お狐様、お弁当を持っていく
翌々日。イナリは秋葉原のフォックスフォンにやってきていた。フォックスフォンのイメージキャラをやっているイナリではあるが、幸いにも成果があり製品の売れ行きも好調であるらしいと聞いてはいたのだが。
「おかげさまで過去最高の売り上げを更新中です。ライオン通信を過去のものにする日も近いですね」
「ほんに仲が悪いんじゃのう……」
コンセプトが違うのだから協力し合える部分もあるのにと言う人もいるしイナリも概ね同じ意見なのだが、覚醒会社フォックスフォンの代表取締役にしてクラン「フォックスフォン」のマスターである赤井はそうではないらしい。というかフォックスフォンの社員は赤井と同じ意見の者が多いらしい。
「当然です! 前にご説明したかもですが、覚醒者専用スマートフォンに多機能とか本末転倒なんですよ! 緊急時のツールとなる覚醒フォンはとにかく外部と内部の徹底的な頑丈さによりもたらされる安定感こそ第一! 質実剛健が命を繋ぐんです! それをあのライオン通信は……!」
そう、とにかく頑丈な外装と内部部品、そして簡単な操作を可能とするデザイン。そういった「いざというときの安心」を重視するフォックスフォン。
そして、とにかく多機能。痒い所に手が届く様々な機能と、多様なニーズに応える洗練されたデザイン。そういった「愛着のわくオールインワン」を重視するライオン通信。
互いに目指す理想形が全く違う……どころか真逆なのだから、仲が悪いのはもう運命のようなものとしか言いようがない。まあ、仲が悪いからと暴力沙汰になるのではなく「どちらが選ばれるか」という企業として非常に健全な戦い方をしているのは、2つの会社が真っ当であることの証明であるともいえるだろうか?
とにかく人間の好みとは千差万別であり、これまでライオン通信もフォックスフォンも勝ったり負けたりを繰り返していたのだが……ここにきて、イナリというイメージキャラが登場したことでバランスが崩れたというわけなのだ。
「此処からはもう引き離すのみです。負ける理由は元々ありませんでしたからね……!」
「儂の影響がそこまで大きいというのは、まだよく理解できんのじゃが」
「簡単な話ですよ。2つの選択肢があれば、大抵の人は好感度の高いほうを選びます。イメージキャラとは、その最初のイメージを作る看板なんです」
そしてフォックスフォンのイメージキャラである「狐神イナリ」は東京第1ダンジョンの「事故」の解決の件を受けて一気に有名になり、フォックスフォンの売り出した各種グッズや広告展開により順調にアイドル覚醒者としての道を進みつつある。
「今バズってる動画、見ました? 『狐っ子がガチ説教すると可愛くなる証拠』ってやつ」
「……ひたすら嫌な予感しかせんが、見とらんのう……」
「赤羽で撮られたものらしいんですが、イナリさんが3人の男相手に真摯にお説教をして諭すという……」
「……確かに儂じゃのう……何やらかめらを向けられとるのは気付いとったが」
「ほら見てください。『解脱した』ってコメントがたくさん」
「何がどうなったら儂の説教で解脱するんじゃ……」
秋葉原で凄い見られるのはいつもなので気にならなくなっていたが、微妙に視線が増えていた気がするのはそのせいだろうか、などとイナリは思う。まあ、自分と何も関係ない説教を聞いて何が楽しいのかはイナリにはやはり理解できないのだが、それで幸福になったのであれば別に構わない……かもしれない。
「まあ、何に幸福を感じるかは人それぞれじゃしのう……」
言いながらイナリは時計をチラリと見る。そろそろ、時間はお昼の12時。一般的にはお昼ごはんの時間であるが、今日はイナリにはとある秘密兵器があった。もうイナリ史上、最強とも言えるものだ。今日は日頃の礼を兼ねて、赤井にもそれを持ってきていたのだ。
「さて、そろそろ昼餉の時間じゃな」
「ええ、そうですね。まさか狐神さんの手作り弁当だなんて。フフ、すごい楽しみです」
ちなみに赤井の予想としては卵焼きとウインナーの入った昔懐かしいお弁当である。色々と古風なイナリであればご飯に梅干しも入れて、王道な感じで攻めてくるという……まあ、そんな妥当な予想だ。しかしそういう予想は残念なことにイナリに複雑な工程を期待しすぎている。そう、イナリが用意したものであり、机にトントン、と乗せていくのは……ラップに包まれた大きめのおにぎりたちだ。
しっかりと海苔も巻いているが、赤井が気になったのはそこではない。おにぎりのご飯にたっぷり混ざっている、その黄色と黒色の混在する見覚えのあり過ぎるそれは。
「……海苔玉子ふりかけ、のおにぎりですか?」
「ふふふ……如何にも」
イナリはよく聞いてくれた、と言わんばかりの自慢げな表情になる。実際自慢なのだ。これを思いついたときには自分は天才なのではないかと自画自賛してしまったほどだ。
「これはのう、赤羽で買うた米の『ミサハラ』を使い、海苔玉子味のふりかけを贅沢に一袋混ぜて握ったものじゃ! ふりかけなのに混ぜ込んでしまうとは、なんとも生産者に申し訳ない発想ではあるが、しかし! こうしてふりかけの新たなる姿を発見する一助になったのじゃから許されよう。そして海苔を巻くことによって」
キラキラとした目で語るイナリに頷きながら、赤井は思う。つまり混ぜ込みご飯のおにぎりですよね、結構普通ですけど知らないんですね。解釈一致です、と。まあ、米専門店で買った米を使ったということであれば間違いなく美味しいだろう。イナリの説明を一通り聞き終えた赤井は、パクリと一口食べて。
「あ……すっごく美味しいです」
「じゃろー? とにかく米が違う! あのそむりえとかいう男、やりよるわい」
まあ、確かにおにぎりは美味しいし。イナリは幸せそうだし。野暮なことは絶対言うまいと。赤井は自分の中のイナリのイメージを修正しながらおにぎりを楽しんでいた。
イナリ「儂は最強の弁当を作ってしまったのかもしれん……」
赤井「そうですね(無条件肯定)」





