お狐様、ぶん投げる
ちなみにオークションとは覚醒者協会主催のネットオークションであり、毎日巨額の金が動く場所であるらしい。覚醒者であればカード作成時に口座も自動で作成されるので、非常に簡単だ。
まあ、イナリに簡単かは別の話だが。
「ところで、この後はもう帰るんじゃろ?」
「うっ……そうですね。狐神さんには求められたサポートをするのが一番良さそうです」
「うむうむ。分かってもらえて嬉しいのじゃ」
仲間がどうこうというのは、少なくとも今のイナリには必要ない。イナリの今後の目的を思えば、仲間を育てるよりもイナリが強くなったほうが速いからだ。
とはいえ、それは現時点での判断だ。今後どうなるかは分からないが……。
(こうして2度体験して分かるが……どうにもタチの悪い遊戯に見えてならぬ。それとも、そう見せている……? その辺りの判断も早めにつけられると良いのじゃが)
人に力を与え、化け物を倒してサクッと強くなる。いいことにも思えるが……その理由がやはり分からない。ベルトや剣といった報酬もそうだ。一体どういう理屈でそれが発生しているのか?
「天叢雲剣の話を再現したわけでもあるまいに。どうにものう……」
「え? アマノムラクモがどうかしたんですか?」
「ぬ?」
「あるとは言われてますけど、まだ発見報告はないんですよねえ。マサムネは今のところ1本見つかってるんですが」
「うむ、そうかえ……」
そうポンポン見つかる品であってたまるかとイナリは思うのだが、別にそんなことを言いはしない。しかし、どうにも実在の名刀と同じ名前の武器がダンジョンでドロップするのは確かであるようだった。
(おお、嫌じゃのう。八岐大蛇の全部の尾から天叢雲剣が出てくるのを想像してしもうたわ)
そんなことになれば流石の須佐之男命も腰を抜かしたかもしれない。さておいて。
「ところで、狐神さん……」
「む?」
「なんかさっきから凄い写真撮られてますけど。いいんですか?」
「あー……あれ、やはりかめらなんじゃのう」
「スマホなんですけど。まあ、カメラですけど」
何か機械を向けられているのはイナリも気付いてはいたが、特に害もなさそうだったので放っておいたのだ。どうにもこの外見が好まれやすいことも、覚醒者協会日本本部でよく知っていることもあった。
「まあ、害がないならええじゃろ」
「そうですかねえ……」
(面倒なことになる気がするけどなあ。課長に相談しとこうかな)
安野の見たところ、アレはたぶん所属のクランに報告している。
有望な新人アリ……まあ、こんなところだろう。SNSに上げているものもいるかもしれないが。
今のところは安野たち職員といるので近づいてくるのは余程のアホだけだ。そういう意味では、さっさとイナリを自宅に送り返すべきで。
「よう、ガキ。結構強いみたいじゃねえか。どうだ、うちのクランに入らないか?」
「いやちょっと。何処のクランですか貴方。この人は協会がエスコート中なんですよ」
余程のアホがいた、と喉元まで出そうになりながらも安野はそう警告する。
たまにいるのだ、こういう余程のアホが。まさか今のタイミングで本当に出てくるとは思わなかったが。そして大抵の場合、こういうのには話が通じない。
「はあ? 協会は引っ込んでろよ。勧誘すんのは自由だろ」
「貴方ね……ダメに決まってるでしょう」
「あー、よいよい」
話をそこまで黙って聞いていたイナリが、2人の間に入りぐいっと押しのける。
安野は今更驚きはしないが、アホの方は「俺を動かした?」と驚いていた。
「そこの。用向きは勧誘じゃったか?」
「おう、話が早えな。俺たち『黒い刃』は」
「断る」
「ん?」
「そもそも先程から礼儀がなっとらん。悪ガキでもあるまいに、言葉遣いには気を付けい」
帰れ、と獣を追い払うように振るイナリの手をアホは思い切り掴む。先程自分が動かされた理由は分からないが、どう見ても魔法系のディーラー。物理系ディーラーの自分が少しばかり脅かしてやれば一発だと。そんな妄想は、手を簡単に振り払われたことで消える。
「……へ?」
「女子の手を勝手に掴むでないわ、痴れ者が」
しっかり掴んだはずなのに、何故。混乱しながらも「お前……!」と再度手を伸ばして。その身体が今度は大きく宙を舞う。
何が起こったかも分からないままに……自分が投げられたのだと知らないままにアホは地面に叩きつけられて意識を失う。
「い、今のってまさか合気道……ですか?」
「んー? 昔の住人にそういう達人が居てのう? 見取り稽古しかしとらんかったが、中々堂に入っておったろう?」
―未登録の技を検知しました!―
―ワールドシステムに統合します―
―スキル【狐神流合気術】を生成しました!―
「いや、別に儂の技では……まあ、言っても無駄なんじゃろうがのう」
「何がですか?」
「いやあ、うん。まあ……なんでもないのじゃ」
弟子入りしたわけでもないしそういうこともあるか……などとイナリは軽く考えていたが。
スキルを新しく覚えるならともかく新しく「生成」されるなどということが、どれだけとんでもないことかは……まだ、気付いてはいない。気付くかどうかも、今のところは不明である。
イナリ「あの流派は今もあるんかのう……まあ、よう考えると名前も知らんかったが」





