NY探訪編⑲
誰かに肩を揺さぶられる感触がして、徐々に意識が覚醒していく。脳みそがパリパリと静電気を発し、全身に血液が充満していくのを感じていると、頭のすぐそばから声が聞こえた。
「ハルさん、ハルさん、起きてくださいよ」
まどろみにその声を聞いて、ハルは体を動かそうとしたが、自分が思っているよりも体の自由が利かなくて戸惑った。それでもなんとか目を開けると、目の前にはリオンが居て、彼のことを心配そうに見下ろしているのが見えた。
なんでそんなに必死なんだろうかと思いつつ、指先に力を入れるとビリっと電気が走り、驚いていると数秒遅れでどうにかこうにか神経が繋がったような感じがした。
おっかなびっくり上体を起こすも、やけに体が重くて気が滅入る。なんだか何日も眠り続けていたような気分であった。
「ような、じゃなくって実際に何日も目を覚まさなかったんですよ、あなたは」
面白いようにぽきぽき音を立てている体の節々を解していると、リオンが安心半分、心配半分といった表情で教えてくれた。
どういうことだろ? と周囲を見回していみると、室内なのに木々の生い茂っているコンクリートの壁で囲まれた部屋が見え、そこに世界樹の端末と、硬そうなベッドに寝そべっているブリジットとアンナの姿が見えた。
どうやら二人もハルと同じく目覚めたばかりのようでまだ視線が定まらずに呆けた表情をしている。その二人の姿を見つけて、ミュージックホールでの出来事を思い出し、ハルは慌ててリオンに尋ねた。
「ここは!? 俺たちはどうなっちまったんだ?」
「ここは北米の世界樹の遺跡の中です。どうやら僕たちは、このマンハッタン島に辿り着いた直後に、この遺跡のAIプロメテウスに夢を見させられていたようなんですよ」
そう言われても何がなんだか分からないハルがぽかんとしていると、リオンが説明してくれた。
まずはおさらいになるが、ここ北米の世界樹は、天空のリリィとはまったく別系統のシステムとして独立していた。大昔、北米に住んでいた大富豪たちは、滅びゆく世界の中で、自分たちだけの楽園を作ろうと考えた。全人類は救えなくても限られた人数だけなら、まだこの地球の資源を使って快適に暮らしていけると考えたのだ。
彼らは北米の世界樹を乗っ取り、自分たちに都合がいいように改造した。最初のうちはそれで上手くいっていたが、しかし世代が変わると人々は楽園の主導権を争って戦争を始め、コミュニティはあっという間に崩壊してしまった。
北米の世界樹はその時に一度焼失してしまったが……世界樹の遺跡にはちゃんと修復機能があって、数百年後に密かに復活を遂げていたのだ。
さて、復活を遂げた世界樹の管理AIであったプロメテウスは、既に居なくなってしまった金持ちの命令を忠実に守り、再びこの地に楽園を築こうとした。しかし、かつての主人たちが戦争で滅びたことを学習していた彼は、単に同じような都市を作ってもまた同じ事が繰り返されるだろうと予測した。
そこで彼は、現実ではなく、仮想世界の都市を作ることにしたのだ。
仮想世界なら戦争が起きても簡単にリセットが出来るし、人々がそれぞれ別の世界を持てば主導権争いも起こらない。結局、人間は自分の好き勝手に生きたいだけなのだから、その欲望を叶えてやれば、彼らは満足するに違いない。彼はそう考えたのだが……
しかし、人間の欲望を満たすために街を作ろうにも、そこに人間が居ないのだからそんなものが完成するはずがなかった。そもそも欲望がないAIには、どうすれば人間が満足するか、基準が何も無かったからだ。彼は昔の人類の記録からそれっぽい仮想の街を作り上げたが、それが本当にかつての主人たちが求めていたものかどうかは分からなかった。
彼はその基準となる人間を探していた。そしてそんな時、欧州の世界樹の遺跡に但馬がひょっこり現れたわけだ。
「欧州の遺跡で、街作りに協力すると約束したお父さんのことを、AIは自分が作り上げた仮想世界に連れて行ってしまいました。そして彼の記憶から、彼が生まれ育った思い出深いニューヨークの街が生成され、彼は当時の年齢のままそこに配置された。お父さんはその年齢に引っ張られて、自分が夢を見せられているということにも気づかず、その街で生活を始めたようです。
ところで、人間の欲望を叶えようとするAIの目論みは、ちゃんと機能していたんです。ただ、お父さんの望みというのは、幼い頃に死んでしまったお母さんのことを助けたいというものだったらしくて……その彼の記憶から生成された街で、現実には死んでしまった人間を助けることは不可能だったんですよ。そのせいでお父さんは、お母さんと過ごした最後の数日間を、ずーっと繰り返す羽目になってしまっていたようです」
『人間の欲望というものが、時に自己矛盾を抱えていることもあるということを、私は考慮しておりませんでした。今後の課題とさせていただきます』
リオンの説明を聞いて、どこからかそのAIの音声が聞こえてきた。彼は今回の件で得られたフィードバックを元に、また同じことをしようとしているらしい。
「はた迷惑な……」
「そうしてお父さんが仮想世界に閉じ込められているところへ、今度は僕たちがやって来ました。どうやらプロメテウスはそんな僕たちの願いがお父さんに会うことだと判断し、同じ仮想世界に招き入れたようです。要するに、強制的に夢を見させられていたようなんですが……こんな高度な技術が現実に存在するなんて、考えも及びませんでしたからね。僕たちは、そこが現実と思って街をさまよい歩いていたわけです。
でも流石に違和感は拭えなかったから、数日経過したところで僕はあの街は現実ではないと気づきました。そして気づいた段階で街は僕のことを異物と判断し、強制排除したようです。明晰夢に気づいたら何でも有りになってしまいますからね。AIは僕が邪魔だと判断したんでしょう。気がついたらこの遺跡の中に居て、それからはAIと対話しながら、なんとかみんなを起こそうとしてました。
その後、僕が居なくなったことに気づいたエルフちゃんが目を覚まし、日本に本場のラーメンを食べに行こうとしていたリーダーさんが気がつきました。しかし、自分のお母さんのことを助けようとしてるお父さんと、彼のことを強く求めている姫様たちは中々目を覚ましてはくれませんでした。
ただ、そうこうしているうちにその姫様たちがお父さんの願望を叶えてくれて、お陰でドミノ倒しにみんな目覚めることが出来たみたいです。多分、お父さんだけだったら、最悪の場合あのまま一生目が覚めなかったかも知れませんよ。そう考えると本当に来てよかったですね」
リオンはホッと安堵のため息をついている。
一生って……ハルは考えただけでゾッとした。もしもあの時、A列車の意味にアンナが気づいていなかったら、但馬は永久にあの街で苦しみ続けていたかも知れないのだ。あの目も眩むような古代都市を再現したプロメテウスの技術は確かに凄いものだったが、その凄さゆえに野放しにしていてはいけないと彼は思った。
こういうのは、それこそ古代人である但馬が管理すべきだろう。後で彼としっかり話をしなければ……そういえば、その但馬はどこにいるんだろうと思っていると、
「それで、そのお父さんは?」
ハルの代わりにどこか切羽詰まった感じにアンナが尋ねた。その必死な表情で思い出したが、確か目覚める直前に、但馬は母親を助けたことに満足し、自分は消え去ろうとしていたのだ。
ハルはなんとか引き留めようとしたが、但馬の決意は固く、何を言っても届かないようだった。それで諦めかけたが、ただ最後にアンナがギターを掻き鳴らしながら強く説得していたから、もしかして娘のお願いなら聞いてくれたのではないか……
「お父さんでしたら、そこに。まだ目覚めていませんが」
そう思っていたら、リオンがみんな気づいてい無いの? と言わんばかりに、当たり前のように背後を指さした。驚いてその指先を辿ると、そこにはエトルリアの世界樹で見たような生体ポットが置かれてあって、その中で但馬が眠っていた。






