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第37話 カサンドラの転職に思わぬ難問が生じました

 カサンドラが正業に就くことを納得してくれたことまでは良かったが、問題はまだまだある。

 その中で最大の問題は、「饗宴」を適切に処理してしまうことだ。

 何しろやっていることが娼館だ。

 いきなり廃業しては、そこで働いている女性が生活に困る事態が生じるし、カサンドラも今後の生活資金を確保するために、適正価格で売却処分等する必要がある。

 とはいえ、僕にそんな処理方法が思いつけるはずもない。

 僕は思案にあぐねた末、ジャンヌに相談した。

 マルセイユで街娼をしていた時代のコネで、何とかなりそうなのはないか、と。


 ジャンヌは、いい顔をしなかった。

 これまで、ジャンヌはマルセイユで街娼をしていたことを、それこそアランにまで隠していた。

 僕にしても、実家を始めとする周囲(義父等、真実を知る人とは口裏を合わせてもらった)には、ジャンヌのことを、マルセイユの港街の酒場の酌婦上がりと少し誤魔化していた。

 だが、マルセイユ時代のコネをジャンヌが頼るとなると、街娼をしていたという自分の恥となる過去を明かさざるを得ないかもしれないのだ。

 しかし、ジャンヌにとっても、可愛い初孫のためだ。

 半ば渋々だったが、マルセイユ時代のコネを使うことを承諾してくれて。


「レイモン・コティ?」

「私が街娼をしていた頃のコネで使えそうなのというと、それがいいかな。ユニオン・コルスの若手でいて、今は幹部をやっていそうなのというと、それが一番に頭に浮かぶけど。ただ、今、生きているかどうかも分からないわ。何しろユニオン・コルスは秘密主義で、足抜けしてしまうと分からなくなるから」

「ちょっと、何でその人の名を知っているの。貴方って何者なの」

 僕とジャンヌの会話を聞いて、カサンドラが真っ青になって叫んだ。


 ジャンヌは、そのカサンドラの反応を見て、態度を即、変えた。

「ということは何かい。お前さんは、ユニオン・コルスと繋がっているのかい」

「あっ」

 カサンドラは、蛇に睨まれた蛙のようになって、口を抑えた。


「ふん」

 ジャンヌは鼻を鳴らして、かつて、サキュバスと謳われた頃のように振舞い出した。

「その態度で、即、分かったよ。レイモン・コティは生きていて、ユニオン・コルスの大幹部様になっているということか。大方、この娼館の女性の何人かも、ユニオン・コルスから買い取った女だね。こういう商売をする以上、闇の世界とのつながりはどうしてもあるものだけどね」


 ジャンヌの言葉遣いや態度から、それなりに闇の世界に通じた相手だ、と判断したのだろう、カサンドラは、無言で震えながら肯いた。

「全く、それなら、尚更、レイモン・コティに仁義を切らないといけないね。私、マルセイユのサキュバス、ジャンヌが逢いたいと言っている、とあんたからレイモン・コティに伝えな。手順を間違えちゃいけないよ、私から当たったことにするんだ」

 ジャンヌは、そうカサンドラに半ば言い渡し、僕に身振りでこの場を去るように促した。

 僕は、黙って、その場を去った。


 バレンシアのホテルの一室に戻ってから、ジャンヌは僕に事情をあらためて明かしてくれた。

「昔と変わっていなければだけど、ユニオン・コルスは秘密主義なの。だから、部外者に内部事情を明かすのはご法度なの。だから、カサンドラが私達にレイモン・コティの名を明かすのは、ご法度破りなの」

「成程な。だから、ああいう態度を執ったのか」

「ええ、本来ならレイモン・コティの名を聞いても、カサンドラは知らん顔しないといけないからね。私が部外者でなければ、ご法度破りにはならないでしょ」

「あの場の理由は分かったが。面倒なことになったな」

「ええ、この処理は難問よ」

 僕とジャンヌは溜息を吐き合った。

 えっ、と驚かれる方もおられるかもしれないので、補足説明すると。

 ジャンヌとユニオン・コルスの大幹部レイモン・コティとの繋がりは、別の旧作でも出ていたことで、主人公やカサンドラが知らなかっただけだったりします。 

 ともかく、「饗宴」がユニオン・コルスの犯罪に噛んでいたことは、主人公の頭を痛めることになります。


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