21.約束
もともとの自室の風景から一変して、にぎやかな城下町に出た。
ここはいったい――いや、それよりもレインはどこで散歩をするつもりで……。
そう思って、瞬時に手をつないでいる彼の方へ視線を向けると。
「一緒に来てくださってありがとうございます。詳細を言わずに……それでもついてきてくださって、感謝しかありません」
「え、あ……いえ……」
こうも感謝を彼から言われると、強気に何かを言えなくなってしまう。
「ここは公爵領の――城下町になります」
「公爵領……」
「オリビアとは、馬車で通ったことはありますが――ともに歩くのは初めてですね」
「確かに……ご一緒するのは初めてですわ」
レインはニコニコとこちらを向きながら、そう話した。
そして少し申し訳なさそうな表情になってから、彼は再び口を開く。
「実は司法院で……納得いかない書類が来まして――部下たちからは、自分たちにまかせてほしいと言われたのですが……」
「ですが……?」
「部下たちは、ずっと徹夜ばりの働きをしていましたので……散歩と称して、僕がこの書類の案件を担当したんです」
「えっ?」
レインは許してほしそうな瞳をしながら、手に数枚の紙を持っていた。
そして彼が言うには――「この城下町で、不正に土地代を押収する野蛮な集団がいる……けれども告発者が、未成年のためイタズラとして片付ける――そう書かれていたんですけど、僕には納得いかなくて」と説明した。
「確かに、未成年だから主張を聞かないのは……一方的ですね」
「ね? そう思いますよね? しかしこうした決定をかなり下の過程で結論付けているので……もう一度見直して来いと言うと――下ではなく、それをまとめる……あの騎士たちが不眠不休で倒れてしまいますから」
「!」
そういえば、さきほども私の自室の前のドアで騎士たちの声が聞こえて……レインの代わりに仕事をする気満々だった。
「バートンに今……魔法で、事情を説明した手紙を送ったので、彼らは公爵家の空き部屋で、休憩してもらおうと思っているんです」
「まぁ……!」
「ただその代わり……見つかったら、強引にでも僕から仕事を奪ってくるので――こうしてあなたと秘密裏にここに来た……という次第です」
「!」
「その、巻き込んでしまい……すみません」
レインは目を伏せて、謝罪をした。
そんな彼を見て、私は彼を責める気持ちは全く生まれなかった。
確かに最近は目に見えて、レインの仕事時間の改善があった。
その改善の裏には、王家からの嫌がらせがほとんどなくなったことと――あの騎士たちの活躍があるのなら、何か助けてあげたいと思ったのだ。
「レイン様、謝らないでください。私としても、レイン様の考えが素敵だと思いますので」
「!」
「ただ、私がいることで……レイン様の調査の荷物にならないか……」
「なりませんよ」
私の不安を払拭するように、レインはそう断言した。
そして私の手を引きながら、街路を歩き出す。
「秘密の散歩ですから、息抜きも兼ねてるんです」
「息抜き……?」
「ええ、調査とはいえこうして街を歩ける機会が久しぶりで……部下から逃げるように公爵家に帰ったのですが――」
「?」
「あなたの部屋に無意識のうちに入ったのは――あなたとデートがしたかったのかもしれませんね」
「え!? あ、それは……」
「こうして空き時間を縫うのではなく――今度はきちんと時間をつくりますので、またこうして……僕と出かけてくれますか?」
レインの言葉を聞いているうちに、顔の温度が熱くなってしまう。
彼からの「デート」という言葉に、これほど心臓が乱されてしまうなんて……なんだか私の身体はおかしいようだ。
けれど、レインと出かけることに抵抗感はなく……彼からの誘いは嬉しいため、脳内では思考がパニックになりながらも、どうにか彼に返事をしようと――私は口を開いて。
「は、はい……」
「ふふ、ありがとうございます」
そう返事をしたら、レインは花が咲いたようにそう言った。
そして私は、レインに案内されるがまま――公爵家領の城下町を共に歩き、調査の場所まで向かうのであった。
◆◇◆
「ふむ、あそこのようですね……」
レインが少し遠くを指さした。するとそこは、レンガの一軒家が建っており――パン屋の看板がかけられている家だった。
「たしかあそこで……夕方前に、乱暴な輩がくるのだと……」
「レイン様……!」
レインが書類に目を通している時、ちょうどのタイミングで柄の悪い男性三人ほどが、家の扉を蹴破ったのだ。
中からは、制止を呼び掛ける声が聞こえてくる。
「早速ですね――僕が必ず守りますから、オリビアは僕の背後に」
「あ、ありがとうございます……! けれど、私もできることは致しますわ……!」
レインにばかり頼ってばかりではいられない。
魔法が使えることもそうだが――自分としても、彼の力になりたいからこそ。
レインは私の目をみたのち、嬉しそうに目尻をやわらげてから――「では、頼りにしていますよ。オリビア」と言って、私たちは一軒家の中へ近づいていく。
するとすぐに、中から叫び声が聞こえた。
「やめろ! 兄ちゃんを放せ!」
「放してほしいのなら、ここの売り上げをすべて出せ! それが土地代だ!」
大柄の男が、一人の青年の服の襟を両手で掴んで持ち上げていた。
そのせいで、呼吸が苦しいのか青年はぐったりしている。
小さい背丈の男の子は、弟らしく――どうにかして兄を助けようとするも、柄の悪い他の男に遮られて、何もできずに泣いていた。
「大丈夫だ……兄ちゃんは、大丈夫だから……もうすぐ、司法院の人が来るから……」
「に、兄ちゃん……」
「はっ! バカだな、その司法院は――未成年ゆえにお前らの意見を却下したのさ! 俺の仲間からの融通で、な」
「なっ……!」
「そんな……」
兄弟二人は、ガラの悪い男の意見を聞いて青ざめていた。
その顔は絶望でいっぱいになっていて。
私が思わず身体が動く――よりも早くレインが動いた。彼は、瞬時に男たちのほうへ魔法で近づき。
「現行犯として、証言してくださりありがとうございます」
「は? ぐえっ……」
青年の襟を掴んでいた男は、レインの魔法によって――透明な鎖で羽交い絞めにされたように、床に転がっていた。
大きな音を立てて、床に倒れたため頭部が痛そうだ。
首元の拘束がなくなった青年は、ようやっと息が楽になったようで、深呼吸をしている。
一方で、床に倒れた男の仲間たちは、何事だと言わんばかりにレインを見つめると――。
「なんだお前……! 勝手に入ってきやが……」
「そうだ、不法侵入者……って、こ、こうしゃ……」
「おや、不法侵入者? 私は嘆願書を受けてきた――司法院のトップにいる者ですが……」
乱暴な男の仲間たちに、レインはニコッと笑みを見せたその瞬間――彼は指をパチンと鳴らす。
すると――。
「ぐえ……っ!」
「ぐ、うっ……」
「あなたたちお二人も、同じくお縄につきましょうか。それに、どうやら司法院の者で……あなたがたに融通をしてくれたという、悪者についても聞かないといけませんしね」
レインが床に横たわる二人に、そう言えば――彼らは「ひぃっ」と情けない悲鳴を上げた。
そんな中、先に床に倒れていた大男が「ちくしょう……」と暗い声をあげたのち、乱雑に起き上がって、無我夢中でレインの方へ突進してくる。
(あ、危ない……!)
咄嗟に私は手を前に突き出して、その男に向けて……。
「凍れ……!」
すると、パキンッと音が鳴ると――。
「うおっ!? 足が凍って……」
――バタンッ!
大男はうまく走れなくなり、目の前に倒れてしまった。
「! オリビア、ありがとうございます。僕の不注意でした」
「いえ! それよりも――お怪我がなくて、良かったです……!」
レインが怪我をすることなく、一軒家に押し入った三名を捕まえることに成功した。
調査というから、聞き込みかと思いきや……こんなトラブルを対処する可能性もあったとは……。
レインは「床に倒れているのが、お嫌のようですので――すぐに司法院の地下牢に送ってあげますね」と明るい口調で言ったのち。
倒れている男たち三名の下に大きな魔法陣を出現させて、彼らを瞬間移動させた。
「ふぅ……地下牢なら、他の職員が入ることもなく――じっくり事実を確かめられそうです」
そうレインが、安心したように話したのち。
野蛮な男性から解放された兄弟は、二人で寄り添いながら立っていて――弟らしき男の子が、思わずといった感じで声をあげる。
「す、すげぇ……! カッコいい……! あれが魔法なの? 兄ちゃん」
「あ、ああ……。俺も初めて見たけど……それにあの方は……」
弟くんは、目を輝かせて私とレインを交互に見ていた。
一方のお兄さんは、どこか慌てた様子で、あわあわとしている。
そんな彼らに、レインはゆっくりと近づいて。
「この度は……司法院の対応が遅れてしまって――申し訳ございません」
「! あ、い、いえ……! むしろ本当に来てくださるとは思っていなくて……」
お兄さんのほうはしきりに、レインにぺこぺことお辞儀をしながら話しかけていた。
彼から事情を聞くに、もともとここではパン屋として商いを行っていて――両親が他界してしまったのを機に、兄弟二人で切り盛りをしていたようだ。
パンを焼く兄と――幼いながらも客引きをする弟。
そんな兄弟のパン屋は、可愛い弟くんの営業力もあり、とても盛況だったようだ。
しかし一方で、野蛮な男たちのターゲットにもされてしまい――未成年を口実に、高圧的な対応をされてしまったようだ。
「僕の管理不足ゆえに……あなたがたには、苦しい思いをさせてしまいましたね。補償も十二分に行いましょう。あの壊れてしまった扉や……このお店を修繕するのはもちろんとして――そのほか、何か気になる箇所はありますか?」
「そ、そんな……! むしろ俺たちからすると、来ていただいて……あの男たちをどうにかしてくれただけでも、本当に助かりますので……!」
おそらくお兄さんは、レインがこの公爵家領の領主ということに気づいていそうだ。
そのため、領地から追い出されないように――なるべく迷惑がかからないように話しているようだ。
お兄さんの話を聞きながらも、レインは「司法院からの補償はするべき」という話を彼にしていた。
(確かに……もし一歩でも遅かったら……彼らは無事では済まなかったわ)
先ほどの剣呑な様子――そして乱暴な男たちの雰囲気から、何度もこうした怖い現場に立たされていたのだろう。
それに拍車をかけるように、司法院の不正から彼らを不遇な立場に追いやっていた。
私からしても、二人の兄弟が辛いことなく――これからを過ごしてほしい。
そんな風に思っていた時、弟くんが純粋な疑問として口を開く。
「ねぇ、兄ちゃん。あのかまどは、おねがいしないの?」
「こ、こら……! そのことは今回の件には関係なくて……」
弟くんは不思議そうに、店の奥にあるかまどを指さしていた。
そこはきっと、毎日パンを焼いている場所で……。
私は弟くんの話が聞きたくて、彼に尋ねた。
「奥のかまどが、どうかしたの?」
「あのかまど……さっきのおっちゃんたちが、悪さをしたせいで……昔から使っていた魔法の火がつかなくなっちゃったの」
「魔法の火……?」
私が弟くんの話を聞いてそう聞けば、お兄さんは慌てたように説明する。
「あ、いや……その、両親が生きていた頃は……ここのパンを多くの貴族の方にも気に入ってくださってたみたいで……その、プレゼントとして消えない火の魔法を、かまどにかけてくださったんです」
「まぁ……」
「ですが、その……さきほどの男たちが、命令に従わない俺たちを良く思わなくて……かまどに水をぶっかけたり、物を投げ込んだりして来て……かけてもらっていた火が、消えてしまったんです」
「!」
お兄さんの話を聞いて、私は絶句してしまう。
確かにかまどをよく見れば、しけっていて……ここ数日は稼働できてなさそうな雰囲気だ。
先ほどの男たちが、いかに狡猾で――ひどい嫌がらせをしてきたのかが、よく分かり……思わず自身の手をキュッと握った。
(火の魔法であれば――私の魔法でも、かけ直すことができるかもしれない……)
なんとか力になりたい――そう思っていた時、お兄さんは気丈にも……大丈夫だと声を出して。
「で、でも! 最近は、昔ながらの……薪に火をつければ、段々と使えるようになってますので……」
「兄ちゃん! それだと、何時間もかかるって……」
「だ、大丈夫だ……! そ、それよりも、公爵様やお貴族様の時間を……俺たちが無暗にとってはいけないだろう?」
お兄さんは、小声でレインに聞こえないように「もし公爵様に嫌われたら、俺たちはここでは暮らせないんだ……」と弟くんに話していた。
弟くんは納得はいかないながらも、しょんぼりとした様子になる。
そんな彼らを見ると、胸の奥がキュッと苦しくなる感覚で――気づけば、私はレインに話しかけていた。
「レイン様、あのかまどを……私が見てもよろしいでしょうか?」
「ええ、ぜひ。むしろオリビアの力に頼っても、いいでしょうか?」
「はい! もちろん!」
今日は司法院の仕事というレインのついでに来たため、どこまで前に出ていいのか手探りだったが……。
目の前で、自分がどうにかできることがあるのなら、手伝いたいと思ったのだ。
「かまどをよく見ても、いいですか?」
「は、はい……え、で、ですが……」
「ここだよ! お姉ちゃん」
お兄さんは困惑した声を出す中、弟くんは私の言葉を受けてパアッと顔を輝かせて案内してくれた。
弟くんが指さしたのは、かまどの奥の方だった。
暗いながらも、魔力の反応が少しばかり感じられた。
(確かに――かまどへの衝撃や崩れがあったから、魔法がダメになってしまったのね)
じっと見つめて、観察してみれば原因が分かった。
現在は、かまどの崩れは修復されたけれど……魔法がダメになってしまったのは直せていない状況だ。
状況が分かり私は、弟くんを自分の背後に来るようにお願いをする。
「今から、お姉ちゃんが魔法を使うから……少し下がっていてね」
「う、うん……」
そしてひと呼吸置いたのち。私は手をかまどにかざして――。
(永遠に消えない炎を……彼らのパン作りに役立てられる、炎を……!)
「燃えよ……っ!」
私がそう声に出して、魔法を自身の手から発動させれば。
――ボウッ!
「火、火が……! 兄ちゃん! 火がついたよ……!」
「そ、そんな……本当に……」
「お姉ちゃんすごいね! 氷の魔法だけじゃなくて、火の魔法も使えるんだね! ありがとう!」
「ふふ、喜んでもらえて嬉しいわ」
弟くんは、「やったー!」と言って、その場でジャンプしていた。
かまどに火がついたのを見たお兄さんは、目に涙を浮かべて「ずっと、両親が大切にしていたかまどが……なおって良かった」とそう言葉をこぼしていた。
「本当に、本当にありがとうございます……っ!」
「前と同じように……火が消えたりはしないと思うけれど、もし何か不具合があったら、公爵家に連絡をしてほしいわ。私が見に行くから」
「!」
「あなたが、周囲に頼れない事情も、その考えも分かるけれど――何か危険な見返りを、私は求めないわ。おせっかいがしたくて、しちゃってるの」
「……それは……ですが……」
「お姉ちゃん! 兄ちゃんのパンはね、父ちゃんと母ちゃんのパンと同じくらい……もしかしたらそれ以上に美味しいんだよ!」
「まぁ、そうなの? それじゃあ……」
弟くんの話を聞いて、私はふと「パン」について考えが浮かぶ。
申し訳なさそうにしているお兄さんに、再び声をかけて。
「もし、好意を受けとるのを気にするのなら――あなたの美味しいパンを食べられる報酬が欲しいわ。実は私……パン屋でパンを食べられたことがないの」
「え~? お姉ちゃん、美味しいもの食べられてそうなのに?」
「ふふ、もちろん今は――お屋敷では美味しいものを食べられているけれど……幼い頃はずっとお家で……固いパンばかりだったのよ?」
「本当~?」
「嘘はつかないわ。だから……どうか、私のワガママだと思って、言葉を受け取ってくれないかしら?」
私がお兄さんに向けてそう言うと、彼はビクッとしながらこちらをじっと見つめて来た。
そんな彼に、弟くんは「兄ちゃん! お姉ちゃんのお願い、ぼく叶えてあげたい!」と隣で話した。
その弟くんの言葉をきっかけに、お兄さんは目を赤くしながら――。
「分かりました……っ! 魔法に関して何かありましたら、頼らせていただきます……! ぜひ美味しいパンを食べに来てください。お二人には、サービスで何個でもパンは無料ですので……っ!」
お兄さんの言葉にある「サービス」に申し訳なさを感じつつも、彼なりの落としどころなのだと思い……。
(そうよね。ずっと大人の悪意を感じてばかりだったのだから、信じるのも勇気がいるのよね)
伯爵家にいた頃の自分も、周囲を信じ切れることは無かった。
だからあくまで、「交渉」であったり、自分の「魔法」しか信じられなくて。
そんな想いと似ているのかも……と感じつつ、私はお兄さんの厚意に甘えることにした。
「ええ、楽しみにしていますわね。レイン様、また一緒にこのパン屋へ来たいですわ」
「もちろん。僕も、美味しいと評判のパンを味わいたいですね」
私がレインに視線を向けながらそう言えば、彼は嬉しそうにそう返事をした。
そしてレインは「では、お店の修繕は……すぐに司法院の者を遣わせますので、待っていてくださいね」と言った。
笑顔の兄弟二人に見送られながら、私とレインは一軒家のお店から出ていく。
少し歩いた先で、レインは魔法陣を起動し――私と共に瞬間移動で公爵家の玄関に戻った。
そして、レインはやるせない気持ちを吐くように言葉を紡ぐ。
「僕の魔法も……すぐにあのお店を直せてあげたらよかったのに」
「え?」
「僕の魔法だと、ひび割れや損壊を一時的に……直すだけで、根本的には直らないんです。だから下手に手を出すより、職人の方が直した方が――直りが早い……あの兄弟に、何もできなかった自分が残念に思えて……」
悲し気にそう言った彼に、私は自然と声をあげて――。
「そんなことありませんわ! レイン様のおかげで、あの暴漢たちは捕まりましたし……本当に助けるべき方に、司法院の手が伸びましたわ……!」
「オリビア……」
「だから、レイン様が悔いることはありません。自信を持って、大手を振ってください! それくらい、レイン様は素晴らしいんです!」
雪山の一件にとどまらず――私自身も彼のおかげで、助けられた。
私が知らないだけで、優しい彼はたくさんの人を救っているはずで。
そんな彼が、いかにすごいのかを伝えたくなったのだ。
気づけば、私は前のめりになってレインに話しかけていた。
そんな私の姿を見たレインは、嬉しそうに笑みを浮かべたのち。
「ふふ、オリビアにそう言われると……どんどん活力が湧いてきますね」
「!」
「元気づけてくださり、ありがとうございます。それに、あの兄弟たちのかまどの火を……魔法をかけてくださり、感謝でいっぱいです。僕には火の魔法は使えませんから、オリビアにとても助けられました」
レインからそう言われ、私は「お役に立てて、良かったです」と伝える。
彼の笑顔を見ると、どうしてか――胸の奥がじんわりと温かくなる。
それくらい……レインには悲しい顔ではなく、笑っていてほしいと思うのだ。
「あ、それと……今日はお散歩、楽しかったですわ。それに公爵家に再び、送ってくださり――ありがとうございます」
そう、レインのおかげでお出かけもでき……気分転換ができた。
ちゃんとこうして公爵家まで丁寧に送ってくれたことについて、彼に感謝を伝えた。
「いえ、僕も有意義な時間を過ごせました。それに司法院に戻って、より組織として大切なこともできそうですし」
「た、大切なこと……」
「ええ、とっても大切な引き締めができそうです」
彼はこれからやるべきことを思い出して、にっこりと――どこか周囲を圧倒するかのような笑みを浮かべた。
「で、では私は、屋敷の書類確認へ行ってまいりますわ」
「ありがとうございます、オリビア。僕も司法院に……」
そんな彼の笑みを見て、頼もしいと思いつつも、私はあまり深く追及をしなかった。
部屋に戻ったら、バートンの確認が済んだ書類を見て、今後の書類チェックに活かそう……とやる気を入れていれば。
レインがこちらに近寄ってきて――私の手を片手でギュッと握って来た。
「レイン様……?」
「……」
ここで別々にわかれていくと思っていた手前、レインの行動に疑問を感じる。
いったいどうしたのかと彼をじっと見つめれば――彼は困惑したように眉を八の字にさせていて。
「やるべきことがあるのは、分かっているのですが……」
「?」
「散歩の時間があっという間にすぎてしまったからでしょうか……まだあなたと――離れたくない」
「え……」
レインが何を言ったのか理解が追い付かず、彼の方を凝視していれば。
彼は私の手を彼自身に引き寄せて――自身の頬にくっつけた。
そして私の頭の中は真っ白になる。
いったい何が起きているのか。
「僕は……変でしょうか?」
「うぇ……!? へ、変なんてことありませんわ……!」
レインがしょんぼりとした表情を見せると、脊髄反射のように「そんなことはない」とこたえてしまう。
しかし今まで、レインはそんな行動をしたことがなかったので――そこと照らし合わせると「変」には違いなかったのだが。
しかしもう返事をしちゃったからには、取り消せない。
レインは私の返事を聞いて、嬉しそうにほほ笑む。
なんだか、今レインの笑顔を見ると――よくない気がする。顔に熱が集まっているのに、さらに熱が集まってしまうような。
「また僕と……必ず、散歩にいってくださいね?」
「え、ええ! もちろんですわ!」
「ふふ、オリビアと……美味しい柔らかいパンを一緒に食べたいんです」
「!」
「固いパンであっても――美味しいもので、あなたと思い出をつくりたい」
レインの言葉を聞いて、私はハッとする。
そういえば、先ほど兄弟のパン屋で――自分の幼少期の思い出を少し語った気がする。
伯爵家に居たころは、お出かけもしなかったし――侍女の不正行為で、食事も固いパンばかりだった。
その時の記憶で、「固いパン」と言った気がするが……まさかレインはそこを気にしていたりするのだろうか。
(パン屋にいたから、食欲が刺激されて……そう言われている可能性だって……)
彼の発言の意味が、まさか自分を思いやって言ってるなんて……そう思うのは、思い上がりがはなはだしいから、そんなわけないとぐるぐると私の中では、混乱が深まる。
一方でレインは、そんな私の顔を見て嬉しそうにほほ笑んでから。
「あなたとの――次の散歩……いえ、デートが待ち遠しいです。これ以上は、僕がここから本当に離れられなくなってしまうから――また今度」
「え? は、はい……」
「では、いってきますね」
「い、いってらっしゃいませ……?」
彼は私の手のひらに、軽く唇を落としたのち。
魔法陣を起動して――その場からいなくなった。
おそらく司法院に向かったのだろう。
けれど問題はそのことじゃなくて、レインに握られていた手に私は視線を落とす。
すると、完全に顔が真っ赤になってしまって。
(い、今のっていったい……!? それにまた今度って何をまた今度なの……!?)
さらに私の混乱は深まってしまうのであった。




