別に要らないのじゃ
イナリと安野がダンジョンの外に転移すると、そこはダンジョンの前だった。
2人の周囲には誰もいないが、それはどうやら職員による誘導の結果のようだった。
ロープやカラーコーンでわざわざ人が入らないように囲っているところを見るに、どうにも転移する前兆はあったのだろう。
その周りではザワザワと他の冒険者が騒いでおり、イナリはそれを見て現状を悟った。
「ああ、なるほどのう……転移する場所が決まっとるんじゃな」
だから、こんなに手慣れているのだと。イナリはそう気付く。
そして実際それは当たっていた。ダンジョンクリア後の転移事故は初期に結構な確率で発生したことであり、ダンジョンクリア後に転移魔法陣が現れることから「魔法陣が現れたら即座に周囲の人を退避させ、ダンジョン前における人員整理を徹底する」といったような管理方法が周知されるに至ったのだ。
そう、そこまではイナリは推測できた。しかし人々がざわめく理由までは気にしていなかった。
「え……? もうクリアしたのか?」
「そんなに時間たってないよな?」
「あっちの冴えない感じのは職員だよな。狐耳の子は誰なんだ?」
「かわいい……」
「明らかに職員はタンクだ。となると狐耳のほうはディーラーか?」
「この時間でクリアとなると、相当の火力ですね」
気にしていなかった……が、聞こえてくる声は自然とイナリの耳に入ってしまう。
褒めてくれているのは分かるのだが、どうにも嫌な雰囲気だ。なんというか……視線が妙にギラつき始めている気がするのだ。
(あー……嫌な予感がするのう)
今は職員がロープを張って隔離されているので近づいてこないが、他の職員とダンジョンクリアの報告をしているらしい安野をイナリはチラリと見る。たぶんだが、此処は彼女のサポート力にかかっている。
「あ、狐神さん! 此方へ! ダンジョンクリア後の説明をしますので!」
「うむうむ。何かあるのかの?」
駆け寄っていくと、そこには机に並べられた魔石や狼のベルトなどがあった。
「それと報酬ボックスが手に入ったはずですが」
「ん? そういえば、そんな表示があったのう」
「それは何処に?」
「はて、そういえば……おお?」
―称えられるべき業績が達成されました!【業績:ウルフの高速殲滅者】―
―報酬ボックスを回収し再計算中です―
―報酬ボックスを手に入れました!―
「お、おお!? なんじゃあ!? 視界がうるさいのじゃ!」
メッセージがイナリの前で忙しく展開され、それが消えた時……狼の模様がプリントされた紙で包装された手のひらサイズの箱が出現する。それを見て再びざわめきが起こり、それは職員や安野の声も含まれていた。
「な、なんですかそのボックスは!?」
「狼の模様? ということは……間違いなくこのダンジョン固有の特殊報酬ボックスですよ!」
「よう分からんが……凄いものってことじゃな」
その通りである。通常報酬ボックスとはダンジョンクリア時に手に入り「白」「銅」「銀」「金」の順に中身の豪華さが上がっていくものだ。
時折業績を達成した者が特殊なボックスを手に入れるが……少なくともこのダンジョンでは、今までそんなものが出たことはなかった。つまりイナリが初である。
「ほー……それはまた……」
「ちょ、ちょっと待ってください! 写真撮りますので!」
職員がスマホで写真を撮り始めるのを……というかスマホを「なんじゃその小さいの……」とイナリが妖怪を見るような目で見ていたが、最新固定電話を覚えたばっかりのイナリにスマホはまだ未知のなんか小さい板であった。さておいて。
「はい、大丈夫です! ではどうぞ開けてください!」
「うむ」
イナリが適当に包装を破りながら開けていくと、箱の中から何かが光りながらゆっくりと浮かび上がってくる。それはどうやら剣のようで……柄の部分に狼を思わせる意匠のされた長剣であった。
「なんじゃこれは。西洋剣かのう?」
「狼の長剣……!? そんな、このダンジョンで出たなんて報告は今まで……!」
「有名な剣なのかのう?」
「勿論です! 衝撃波を放つ専用スキル【ウルフファング】を秘めた、希少な剣です。最低価格でも300万は超えますよ」
切れ味そのものでいえば、狼の長剣はそれなり程度でしかない。しかし専用スキルを秘めたアイテムはそれだけで貴重だ。同じシリーズの武具を集めれば更に特殊な効果を発揮するものも多く、イナリの手に入れた狼の長剣もベルトもコレクターが多い品だ。
「勿論、ご自身で使用なさるのも良いと思います。実際良い品ですよこれらは……!」
駆け出し剣士であっても狼の長剣とベルトがあればそれなり以上に戦える。
この2つが同時に出るというのは、それだけの凄いことなのだ、が。
「別に要らんのう……儂、刃物はもう自分の持っとるし。帯も要らん……」
「え、ええ……?」
「売れるというなら売りたいんじゃが。必要な者がおるんじゃろ?」
「え、いえ。しかし……」
「いいんです。狐神さんは確かにコレ、要らないと思います」
何かを悟ったような目をする安野に職員は「え、ええ。それならまあ……ではオークションの手続きを進めておきます」と答えるが納得はしていない顔で。しかし安野からしてみれば「確かにあの刀持ってればこんな剣要らないよね。でもむやみやたらに口外できませんよねえ……」と、そんな感じであったのだ。
イナリ「だって、要らんものは要らんし……のう?」





