13.王家からの
◇オリビア視点◇
――ちゅんちゅん。
小鳥の鳴き声が聞こえて、私はゆっくりと目を覚ます。
ふかふかのベッドに、広々とした部屋の内装が目に入り――フローレンス伯爵家ではないのだと、安心感を覚える。
「ふわぁ……いい天気ね……」
窓から入って来る太陽の光を見て、あくびをしながらそう言った。
オリビア・エヴァンスになって、一週間……私は平穏な日常を過ごしていた。
「おはようございます、オリビア様。お支度をお手伝いさせていただきます」
「ええ、よろしくね。エマ」
レインが紹介してくれた専属の侍女のエマが、私の身支度を手伝ってくれる。
ここには私を蔑む使用人が一人もいない。
先日のレインとの結婚、そしてお義母様の魔力を受け取った日から――公爵家の使用人たちと接する機会が多くあったが、誰もが温厚で私に対して礼儀を尽くしてくれる方ばかりだった。
(むしろ私の方が……恐縮してしまうくらいに……)
それくらい伯爵家ではなかった対応に、驚きがいっぱいだった。
きっとこうした対応の一番のきっかけは――。
(レイン様の……お母様が目を覚まされて、お会いした時のことが関係しているのかしら……?)
そう、レインのお母様から魔力を受け取ったのち……彼女は、今までの疲労を癒すかのように、熟睡して――健康な睡眠時間をとったのち、翌日にはシャキッと起き上がれるまでに回復したのだ。
そんなレインのお母様に、私は1対1で挨拶しに行くことになったのだが……。
『あらあら! オリビアさん、来てくれてありがとう! あなたのおかげで――命が助かったわ……! 本当にありがとう』
『! ご回復されたようで、本当に良かったです……!』
『ふふ、あなたには感謝しきれないくらいだわ。それに……あなたは公爵家に嫁いでくださったんでしょう?』
『……!』
レインのお母様の言葉に、私は目を見開く。
今回の結婚では――レインは、契約だから深く考えなくていいと、そう言っていたが、レインのお母様はそう考えていない可能性が高い。
こうしてレインと二人の間だけで、進めてしまったことを……嫌に感じているかもしれない。
どう言葉を返すのが正解か分からなくなり、私が言葉をつまらせていると。
『もしかして、あの気難しい息子に困ることを言われてたりなんか……してない?』
『え?』
『こんなに可愛らしくて……優しいオリビアさんをどこで見つけられたのかしら……。いやね、私にとっては自慢の息子でもあるのだけれど――その、かなり人に対して壁をつくるところもあるから、結婚したと聞いて、とっても驚いちゃって』
レインのお母様は、最初に会った時の――辛そうな様子はほとんどなく、マシンガントークのように矢継ぎ早に話していた。
『その……私の病状のせいで……実は、オリビアさん――息子から脅されて結婚した……とかではないわよね?』
『!?』
『もし、そうだったら――私に言ってちょうだい。確かに、助けていただく方法として、オリビアさん以外に頼る術がなかったとしても……やり方がよくないわ。あらためて、謝罪もするし……』
最終的にレインのお母様は、レインに対しての疑問をぶっちゃけいた。
なんなら、危ない想像までいっていたらしい。
そこまで話を聞いた私は、すぐさまレインのお母様に返事をする。
『ち、違います! レイン様は、私を脅してなんかいません……!』
『!』
『その……むしろ、私の方からアプローチをしたと言いますか……その……』
レインのお母様に対して、どう説明をするべきか悩んでしまう。
実は伯爵家で蔑ろにされていて、公爵であるレインとは対価を出し合って結婚という契約を結んだ――そんなことを言って信じてもらえるだろうか。
そもそもその説明事態が、かなりハードルが高い。
一人の親として、そんな結婚の事情を聞いたら認めてなんて――。
『まぁ……オリビアさんから、私の息子にアプローチしてくださったの?』
『えっ、え、ええ……』
『まったくあの子ったら、そんなこと教えてくれなかったわ……』
レインのお母様は、私の言葉を聞いて嬉しそうにニコニコとほほ笑んでいた。
そんな彼女を見ると、嘘をついて騙すのはよくないと――そう感じ。
『そ、その……レイン様に聞いているかもしれませんが……この結婚は……』
ちゃんと経緯から話そうとした、その時。
『大丈夫よ』
『え?』
『私だって、公爵家の内部を管理していましたもの――ご事情があって、今回の結婚に至ったのですよね』
『! は、はい……!』
目の前にいた朗らかなレインのお母様は、まるでスイッチが入ったかのように淡々と冷静な様子になっていた。
まるですべてを見透かすかのような視線に、私は身体を固めてしまう。
そんな私の様子を見た彼女は、『あら、つい威圧感を感じさせてしまったわ……ごめんなさいね』と、柔らかく話した。
『私としては――どんな事情であれ、息子のレインの側に居てくれる人ができたことが……とても嬉しいの』
『え?』
『さっき聞いた疑問は、もしオリビアさんが無理強いをされていたのなら――介入して助けるべきだと思い……聞いたのよ』
レインのお母様は、私の目をじっと見つめながらそう話した。
『レインはずっと――結婚なんて絶対にしないと、豪語していたものですから……不信感にばかり気がいっていた息子が――こうして結婚を選んでくれた』
『……』
『世間一般の結婚という形とは違うかもしれないけれど――オリビアさんは公爵家にこれからも住んでくださるんでしょう?』
『え、ええ……』
『そういう意味で――あの子が共に暮らせる人ができて……母として嬉しい気持ちでいっぱいなの』
彼女の瞳には嘘偽りの様子は一切ない……真っ直ぐさがあった。
ほぼ初対面に等しいのに、なんだか話しているうちに、自然とストンと――彼女の言葉が胸に入って来る。
それくらいまっすぐで、正直な人という印象を持ったのだ。
『まだ会って数日しか経っていないけれど――こうして公爵家に来る決断をしたオリビアさんを……私は歓迎しますわ』
『!』
『もちろん、あなたには――返せないほどの恩があるから、なんでも力になりたい気持ちがあるのもそうだけど……それとは別に、私の娘として接することができたらなぁなんて……』
少し照れながら話すレインのお母様は、『欲を言いすぎたかしら……ね?』と言葉を紡いだ。
自分の気持ちをこうして話してくれたレインのお母様に、私も応えたいという気持ちが――自然と生まれていた。
『そ、その……すぐに親子のような振る舞いは難しいかもですが……』
『ええ、そうね』
『でも少しずつでも、その……お義母様と仲良くなれたら嬉しいなって、思ってます……!』
『まぁ……! もちろんよ!』
私の言葉に対して、お義母様は花が咲いたようにニコッと笑顔を浮かべた。
その日は、お義母様の体調が悪くならない範囲で、食事の時間を一緒に過ごしたりもした。
『体調が良くなったら……私は公爵家から離れて、大好きな夫が気に入っていた街で――ゆっくり余生を過ごそうと思ったりもしてるの』
『! そうなのですね』
『ふふ、たとえ――もう夫とは会えなくとも……少しでも面影を感じたくて』
少しずつだが――お義母様の人となりや……愛情深さを感じて、その日一日はゆっくりと過ごしたのだ。
そうした彼女と過ごしている姿を、屋敷中で使用人たちが見たことで――公爵家の一員として自然と受け入れてくれたのかな……とも思った。
貴族社会は綺麗ごとばかりじゃないことを伯爵家で、嫌と言うほど思い知った。
その家の一員になるためには、それほどハードルが高いと思ってしまうのだ。
(もしかしたら、お義母様が……気を利かせて、すぐに私と会ってくださったのかしら……?)
本当は、もっと休んでからのほうが……お義母様にとっては会いやすかったはずなのに。
こうして、私のことを考えてくれたことに――じんわりと胸が熱くなった。
だからなのか、こうして公爵家で目覚める度に……温かい安心感を持って、起きることができているのかもしれない。
「オリビア様、お支度が終わりました」
「ありがとう」
お義母様の残りの魔力を受け取るのは――およそ二か月後。
だからその日までは、私の体内にある増えた魔力を落ち着かせる……休養期間として過ごしてほしいそうだ。
そう――専属の侍女を紹介された際に、レイン様から言われた。
私は侍女から、支度を終えたと聞き――ドレッサーの前にある椅子から立ち上がって、部屋の外へ出る。
向かうのは――お義母様から勧められた公爵家の庭園だ。
庭園にはガゼボがあり、日差しを避けながら座って……ゆったりと過ごせる。
そこから見えるのは、色とりどりの素敵な花々。
それをぼーっと見て、過ごすことがここ一週間の私の暮らしだ。
(正直、身体に不調はないから――すぐにでも魔力を受け取れそうな気がするけどな……)
医師とレインから言われた「休養」のため、自分の中で考える休養を実践していた。
お義母様の魔力は減ったが――二つの属性の魔力というのは、お義母様の身体では耐えられない負荷とのことで、あるだけでだめらしい。
だから、たとえ魔法が使えなくなったとしても――お義母様としては、魔力を手放したいようだ。
(だから次に向けて、万全の状態で受け取れるように……自分なりに休養をとってみてるけど……)
ただずっと、ベッドの上にいるのは逆に身体が辛かったので――こうして公爵家の素敵な場所で、気ままな猫かのように過ごしている。
「これが安泰な……暮らし……なんだかいい気がする」
傍から見ると、怠惰を極めているようにも見えるが――それでも楽しい。
きっと伯爵家の緊張しっぱなしな空間から解放された、反動なのかもしれない。
(なんだか、いけないことをしているみたいで……つい、やることがないか探しちゃいそうになりそうだけど……)
前世でも、伯爵家にいたころもこうも――ゆっくりと過ごしたことがなかったから、そう思ってしまっていた。
ただはがゆいことに、公爵家に嫁いだ自分ができることは……今のところ、お義母様の魔力の受け取りくらいだ。
そのほかに、公爵家に貢献できることはあるのだろうか。
(そもそもレイン様が要領いいし、仕事もできる人だから――私の力なんてほとんど必要なさそうなのよね)
お義母様からは、レインの側に居てくれる人が見つかってよかったと言われたが――結婚式を開いた日以降……会っていない。
(そう、一切……顔を合わせていないのよね)
なんなら、お義母様とのほうが――屋敷内でふとした時に会っている気がする。
それほど、レインの一日は忙しいようで……会う頻度はすくなかった。
公爵家の管理に、司法院の業務……全部回せるのがすごい。
でもそのすべてを回すとなると、激務なのだろう。
かと言って、レインが求めていないのに何かをするのも憚られて……結局、公爵家の庭園でボーッとしてしまっている。
リアーナの手によって、処刑されてしまうエンディングを回避するのが一番の目的……だったのだから、何も問題はないはずで……。
(時間があるから、こんなにも考えてしまうのかな……)
なんだかソワソワしながら、私は悩んでいると。
「はぁ……公爵様にどう伝えるべきか……」
「お伝えするのは心苦しいが――それでも、報告せねばならないだろう」
「まぁ、分かってはいるんだけど……」
(この声は……どこかで聞き覚えが……)
公爵家の庭園にいる私の真後ろ――背の高い花の茂み越しから声が聞こえて来た。
そちらへチラッと視線を向けると……茂みの隙間から見覚えのある騎士の男性と、おそらく彼の同僚が歩いているのが分かった。
(あ……! この前、司法院から来た……レイン様の部下の方ね)
彼の顔をチラリと見て、先日のことを思い出す。
フローレンス伯爵家から出された破門申請を、彼が急務として取り組んでいたのだ。
ここの公爵家の庭園は、玄関口から屋敷内に繋がる場所でもあるため……彼らは用事があって、公爵家にやってきたのだろう。
見覚えのある彼が、「あ~どうやって伝えよう!」と悩まし気に立ち止まった。
そんな彼に共感するように、同僚の彼は声をかける。
「王都では、公爵様の結婚話の話で持ち切りだが――それゆえに、王家がいい顔をしないどころか……こうして、司法院にまで嫌がらせをしてくるなんてな」
「……!」
私は思わず、目を見開いていた。




