19.出会い
リアーナとは打って変わって、一方のヘンリーは瞳を揺らしながら、すがるような視線をこちらに向けてきていた。
(なに? どうしてそんな目で見てくるの……)
まるで私に対して、今更ながらの後悔がありますよとでもいう素振りだ。
しかしもう縁を切った身であり――まったく同情の余地はない。
そんな私の気持ちが伝わったのか、レインは再び口を開くと。
「……決めました。フローレンス伯爵家は、公爵家に近づかないでください。二度目は――公爵家への反抗とみなします。司法院を通し……処罰をいたします」
「御寛大なお言葉、ありがとうございます。行くぞ、リアーナ」
「で、でも……」
ヘンリーはリアーナの肩を掴んで、少し離れたところで待つミシェルの方へ行こうとする。
リアーナは相変わらず、嫌だと言いたげな表情だった。一方でミシェルは……。
(いつもなら、リアーナに酷い言葉を言っただのなんだの、言い返してきそうなのに……でも、興味はないわ)
かつての行動を知っているからこそ、かなり違う態度をされると――つい目についてしまうようだ。
離れたところで、俯いて立っているミシェルの想いは何も分からなかった。
会場内では、「伯爵家であった破門は本当だったのか……いやそれよりも、伯爵さまのあの薬指……」やら、「あの公爵様の怒りを買うとは……伯爵家はもうダメか……?」などの話が聞こえてくる。
そんな折――。
「ほっほっほ。公爵よ――そんなに怒るでない。伯爵家の……可愛い娘が起こしたささいな出来事だろう?」
「……陛下」
突然の声に、私はその方向へ視線を向ける。
するとそこには、威厳を持った初老の男性がいた。その服装は金を誂えた華美な服を着ており――宝石がはまっている杖をついてこちらへやってきたのだ。
(この方が……この国の国王様、ね)
レインの低い声を聞いてもなお、全く動じない陛下に、腹の底が読めない怖さがあった。
そんな中、陛下の後ろから慌てたように……。
「父上! 入場の合図があるまでは、入らないと――先ほど話していたのに」
「ほっほっほ。シューベルトよ、国王は気ままに……誰にも縛られずに動くのが鉄則だろう?」
「なにを……はぁ……」
苦労した様子のシューベルトが、陛下の後ろから現れた。
会場内の貴族たちも、陛下が現れたことでざわざわと騒がしくなる。
一方で、陛下は再び口を開き――。
「先ほど聞こえてきたが――不躾な発言はたしかによくない。伯爵家は公爵家へ会いに行くのは控えなさい。たったそれだけのことだろう、公爵よ」
「……ええ」
「せっかくの慰労の会なのだから、明るい雰囲気にしたい。おお、それと――この綺麗な方がお主の妻か」
「お初にお目にかかります。オリビア・エヴァンスです」
「ほっほっほ。この公爵の妻は大変だろうに……仲がいいのを願っているよ」
「え? 大変ではな――」
「では、儂は皆の者に挨拶をせねばならんな」
私は返事をするより早く、陛下は会場の上座のほうへ歩いていく。
そしてシューベルトと共に立つと。
「この度は集まってくれて嬉しく思う。慰労の会だ――楽しんでくれ」
「国の崇高な太陽に感謝を……っ!」
陛下の言葉に周囲の貴族たちは、わあっと沸き上がった。
先ほどまで、視線の中心にいた伯爵家のことはもう気にしないかのようだった。
陛下の言葉もあり、ヘンリーたちは私たちとスッと距離をとっていった。
(あの陛下は……こうも見え方が変わるのね)
乙女ゲーム内の国王陛下は好々爺のような存在で、主人公に優しいおじいちゃんのように振る舞う。
悩みを気軽に聞いてくれて、的確なアドバイスや支援までしてくれる――頼もしい存在……というイメージだったが。
(レイン様の意見を封殺するような動きをしていたわ……)
かなりあくどい振る舞いに、今まで聞いていた「公爵家への嫌がらせ」という存在に理解がいく。
チラッとレインの顔を窺えば、険しい表情をしていた。
周囲は陛下の掛け声とともに、わいわいと楽しい雰囲気になっていた。
私はレインの手に自分の手を重ねて――彼の意識をこちらに向かせる。
「どうしたのですか?」
「レイン様は――大変ではありませんわ。とても素敵な夫です」
「! オリビア……」
私の言葉を聞いた彼は、嬉しそうにニコッと笑みを浮かべたのち。
「……優しく、聡明な妻がいて――僕は幸せですね」
「! あ、ありがとうございます」
レインの様子が柔らかな雰囲気になったのを見て、私も自然と笑みを浮かべた。
そしてレインが頼んでくれた果物のジュースを飲んだり、食事したり、公爵家側に歓迎的な姿勢を持つ貴族たちと話をして――時間を過ごした。
◆◇◆
宴もたけなわとなり、貴族たちが王城から帰って行く中――私とレインも馬車に乗り込み、帰ろうとしていた……そんな時。
「無礼で申し訳ないが――失礼する」
「! で、殿下……!?」
私が馬車の中で座ろうとした時に、後ろから声がかかったのだ。
そしてそれと同時に、レインが引き寄せるように――自分の隣の席へ私を座らせる。
すると対面に強引だが、シューベルトが馬車の中へ乗り込んできた。
「本当に無礼ですね、殿下」
「ふ……ここまではっきり言われることも、なかなかないな」
シューベルトはどこか面白そうにそう言ってから――真剣な眼差しになると。
「先ほどは……父が割り込んで、すまなかった」
「!」
(シューベルトが……国王のことについて謝った……?)
私は彼の言葉に目を見開く。するとシューベルトは、眉根に力を入れながら話した。
「今日の慰労会は――貴殿らに、楽しんでもらいたいと思って……私が考えたのだ。だが、父はやはり相変わらず――強硬な人でな」
「ええ、十二分に存じておりますとも」
「はは……何も返せないな」
レインはシューベルトの話について、表面的な笑顔で応えていた。
一方の私は、シューベルトが今回の慰労会を企画していたことに驚く。
「今、この馬車に来たのは――少しでも誤解してほしくなくて」
「ほう?」
「私は父とは――違う考えを持っていること。公爵とも、いい関係を築きたいと思っている」
「……ふむ」
「だから、こうして……話がしたかった。時間を取らせてしまい、すまない」
シューベルトは言うことは言ったとばかりに、馬車から出ようとする。
その時にレインが、口を開き。
「わざわざ、王家の人間に話がもれないように――この馬車へ来たことは、覚えておきますね」
「! ああ、そうしてくれると……嬉しい」
(そうか、シューベルトは彼なりに考えがあって、動いてくれたのね)
王家と聞くと――現在は公爵家への反感をもっている存在のイメージが強いが、シューベルトの話を聞くと、そうとも限らないのかもしれない。
それにこうして、強硬な手段ではなく、平和的な解決を模索する彼は――乙女ゲームで見たシューベルトの性格にとても似ている気がした。
シューベルトは馬車からおりたのち、「ああそれと……」と声をあげて。
「オリビア、今日の装いは――より一層綺麗だ」
「! あ、ありがとうございます、殿下」
「僕とともに選んだドレスですので。僕からも、返事をしますね。お褒めくださりありがとうございます」
「ふ……夫の愛が大きいのだな」
レインはシューベルトに対して、私を彼から少しでも距離をとらせるように話した。
レインから、ギュッと肩を抱え込まれた際に、思わずドキリと胸の鼓動が大きくなった。
そしてシューベルトは、やれやれとばかりに笑みを浮かべたのち……私たちが乗る馬車を見送ってくれた。
「まったく……殿下は、油断ならないですね」
「ふふ、でも……レイン様にとって、いい関係が築けると素敵だなと思いました」
「オリビア……はぁ……。まぁ、僕も刺々しい関係は嫌ですからね――新しい関係性を模索したいですね」
レインの言葉を聞いて、私は彼を応援するようにニコッとほほ笑んだ。
周囲に気を配れるレインなら、乙女ゲームになかった展開へと向かう力があると思う――それに。
(レイン様のために――少しでも力になりたいわ)
そう……心にきめるのであった。
◆◇◆
◇リアーナ視点◇
慰労会が終わり、私はお父様とお兄様が帰りの支度をしている隙に――そっと離れて、王城の廊下を歩いていた。
(どうして、どうして……どうして、あの女、どうして……)
私の胸には怒りでいっぱいになる。
だって、大嫌いなオリビアが「公爵の奥様」になっていた。
伯爵家から破門となり、もう貴族じゃなくなったはずなのに――自分よりも上の立場の貴族になっていた。
(ムカつく、ムカつくムカつくわ……!)
奥歯をぎりっと噛みしめて、怒りをやり過ごす。
本来なら、オリビアが伯爵家から破門になった日以降から――私の輝かしい毎日が続くはずだった。
それなのに。
(お兄様も、お父様も……あの幽霊が出た日以降……私から距離をとってくる……)
そう、あのオリビアの母親が現れた日以降、伯爵家内の空気が変わってしまった。
いつもなら、私を第一に考えてくれていたのに、彼らはどこか遠くを見つめるばかり。
そんな彼らの様子から、使用人たちも私を腫物のように扱ってくるのだ。
(本当なら、王太子殿下とのお茶会をセッティングしてもらおうと思ったのに……! 全然、私の話を聞いてくれないのだもの……っ!)
夢で私をあんなにも愛してくれた美貌の――シューベルト殿下と会う機会を、お兄様とお父様にお願いして作ってもらおうとしたのに……気がそぞろな彼らは、全く取り合ってくれない。
だから、今日の王城で開かれる慰労会は……久しぶりにシューベルト様に出会えるチャンスだと思って、気合を入れて来たのだ。
しかし――。
「なんで、あのムカつく……うざい女がいるのよ……っ」
吐き出すように、言葉を言った。それほど、信じられない気持ちだったのだ。
オリビアを見た瞬間、頭が真っ赤に染まるような、不快な感情が広がって――すぐに彼女に問い詰めずにはいられなかった。
その結果、冷たい公爵から……「もう近づくな」と言われてしまった。
こんなにも可愛らしい私に、あんな冷たいことを言ってくるなんて、おかしい。
(きっとオリビアが……あの公爵をたぶらかしたに違いないわ)
すべてはオリビアが悪い。
この怒りをどうすれば――そう思って、私は気が付けば“とある人物”のあとを追っていた。
そのために伯爵家の帰り支度から抜けて、彼のあとを追っていた。
私のことを気にかけてくれてか、高貴な身分なのに――護衛を一人もつけずに、部屋に入っていった。おそらくは王城の応接間のような場所。
私はごくりと意気込んでから、その部屋のドアをノックする。
すると。
「ほっほっほ、お入りなさい」
「し、失礼します……っ」
ガチャッとドアを開けて、中に入れば――ソファで寛いでいる国王陛下がそこにいた。




