22.訴え
レインと散歩に行った日から数日は、どこか放心した状態が続いた。
もちろん放心しながらも、公爵家の女主人としてできることは力を尽くし――レインと食事をしたりして過ごした。
(ちゃんとバートンからも、書類のチェックが問題ないと言われているし……だ、大丈夫だわ……!)
レインとの散歩のことを思い出しては、考えすぎると頭が沸騰しそうになるので、なんとか気にしないようにする努力をした結果――放心していたような気もするが……。
時間がこうした状態を少しずつ緩和してくれたようで、散歩の日から二週間経った今では……。
「もう何も……問題ないわ……!」
「オリビア様?」
「あっ、エマ……驚かせてしまい、ごめんなさいね」
ドレッサーの前に座りながら、ガッツポーズをして意識を切り替えられたと宣言したのと同時に、侍女のエマが何事なのかと驚いていた。
公爵家に嫁いでから二か月が経ったため、屋敷内の面々と大分――心の距離も近くなったように思う。
もしくは、私という存在に慣れてくれたのかもしれない。
そして今日は、エマに支度をしてもらったのち、行く場所があった。
それは――。
(今日は、お義母様から魔力を受け取る……最後の日……!)
そう、今日はレインの母親から、魔力を受け取る日だ。
以前に、一回彼女からは受け取っていたが、医師の判断で二か月ほどの期間を置かないと身体によくないということだった。
そして今日の魔力の受け取りによって、お義母様のすべての魔力を受け取ることになり――お義母様のこれからは、魔力のデメリットを受けずに過ごすことができる。
エマに案内されて、お義母様の部屋に行けば。
「あら! オリビアさん、来てくれてありがとう」
「お義母様……!」
ベッドの上で、起き上がって座るお義母様がいた。
はじめに見た時よりも、顔色が随分とよくなっており――生き生きとした彼女の表情を見ると、とても嬉しくなった。
嬉しくて――速足でお義母様のもとへ行こうとしたら、レインの声が聞こえてきて。
「オリビア、今日も会えて嬉しいです」
「あ……! レイン様、挨拶が遅れてすみません……!」
お義母様に駆け寄ろうとした時、彼女の隣からレインが視界に入ったのだ。私はすぐにレインに挨拶をする。
そんなレインをじっと見つめたお義母様は、少しため息をついたのち。
「もう、レイン……オリビアさんが私に真っ先に、笑顔を向けたことに――嫉妬なんかしないの」
「なっ……母上……!」
「ごめんなさいね、オリビアさん。うちの息子は……どうもあなたに構ってほしいみたいで」
「あ、いえ、そ、そんな……」
レインがお義母様に、反論をするも――彼女は何食わぬ顔で、飄々としていた。
(レイン様が私に構ってほしいなんて……きっとただ、挨拶をきっちりしてくださる丁寧なお方だから)
お義母様の言葉を真に受けず、私はそう思った。
じゃないと、良くない心臓の動きが再発してしまいそうで。
今日という日は、平静に落ち着いて対処することが重要なので、呼吸を整えた。
そして部屋の中へ到着した医師の呼びかけのもと、私は再びお義母様から魔力を受け取ることになった。
前回は意識がぐったりとしていた彼女だが、今日はしっかりと意識を持って……私と握手をしてくれる。
「オリビアさん、支えてくれてありがとうね」
「いえ……むしろ体勢がきつかったら、おっしゃってくださいね?」
「ふふ、私は問題ないわ。それよりもオリビアさんの姿勢の方が……辛かったら言ってね?」
「大丈夫ですわ。お気遣いくださりありがとうございます」
私はお義母様に笑顔を向ける。彼女もまた花が咲いたように笑みを返してくれた。
以前と同じように、じんわりとした温もりを彼女の手から感じたと思えば――小さな光がチカチカと光って……数分経ったら、その光が消えた。
それと同時に、お義母様が「ふわぁ……」とあくびをする。
医師はその光がなくなったのを見て「どうやら、魔力の移動は終わったようですな。診察をさせていただきます」と言った。
医師がお義母様の側で、診療器具を使いながら診察をする中。
「オリビアさん、本当にありがとう。なんだか、とても……眠たくなってしまって……安心したから……かしら?」
「お、お義母様……?」
「失礼しますね、大奥様。ふむ……どうやら――魔力を受け渡すと、相応に体力を使うようです。大奥様は、横になって眠ったほうがよろしいでしょう」
医師からそう言われたのを皮切りに、私はお義母様からゆっくりと手を放す。
すると彼女は、ベッドで横になって――。
「すぅ……」
「母上は、寝てしまったみたいですね」
「ええ、ですが――今、診察したところ……魔力は無事にすべてオリビア様のほうへ行ったことが分かりました。ですので、大奥様はまたしばらくは――安静と体力の回復に努めていただきたいです」
「わかりました。ところで、オリビアは……不調はありませんか?」
「え? 私は……前回と同じくなにも――問題はなさそうなのですが……」
レインに聞かれ、私は自分の両手を開いてまじまじと――自分の身体の調子を見てみるも、何も痛みはなさそうに感じる。
医師が「オリビア様の診察をさせていただきますね」と言って、診療器具で私の脈などを計った結果――。
「なるほど……オリビア様は、前回から魔力を受け取ることに身体がかなり適応されたのでしょうな」
「え?」
「つまり――至って健康ということです。前回とは違い、休養は不要です」
医師ははっきりとそう告げた。
その言葉を聞いて私が安心するよりも、レインが先に安心したようで「良かった」と話していた。
そしてお義母様を起こさないように、部屋にいた面々は外に出る。医師とも別れて――部屋の外でレインと話す。
「オリビア……母のことを助けてくださって、感謝でいっぱいです」
「レイン様、そんな……私のほうこそ、レイン様のおかげで毎日がすごく楽しいのです。ありがとうございます」
「そうですか? それなら、嬉しいですね――実は今日、司法院での仕事は休みを取ってまして……あなたと一緒に外出を……」
「お、お坊ちゃま……っ!」
レインが言葉を言い終わる前に、焦った様子のバートンが彼の元へ駆け寄ってきた。
「どうしたんですか? バートン」
「お、お坊ちゃま……その王家の印に……この裁判状が公爵家宛てにと、届きまして……っ」
「ほう? 裁判状ですか……王家自ら訴えたい人物がいると……」
裁判状と聞き、私は物騒に思った。
公爵家でレインと食事を摂るうちに、彼の仕事や概要を知る機会があった。
彼としては何気ない雑談の一つだったかもしれないが――私としては、この世界の仕組みを知るきっかけにもなっていて。
(裁判状は、訴えを起こす際に――司法院に提出する訴状だけど、緊急性が高いものは公爵家に来るのよね)
レインは眉根に力を入れながら、裁判状の封を開けて――中身を確認すると。
「!」
「レイン様……?」
分かりやすく彼は、目を見開いて――信じられないという感情が顔に出ていた。
そのまま裁判状を片手で、クシャッと握ったかと思うと。
彼は、視線を私の方へ向けて……私の手をギュッと握った。
「……ここで話すには、重い内容のようです。僕の執務室へ行きましょう――あそこなら、漏れる心配はありませんから」
「え、な、何があったんですか……?」
いつもとは雰囲気が変わって、険しい表情の彼に圧倒される。
レインに手を引かれながら、私は屋敷の廊下を歩く中、おずおずと私がそう聞けば。
「王家が――いえ、国王陛下がオリビアに……裁判を起こすとのことです」
「なっ……」
彼の言った言葉の意味に――私の頭の中は、真っ白になった。




