵家に長く仕えていた侍女のようだ。
彼女が率先して私に従う姿を見れば、他の使用人やメイドたちが私に目立った嫌がらせはできない。
(思いのほか、魔法をかけた者の人選は良かった――ということかしら)
すべてが初めて尽くしの中で、ぶっつけ本番ばかりの事態だったが――不幸中の幸いとばかりにうまくいった。
侍女とメイドたちが、私の身支度をテキパキと終えたのち。
侍女はメイドたちに、私の朝ごはんを準備するようにと命令した。
すると、メイドたちは困惑しながらも、何も異を唱えずに部屋から出ていった。
その姿をみて、私は嫌がらせさえなければ、こうも快適なのかと――そう感じた。
侍女がベッドメイクをしているのを見つめながら、私は思わず声を漏らす。
「とはいえ、お父様から厳命されてしまって……謹慎しているから、ストレスフリーなだけなのかもしれないけれどね」
この侍女は、魔法の効果によって不用意な発言をしなくなっている。
ゆえに、私が何を言ったか、行動したかが他者に漏れる心配はない。
もちろん、恣意的に歪んだ報告をされる心配もない。
(けれど、この家にずっといるのは……もう無理だわ)
昨日で、家族……お父様とお兄様に対しては愛想が尽きた。
というか――彼らと家族の絆を作れる気がしない。
だから、いち早くこの家からは出ていきたい気持ちでいっぱいだった。
(けれど私はまだ17歳だから、勝手にこの家から出て行くのは無理なのよね)
この世界で18歳未満の……貴族の子どもは、家名があるかぎり――家の子どもとして拘束されてしまうのだ。
(でもそれ以外に――抜け道はあるわ。そもそも以前の私とは違って、この家に縋る気はないから……)
私の頭の中であるイベントを思い出す。
それは、二週間後に控えた――私を追放するイベント。
既存の物語では、私は悪女として断罪されるイベントが数多くある。
その一つが舞踏会後に私を追放しようとするイベントだ。
前世の記憶通りだと、オリビアは家族に表面上だけ反省した様子を浮かべ、リアーナが心優しく家族として関係を築きたいと発言したおかげで……お咎めはなくなったのだ。
(けれど、そのイベントをきっかけに――リアーナに対しての憎しみが大きくなって……結局……)
より悪女らしい行いが増えて、断罪され――殺される。
そんなおぞましい未来はなんとしても回避したい。
幸いなことに、私は前世の記憶を思い出したこともあり……リアーナを虐める気はないので、私が処刑されるイベントに波及はしないだろう。
だから「追放イベント」に乗っかって、そのままここから追放されれば問題ないはずだ。そうすれば既存の物語からは抜け出せる。
「となると……あとは、その後の衣食住が担保されれば……」
この家から出ていったあとのことに、思考を巡らせていれば――。
――コンコンコン。
謹慎中の私の部屋に、訪問者を告げるドアノックが響いた。
「え? 誰かしら?」
思わず疑問が口から出て、言葉を紡ぐと――扉越しに返事が返って来た。
「お姉様……は、はじめまして……リアーナです」
「!?」
(リアーナがここへ来たの……!?)
私は驚きでいっぱいになる。
まさかリアーナが、ここへ訪問してくるなんて予想外だったのだ。
でもよく考えれば、自分が魔法を使えるようになり――既存の物語では出会わないタイミングで、彼女と出会ってしまった。それが、この前のエントランスでの出来事だった。
だからこうして、驚く事態になったのだろうが――。
(このままリアーナを追い返して、謹慎期間を増やされたり、怒られたりするのは面倒よね……なにより、リアーナは私が知るゲーム内でも優しいキャラクターだったから……)
前世で記憶しているリアーナにすげなくあたるのは、なんだか気が引けた。
だから、使用人を部屋の中に控えさせながら――私は、扉のほうへ声をかけた。
「どうぞ、入ってちょうだい」
「は、はい……!」
そっとお淑やかに、私の部屋の扉は開かれた。私は出迎えるべく、椅子から立ち上がって扉の方を見つめた。
そこに立っていたのは、紛れもない――私が知る金髪で青い瞳の可憐な美少女だった。
リアーナと目が合った、その瞬間。彼女は、挨拶をするでもなく……一目散に、私の方へ駆け寄って来た。
「お姉様っ!」
「えっ……?」
そのまま私は、リアーナにギュッとハグされる。
まさか出会って早々、こうして抱きしめられるとは思ってもおらず、私は固まってしまっていた。
そんな私の状態に対して、おかまいなしに彼女は言葉を続ける。
「お姉様は、魔法が使えないって本当なんですか? だから、こうして謹慎を受けているのですか……!?」
「え? それは……」
「まぁ! 本当なんですね! なんて、お可哀想……」
「まだ何も言ってな……」
私が言い終わる前に、リアーナの言葉に圧倒されてしまった。
私とリアーナを見守る侍女や使用人たちも、何が起きているのか分からず、困惑しているようだった。
そんな中、私が口を開くよりも早く――再びリアーナが口を開き、同時に私の両手をギュッと握ってきた。
「私……! お姉様の悲しみを、どうにかしたいんですっ!」
「え……?」
「だから、何かあったら私に相談してくださいねっ!」
脈絡もなく、そう言い募ってきたのだ。
どうして彼女がこんなことを言ってくるのかと、私なりに考えようとすれば――その間に、彼女はハッとなったように、窓の外の様子をチラッと見てから。
「あ! もうすぐお兄様から誘われていたお茶の時間ですの! 遅れたら、失礼ですわよね……それではお姉様、ごめんあそばせ」
「え、ええ……?」
一方的にまくしたてるように話しかけてきたリアーナは、そのまま嵐のように部屋から出ていった。
そんな彼女の様子に、私は呆気にとられてしまう。
気づけば、ポツリと言葉をこぼしていた。
「お、思った以上に積極的なのね……?」
記憶にあった優しいリアーナは、実際に会うとこういう感じなのかと――そう思った。
(確か……ゲームが開始して、伯爵家では前向きなリアーナの行動が増えていくのよね。だからこうして私のもとに来たのは――彼女の元来の性格ゆえに……なのかしら?)
今までは画面越しでしか知らなかった彼女の一面に戸惑うものの、自分が知っている「リアーナ」なら、虐めずに……穏やかに過ごせば問題ない。
今回ばかりは、私のもとへ訪問したリアーナだが、ゲームの趣旨としては恋愛の攻略対象と仲を深めるのが主だ。
きっとこれからは訪問なんてしないだろう――そう見通しをもって、謹慎期間を過ごそうとすれば……。
リアーナは翌日も翌々日以降も……私の元へやってきたのだ。




