第44話 ファネットの想い(閑話)
閑話、幕間で、主人公の末娘、ファネット視点の話になります。
もうすぐ、大学か、士官学校か、への入学を決断しよう、としている私にしてみれば、異母姉の千恵子は単なる羨望の対象に止まるものではなかった。
自分の血縁であり、更に精神医学の世界に止まるとはいえ、それこそ世界的に名を知られた存在と言っても過言では無い著名人に、姉はなっていた。
といっても、それは姉が望んだ結果で無かったのも、私は察していた。
姉の千恵子は、自ら中国内戦から第二次世界大戦と軍医士官として従軍した経験の持ち主であり、その際に従軍した将兵の身体的問題のみならず、精神的問題まで診ざるを得なかったのだ。
更に、姉の夫や弟達(私から見れば、義兄や兄達)までもが、第二次世界大戦等に従軍し、第二次世界大戦後も世界に転戦することを余儀なくされた身だったのだ。
そうしたことから、第二次世界大戦後も、姉はそういった戦場に赴いた将兵の身体的、肉体的問題に身内としても、自らが向かい合わざるを得ない事態が生じていたのだ。
私と姉の千恵子が、直接に会ったのは、私の覚えている限りでは2回だ。
ただ1回は、私が記憶の中で作り上げた幻想かもしれない。
私と姉が、最初に会ったのは、1940年の春の話で、その時に、私は姉の千恵子以外に、兄の総司や義兄の勇とも会っている筈だが。
それは私が3歳の頃の話で、かなり曖昧な記憶になる。
次に会ったのは、1943年末頃、私は6歳になっていて、この時、姉にしてみれば、半ば冗談だったのだろうが、会ったついでに、姉から成長に問題はないのか、と診察されたのを私は覚えている。
そして、別れる際に、問題ナシ、と笑いながら姉は言って、日本へと去って行った。
それから、約10年が経って、私は姉と再会した。
もっとも、手紙のやり取りはそれなりにしていたので、久々という感じはしなかったが。
私が再会した際、姉の千恵子は、外見上は40歳になるか、ならないかの年齢の筈なのに、60代にも見える老成した雰囲気を漂わせる女性になっていた。
老成と私は言った。
そう、例えば、お姉さんは老けたね、とか、少し気軽に声を掛けられる雰囲気ではなかったのだ。
ぱっと見では、十二分に年齢相応の40歳前後に見えるが、姉の漂わせる雰囲気は、どう見ても60歳代近い代物だった。
思わず、言葉に詰まった私に対し、姉は笑いながら言った。
「大きくなったわねえ」
「ええ」
何しろ約10年が経ったのだ。
日本で言えば小学校に入学するか、しないか、だった私が、大学進学等を検討するようになっている。
「こうして見ると、私は姉というより叔母ね」
といった後、姉は言葉を慌てて撤回した。
「自分より年上の甥がいう貴方にいってはいけなかったかな」
「いえ、事実ですから」
私の方が、慌てて笑いながら言って 誤魔化した。
そう、私の同父母兄アランの養子ピエールは、私より微妙に年上なのだ。
だから、私は年上のピエールに、細かく言えば叔母と呼ばれる身だ。
(もっとも、ピエールも気を使って、私をファネットとしか呼ばない)
「私に会いたい、ということは、貴方は軍医になりたい、ということかしら」
姉は、手紙のやり取りを私としていたのもあるのだろう。
私の真意を見抜いていた。
私は無言で肯いた。
そう、私は甥のピエールや姪のアラナが、戦場で心身を傷つけた際に助けたいのだ。
姉は、微妙な笑みを浮かべながら言った。
「いいことね。でも、ピエールはともかく、アラナを私は何としても止める」
私は、思わず言葉に詰まってしまった。
姉の言葉は、私の予測を超えていた。
姉は、私の反応を半ば無視して、言葉を継いだ。
「アラナは、戦場に行きたい、と思っているわ。でもね。戦場はアラナが思っているような代物ではないの」
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