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第27話 やはりジャンヌしか、と思ってしまいました。 

 いつか僕もジャンヌも涙を流していた。

 それだけ、お互いに恋い焦がれていたのだろう。

 暫くこのままジャンヌと抱き合いたい、とまで僕は想ったが。

 僕達の傍にいたアランが、わざとらしく大きく咳払いをして、僕達を我に返らせた。


 我に返った僕が周囲を見回すと、僕達は周囲の注目の的になっている。

 僕達を見つめる人の中には、土方勇志伯爵までいて。

 僕達は顔を真っ赤に、それこそ完熟トマトのような顔色になって、慌てて身を離したが。

 どうにも気まずい空気が漂った。


 土方伯爵が、それなりに空気を読んで、

「おうおう、まだまだ岸も若いのお。そういえば、まだ40代半ばだったかのお」

 とからかうように言ってくれ、僕もそれにのって、

「ええ、44歳ですから、まだまだ若いです」

 と返したことから、周囲が笑い出し、何とか気まずい空気を少しは消すことが出来た。


 とはいえ、完全には気まずい空気を消し去れはしない。

 僕とジャンヌは、アランと共に少し物陰へと移動した上で、3人で話し合うことにした。


「どうして、ここまで」

 僕の問いかけに、アランが答えた。

「スペイン内戦のための義勇兵呼びかけの話を、士官学校内の噂話で聞きつけまして。義勇兵に自分が何とか参加したい、と教官に相談しました。すると、教官から土方伯爵が総指揮官で、岸大佐も参加する、と自分は聞いている。岸大佐は、君の父上でもあったな、父上に鍛えてもらえ、士官学校は休校扱いにしておいてやる、とまで言われました。それで、来ました」

「そうか」

 僕は短く答えて、暗にジャンヌの言葉を待った。


 ジャンヌはあらためて涙を零しながら言った。

「何人かのいい男性と出逢えて、あなたを諦めて、その人と結婚しよう、と何度も思いました。でも、アランのことを想うと、その人とアランが上手く行くだろうか、と二の足を踏んでしまって。結局、ずっと独身でいました。そして、あなたがイタリアに来て、スペインに赴くと聞いて。どうにも自分の想いを鎮められなくて、アランと来ました」


 僕には、その言葉だけで充分だった。

 僕達は物陰にいたこともあり、改めて暫く抱きしめ合い、お互いの鼓動を感じ合った。

 十二分にお互いに満足した頃、ジャンヌがささやいた。

「私は、まだ39歳ですよ」

「アランの弟妹を作りましょう、とでも言うのかい」

「私はサキュバスですから」

「そうだったな」

 僕は、ジャンヌとささやき合った。


 ジャンヌは、街娼時代、サキュバスと周囲から呼ばれていた。

 それだけ、数々の伝説を娼婦として持っていたからだ。

 例えば、シチリアマフィアの男10人の相手を1人でやり、10人全員が腰が立たなくなったが。

 ジャンヌは、弱い男達だね、もうダメなのかい、私は元気だよ、と嘲笑したので、男全員が怯えて逃げだした、という伝説まで持っていたのだ。


 というか、そんな伝説持ちが、ずっと孤閨を守っていた、というのも信じ難い気がするが。

 ジャンヌ自身が、そう言い張る以上、疑わずにいるべきだろう。

 そんな失礼なことを僕が考えたのを察したのか、ジャンヌはあらためて唇を僕に押し付けてきた。

 その唇の感触を感じた瞬間、ああ、ダメだ、これは堕とされた、と僕は観念した。


 もう、忠子とは仮面夫婦になって長く、忠子が離婚しないのが悪いのだ。

 そもそも自分、夫の子を勝手に堕胎するような妻といられるものか。

 自分勝手な言い訳、と自分でも想わなくも無かったが、そんな想いまで奔ってしまった。


 それから2月近く、僕は訓練の合間を縫っては、ジャンヌと密会した。

 そして、スペインの戦場に「白い国際旅団」の一員として赴く僕とアランを、ジャンヌは見送った。

 ジャンヌは、その際に娘が産まれるかも、と僕に囁いて去った。

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