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23.自覚



意味が分からないまま、気づけばレインの執務室に到着した。


彼に案内されて、大きくアンティークなソファに座らされる。


レイン自身も動揺しているようで、表情が思わしくない。


彼は私が座った隣に腰かけて――再び、裁判状の中身を開いて、私に見せてくれた。


「あなたが、伯爵家の墓荒らしをしたと――そう、訴えるようです」

「墓荒らし……?」


(どういうこと……? 墓荒らしなんてしたことないわよ?)


身に覚えのない話に、私は訝しむ。


そんな私の様子に、レインは「どうやら……王家の企みのせいみたいですね」と言葉をこぼした。


「ここに書いてある通り、訴えを起こしたのは王家ではなく……伯爵家の養女の――リアーナだそうです」

「リアーナ……!」

「あの慰労会でマナーがなってなかった印象を、僕は持っていますが……こんな訴えを起こすなんて――大胆ですね」


レインが言うには、この裁判状にはフローレンス伯爵家の墓荒らしをした容疑として、私の名前があがっているようだ。


私の犯行として、フローレンス伯爵家の奥様……私のお母様の墓を荒らしたのだと書かれていた。


「わ、私は……お母様のお墓を荒したりなんか、してませんわ……!」

「ええ、僕もそう思っています。ただこの裁判状を見るに……あなたの指紋が墓石についていたからがきっかけで、訴えを起こしたようですね」

「!」


(墓石は……確か……伯爵家から出ていく前に、ホコリを取り払おうと……)


触った記憶があった。


でも、それあくまでホコリを取り払っただけであり、荒らしなんて行為を行ってはいない。


「そもそも墓石の指紋なんて、身内であればついていてもおかしくないものなのに……こうして言いがかりをつけて、事を大きくするなんて」


レインは裁判状を鋭く睨みつける。


そこには、「言語道断な倫理にもとる行為を行ったオリビア……そしてオリビアを家に置くエヴァンス公爵家に対して……墓を荒らした犯行を裁くべく、公爵家の国外追放を望む」と書かれていた。


(私だけじゃなくて……公爵家の国外追放……!?)


あんまりな要求に、私は目を見開く。


レインはうんざりとした声で、吐き出すように話した。


「訴えを起こしたのは、伯爵家の養女のようですが――間違いなくバックに王家がいます」

「!」

「公爵家の追放を望むなんて、大それたことは――あの陛下が一番にのぞんでいることですから。なにより、今回の訴えに際して……二週間後に公開裁判のもと、裁判長として陛下が来るようです」

「そ、れは……」

「通常なら、司法においては僕の管轄ですが……今回は公爵家への訴えとなっていますので、僕が裁判長をすることはできず――陛下が自ら名乗りをあげたのでしょうね。ずる賢いことを考えたものだ」


彼は目を細めて、忌々しく言い放った。


私はレインの話を聞き……だんだんと自分の体内の血の気が引いていく感覚を持った。


だって――。


(私が公爵家に来たから……断罪イベントがレインにふりかかった……?)


もともとは自分が伯爵家に蔑ろにされないように、そして自分の未来を良くするためにレインとの交渉を持ち掛けた。


しかしその結果……良くない形で、レインに悪いことが降りかかってしまった。


変わっていく物語の中で、全部が全部好転したわけじゃない現実に、胸の中が苦しくなる。


先ほどレインは、長年回復を願っていた――母親がやっと魔力の辛さから解放されたのに。


彼の幸せはこれからなのに、公爵家に私がいることで彼は不幸せのどん底になってしまう。


そもそも最初は、自分自身の幸せのために動いたから――いや、そうだとしても彼が悲しむのは見たくない。


(あれ……? 私、どうしてこんな……レイン様のことばかり……)


冷静に考えられない中で、ふと気づく。


自分の人生と同じく――もしくはそれ以上に大切にしたいという気持ちがあること。


(そっか……私……レイン様のことが好きなんだ)


最近はレインの言葉に振り回されることが多く、心臓がどきどきすることも多かった。


けれど、あくまで気づかないように蓋をし続けていた感情だった。


自分の気持ちが定まった私は――あらためて、今回の問題について考えていく。


一方でレインは――。


「しかし公開裁判ということは……いや、だが王家からの圧がかかっているか……?」


なにやら現状を思案しているようだった。


問題は、王家が公爵家を消したがっている現実だ。


その消すための便利な道具として、「私のあったかもわからない不祥事」を利用しようとしている。


(つまりそれは……私が公爵家のお荷物になってしまっているということ)


もし私がいなければ、このイベントは起きえなかったし――レインにとってお義母様の回復ができた今なら、敵なしの状態なのに。


それなのに私が足を引っ張るのは、いただけない。


公爵家内での自分の立場を考えると――胸の奥がズキッと痛んだ。


(そもそも、結婚指輪には……公爵家に貢献すると、レイン様を裏切らないと――そう誓ったのに)


私は自分の薬指にハマる銀の指輪に視線を落とした。


そう、現状――私は公爵家に不利益をもたらしている。


貢献するべき立場なのに、不利益をもたらすのは――裏切り行為だ。


「レイン様……」

「オリビア? 顔色が優れないようですが……」


レインが私の顔を見つめ、心配そうに声をかけてくれる。


こうやって気にかけてくれる優しい彼を……不幸にしたくない。


「指輪の誓約に基づいて……私と離縁してください」

「なっ……!? 何を言って……」

「私は現状……公爵家に不利益をもたらしました。私が公爵家からいなくなれば――この裁判状は、公爵家ではなく私個人のものになります」

「……」

「それと……公爵家の女主人としての仕事をやり始めたのに、放り出してしまう形で、ごめんなさい。誓約を守れなかった私と――どうか、離縁してくださ……」


私は、彼の顔を見ながら――なるべく声が震えないように力を振り絞って言葉を紡ごうとした。


病気でもないのに、喉がイガイガする。


それにうまく呼吸ができなくなるような――変な感覚。


そして私が言いきる前に、私の両肩にレインの両手が触れ――私を彼自身の方へ引き寄せた。


――ギュッ。


「……え?」


隣に座る彼は、私を優しく引き寄せたのち――私を抱きしめた。


私の顔は、彼の心音が聞こえる胸元にくっつく。


そして彼は、腕に少しだけ力を入れると。


「……ダメです」

「レイン様……?」

「離縁はできません」

「!」


レインの声色は、低くかつはっきりとしたものだった。


「それにあなたは、誓約を破っていません。母のことを治療してくれましたし、公爵家に十二分に貢献しています」

「で、でも……」


彼を説得しようと、胸元から顔をあげて彼の方を見れば――彼は切実な目で、こちらをじっと見ていた。


「僕が嫌なんです」

「い、嫌……?」

「はい。あなたが愛おしくて仕方がない――僕が、あなたから離れられないんです」

「っ!」


これは本当に現実なのだろうか。


彼の言葉を聞いて私は、彼から目が離せなくなった。


それほどにこんなにも、自分にとって都合のいい言葉を……レインが言うなんて、信じられなくて。


「もしあなたが――僕のことを嫌いなのであれば、離縁はします」

「……そ、れは……」


彼は眉根に力を入れて――辛そうに言った。


たとえ、彼を幸せにするためだとしても――嘘だとしても、彼に「嫌い」なんて言えない。


嫌いという言葉をイメージするだけでも、胸が苦しく締め付けられた。


なにより、今のこの状況こそが彼をかなり苦しめているのが――嫌だった。


もはや脳内はうまく整理がつかない。


目まぐるしい感情でいっぱいで。


「……嫌いじゃないです」

「オリビア……」

「レイン様が、好きです。大好きなんです……っ」


気づけば、口からぽろぽろと言葉が漏れた。


その言葉を口にした時、レインはハッと目を見開く。


そんな彼に、言い募るように口を開いた。


「だから、レイン様にとっての最良のことを――」


私が「最良のことをしたい」と言い切る前に……レインの顔が迫ってきて、そのまま私の唇にキスを落とした。


「っ!」

「僕にとっての最良は――あなたが笑顔で、僕の隣に……ずっと居てくれることです」


熱い吐息を感じながら、彼は真剣な面持ちでそう言った。


その瞳に嘘偽りは感じなくて。


「あなたは、頼りがいがありすぎます。全てのことを、自分の中で抱え込む癖がある」

「……うっ」


レインにいきなり鋭いことを言われ、何も返せなくなった。


「そんなあなたに、何度も助けられましたが――僕はあなたに頼られたいんです」

「頼られたい……?」

「ええ、俗っぽく言えば……甘えられたい」


そう言ったレインは、まるで、希うかのように――私の額にチュッとキスを落とす。


私は彼の行動すべてに頭がいっぱいになってしまう。


「僕だけに甘えてほしいし――あなたのすべてを見れるのは僕だけにしたい」

「っ!」

「今回の裁判状のことも、あなた一人で抱え込まなくていいんです。僕はあなたと共にありたいから」


彼はそう熱っぽく言いながら、私の髪を耳にかけた。


そして「あなたの気持ちは違いますか?」と、優しく聞いてきた。


「私の気持ち……」


自分の口からぽつりと言葉がこぼれた。


ずっと伯爵家では、「頼る」なんてことはできなかった。


自分を無視してくる周囲に、求めなんかしたら――こっぴどく叩かれるのが目に見えているから。


誰も助けてくれない場所にいた。


頼れるのは自分だけで、レインから「頼られたい」と言われたのが目から鱗が落ちるほど、衝撃で。


(ああ、そうか……私も……あのパン屋のお兄さんと同じで……)


彼とは境遇が違うため、すべてがすべて一緒ではないが――それでも誰かに頼ることを選べなかった。


頼ることは自分の弱みをみせることで、生きるか死ぬかの死活問題だったからこそ……無意識のうちに、ずっと喉の奥深くに封印するように言わないようにしていた。


けれど――レインの話を、彼の温もりを感じて……蓋をしてきた頑なな自分が、ほどけるような感覚があった。


彼なら大丈夫だと――そう思いながらも、あまりにも慣れていない感覚のため、喉が震えてしまう。


はくはくと口が動くだけで、うまく言葉がでない。


もしも自分の言葉で、彼を不幸にしてしまったら――そんな迷いばかりが、頭を埋め尽くす。


そんな私に、レインは催促したりはせず――優しくこちらを見つめるばかりで。


彼の目を見ると、心臓の奥の方がギュッとして……。


(私はレイン様と――離縁はしたくない……)


自分の気持ちを、自覚した。


彼の温かい眼差しを見つめながら、私は自分の目から涙をこぼした。


「……レインさ……ま」

「はい」

「……私も、レイン様とずっと一緒にいたいです」

「!」

「今回のこと……もちろん私ができることは、やり尽くしますが……全然どうすればいいのか分かってなくて……その……レイン様に甘えてもいいですか……?」


勇気を振り絞って、そう言えば――レインは花が咲いたように笑ったのち。


「もちろんです。必ず――オリビアの冤罪を晴らします」

「レイン様……」


彼の笑顔によって、身体がじんわりと温かくなった。


すべて包み込むような温かさがあって、その感覚にまたもや目に涙が滲んでしまう。



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