第24話 子ども達の進学希望
そして、子ども達、特に千恵子の小学校卒業が近づくにつれ、それからの進路について、僕は頭を痛めることになった。
幸恵は悩む必要はほぼ無かった。
それこそ、高等小学校で実学を学んで、後は養親の経営する料亭「村山」を手伝う、と幸恵は言い、養親の村山夫妻も同意し、僕も賛成して、その通りの進路を歩んでいった。
(なお、村山夫妻が営んでいた小料理屋「村山」は、関東大震災の際に建物全壊の被害を受けたのだが、所詮は借家だったので、大きな負債を背負わずに済んだ。
更にこれを機に、小料理屋を経営する内に、貯金が徐々に溜まっていたこともあって、村山夫妻は料亭を開くことにした次第だった。
そして、これまでに培っていた顧客の贔屓も受け、順調に料亭を経営していた)
総司もほぼ悩む必要は無かった。
中学校に進学し、海軍兵学校に入り、その後は海兵隊士官になる、と総司は言っており、これに反対する理由は勿論なかったし、むしろ、僕を含めて家族、親族全員がその進路に賛成していた。
そして、アランもほぼ悩むことは無かった。
フランスでの教育課程を成績優秀で修めていっており、何れはフランスのサン・シール陸軍士官学校に入学するつもりだ、と手紙には書いてくる。
問題は千恵子だった。
千恵子は、高等女学校に行って、更に医師になりたい、と言い出したのだ。
別に千恵子の才能、能力に問題がある訳ではない。
問題はお金だった。
横須賀市立の横須賀高等女学校に通うので、学費に加えて通学費も、そこまでは何とかなるだろうが。
その後、医師になる方法としては。
4人も年の近い子を抱えている僕にとって、学費の確保は頭が痛いどころでは済まない。
もっとも、千恵子が軍医になる、というのなら、半ば裏技が無いわけでもない。
予備役軍医士官養成課程(大学予備士官制度と類似していて、帝国大学医学部や医学専門学校生のいちぶを軍医士官として確保している)を、千恵子が選べばよいのだ。
そうすれば、授業料は無料になるし、事実上の給付型奨学金ももらえる。
(事実上と言うのは、軍医士官としてのお礼奉公をしないと、奨学金返済義務が生じるため)
しかし、この頃の僕の給料等で賄える医学専門学校となると、東京医学専門学校か、昭和医学専門学校の二者択一しかない、といっても過言では無い。
(なお、帝国大学医学部は論外、とても、予科のお金等までは、僕は賄えないのだ)
何とかなるとは思うが、僕にとっては、気が重いどころでは無かった。
史実なら、千恵子の母方伯父、篠田正が相場でぼろ儲けに成功して、結婚はしているものの子どもがいないことから、姪の千恵子の学費等、幾らでも出してやる、と太っ腹なことを言っていたのだが。
この世界では、その相場でのぼろ儲けの元手になった千恵子の養育費の一括払いが無かったので、正は生真面目に働いて、相場師として独立は果たしているものの、そんな太っ腹なことを言えるほどは稼いではおらず、篠田家は中流家庭の体面を、僕からの養育費の支払いもあって、何とか維持している有様だ。
だから、千恵子が医学専門学校に通うのは、財政的には少し高望みが本来は過ぎた。
しかし。
「取りあえずは、高等女学校に行ったら。私の養親にも協力するように頼むわ」
と幸恵が千恵子に言い、
「軍医になればいいよ。そして、お礼奉公を済ませてから、普通の医師になればいい」
と総司も千恵子の背を押した。
こう、異母姉弟が千恵子の背を押す姿を見せられては。
篠田正も、些少ながら支援すると言い、僕の実家の野村の本家も、孫の千恵子のためなら、と支援を申し出る有様となった。
こうなっては岸家も動かざるを得ず、千恵子は医師の道を歩めることになった。
別小説では、千恵子は慶応大に進学しているのでは?
とツッコまれそうなので、補足説明すると。
あの小説では、幸恵やアランは存在しないので、千恵子の進学に(相対的にですが)余裕がある、という事情があるのです。
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