NY探訪編⑭
アンナたちがロックバーで演奏するようになってから結構な日々が過ぎた。最初は全然だった客入りも、黙っていてもチケットが捌けるくらいになり、今では二人は店の看板と呼べるくらいの存在になっていた。
収入に余裕が出来たお陰か、シオンも夜の仕事は控えて今は曲作りに専念しており、みんなバラバラだった生活リズムも一緒になってきて、最近は親子三人で食卓を囲む機会も増えてきた。それまでずっと一人遊びを余儀なくされてきた小さなハリーは、本当に嬉しそうである。
アンナとシオンは朝は新曲のアイディアを出し合い、午後にはデモテープや動画を作り、夕方頃に店に向かうという生活を送っていた。最近ではハリーもついてきて、オーナーは託児所じゃないんだからとぶつくさ言っていたが、別に追い出されることもなく、事情を知っている常連客や他のバンドメンバーに可愛がられて楽しそうにしていた。
もちろん、アンナの原点となった路上ライブも続けており、祝日の特に人が多い時間帯を狙ってタイムズ・スクエアへ通っていた。そこそこ有名になったお陰か、いつもの街灯で待っていてくれるファンも増え、たまにSNSでバズったりして、二人のチャンネルもそこそこ視聴者が増えてきていた。
そんな感じでアンナも一端のニューヨーカーとして充実した日々を送っているある日のことだった。
「オーディション番組??」
店に芸能プロダクション関係者を名乗る人物が来て、閉店後に話がしたいと言ってきた。仲良くなった他のバンドメンバーが興奮気味に、きっとスカウトだと言ったのをファンに聞かれたらしくて、結構な騒ぎになってしまった。店のスタッフが必死に客を追い出した後、ようやく話を聞くことが出来たが、
「The Next Superstar、通称TNSというオーディション番組をご存知でしょうか? 音楽に限らずダンスやマジック、出演者があらゆるパフォーマンスを披露し、審査員と観客投票で優劣を競い合い、優勝者には晴れて全米デビューが約束されるという、夢のような番組です」
「もちろん知ってます! 今やビルボードの常連のアーティストなんかも発掘しているあの番組ですよね?」
アンナは知らなかったが、普段はクールなシオンが前のめりになっているのを見ると、かなり有名な番組のようだ。スカウトは頷いて、
「番組の出演資格に全米各地のプロデューサーによる一般選考というものがあるのですが、うちのプロデューサーがあなた達のことを強く押しておりまして、もしよろしければ我が社のタレント候補として出演してみませんか?」
そう言ってスカウトが差し出してきた名刺にはT-プロダクションと書かれてあった。それを見るなり、アンナはあれ? っと目を見開いた。シオンがどうしたの? と尋ねてきたので、
「ほら、この間の夜、店に知り合いが訪ねてきたじゃない」
ハルとの関係性は説明が難しいので曖昧にしていたのだが、アンナは親代わりみたいな人が自分のことを連れ戻しに来たのだと説明しつつ、その時に貰った名刺を彼女に見せた。そこにもT-プロダクションのロゴがプリントされており、
「そう言えば今はプロダクションで働いてて、私たちの評判を聞いて見に来たんだって言ってた。帰り際に応援してくれるとも言ってたんだけど……」
「そうなんだ、凄いじゃない! 私なんて誰からも応援してもらえなかったわよ。今でも実家とは音信不通」
シオンの顔は少し翳って見えたが、彼女はすぐに気を取り直すようにブルブルと首を振ると笑顔を向けて、
「アンナのお父さんの紹介なら間違いないわね。こんないい話、早々ないんだから、前向きに検討しましょう」
シオンは大分乗り気のようである。アンナはよく分からなかったが、せっかくハルが推薦してくれたのだしと思い、その話に乗ることにした。
***
とりあえずその日は顔見せだけで終わり、後日改めて話し合いがもたれ、二人はプロダクション所属アーティストとして契約を結ぶことになった。
アメリカは物凄い訴訟社会だから契約もまた面倒くさくて、二人は出演時のギャラの取り分やら楽曲の著作権料やら使用料やらありとあらゆる取り決めを事前に取り交わす必要があり、文字がやたら小さくて分厚い契約書を渡されて白目を剥いた。デビュー前に挫折しかけたが、難しいことはプロダクションお抱えの弁護士がやってくれると言うので一任し、その代わりに指が痛くなるくらい大量の紙にサインさせられる羽目になった。
苦行のようにひたすらペンを走らせた後はご褒美が待っていて、店に帰ると既に二人のデビューの噂はファンの間に知れ渡っており、彼女らは店に集まるすべての人から祝福の言葉をいただいた。オーナーもわざわざ二人のために時間を作ってくれて即席の祝勝会が開催され、店の常連客やファン、今や友達になった他バンドのメンバーたちと楽しい時間を過ごした。
事務所所属のアーティストとなったことで、給料が貰えるようになった代わりに、暫くの間、店での演奏は休まざるを得なくなり、その間、二人はデビューに向けて新たな楽曲作りに勤しむことにした。ギャラはちゃんと入金され、家賃の支払いに追われなくなったシオンは大分張り切っていて、ハイペースで次々と新曲を作っては事務所にせっせと送っていた。
シオンの創作意欲は無限に湧き出る泉のようで、アンナは圧倒されてしまった。彼女と違い自分に作曲の才能はないと思ったアンナは、それなら自分は演奏に磨きをかけようとして、この時期は毎日のようにタイムズ・スクエアへ繰り出し、雑踏に揉まれながら武者修行をしていた。
相変わらずこの街の住人は辛口で、ちょっとでも寒い演奏をしようものなら、すぐにそっぽを向かれてしまう。ファンはついたがそれで満足してたら、本番は話にならないだろう。相方の足を引っ張らないよう、集中力を研ぎ澄ませ、一人でも多くの通行人の足を止めてやろうと、彼女は必死に技を磨いた。
そんな日々の中で、最も面倒くさかったのは、番組の編成に関わるから、出演は決まっていてもそれを誰にも話してはいけないことだった。デビューが決まったのにファンに伝えられないのは結構苦痛で、仮に番組の収録日が来ても、そこに彼女らのファンは一人もいないのだ。これじゃ何のためにデビューするのか分からなくなるので、出来ればファンにも教えてあげたかったが、これもサラリーマンの勤めなのだと自分に言い聞かせ、ぐっと我慢するより他無かった。
でも結局、この誰にも話せないという制約が、全ての元凶だったのだ。
事務所に所属してから数日が経過し、いよいよオーディション番組の収録日が近づいてきた。ところが直前になってもテレビ局からも事務所からも打ち合わせの連絡がなく、良いのかな? と思っているうちに、ついに本番当日がやって来てしまった。
人気番組だから一般客を入れた公開収録で、日付はだいぶ前から決まっていた。出演者だけは当日のサプライズだから告知されていなかったが、流石におかしいと思った二人はプロダクションに確認を求めたが、事務員たちは何も分からないと話にならず、こうなれば直接乗り込んでしまおうと会場へと向かった。
会場となったミュージックホールには、開場前から既に人だかりが出来ていて、警備員が交通整理をしていた。二人は関係者用出入り口を探して、自分たちも出演者だと掛け合ったのだが、警備員たちは聞いていないと通してはくれず、それ以上どうすることも出来なくなってしまった。
事務所に電話をしても相変わらず何もわからないの一点張りで、事情を知ってそうなプロデューサーなら既に会場に入っていると言うので、二人はそのプロデューサーをとっ捕まえようと、観客の列に混じって中へ入ることに決めた。
チケットがあれば並ばずに済んだのだが、当日券では空きが出なければ中に入ることが出来ず、そうして並んでいるうちに番組の収録が始まってしまい、中から歓声が漏れ聞こえてくると、二人のイライラは頂点に達した。
それでも辛抱強く待ち続けていたら、収録が半分くらい終わったところで、お目当てのアーティストが敗退したかなにかで、大量の観客が外に出てきた。そのお陰でようやく中に入ることが出来たが、目的のプロデューサーがまだいるかどうかは分からなかった。シオンは関係者を捕まえてその行方を追おうとしたが……
と、その時、会場のロビーに入った瞬間、アンナが急に足を止めた。急いでるのに何してるんだと、シオンがイライラしながら聞いてみると、彼女はロビーに吊り下げられたパネルを指さしながら、
「なんか、知ってる人が出てる」
と、ポカンとした表情でそうこぼした。その指先を辿ってみれば、そこには今日の出演者たちのパネルがデカデカと飾られていて、そのうちの1つに金髪女性の姿が写っていた。出演者名の欄には『ブリジット・ゲール』と書かれていて、そしてその下には『T-プロダクション』と、二人の事務所の名前があった。
「あいつのせいかっ!」
シオンはそれを見るなり、自分たちの代わりに彼女が出演することになって、それで約束が反故にされたんだと考えた。だが、それがアンナの知り合いだと考えると、何かもっと別のおかしな力が働いているような感じもしてきた。
「どうして、アンナの知り合いが私たちの代わりに番組に出てるわけ?」
「わからない。聞いてみるしかないけど……」
「……まだパネルが飾ってあるってことは、勝ち抜いているみたいね。プロデューサーをとっ捕まえるためにも、彼女の出番を待ってそれから楽屋に向かいましょう」
そして二人は重い扉を押し開いてホールの中へと入っていった。
と、ちょうどその時、目的のブリジットのパフォーマンスが始まろうとしており、満員の観客席から物凄い歓声が轟いた。200年もの伝統を誇るコンサートホールの丸いドームに反響して、その歓声はうねりとなって伝わってきた。まだデビューしたてにも関わらず、既に彼女は会場に集まった観客全てを虜にしていた。
凄いカリスマ性だ……驚いていると、客席が静まるのを待っていた司会者が一向に落ち着かないのに諦め、がなり立てるような声で彼女の曲紹介を始めた。
「さあ! みんなお待ちかね、ブリジット・ゲールの次のパフォーマンスは彼女のオリジナル曲『ヘブンズゲート』だ。彼女の素晴らしいダンスと共に楽しんでくれ。ミュージックスタート!」
司会者がステージの下手に掃けていくと同時に、会場は一瞬暗闇に包まれたかと思うと、ドンと地響きみたいな爆音が鳴り響いて、彼女のパフォーマンスが始まった。
キーンとする耳鳴りがようやく収まると、そこに溢れんばかりのスポットライトを浴びたブリジットが踊っていた。
ステージ上のスクリーンに映し出された彼女は、ヘッドセットのマイクで歌いつつ、艶めかしい表情をカメラ目線に向けながらダンスを踊っている。そのダンスは遠目にも物凄いもので、どうやったら人間にあんな動きが出来るのだろうかと目を疑うようなものだった。
みんな彼女のそのダンスに夢中で、観客たちはまるで昔からのファンみたいにブリジットの名前を連呼しながら飛び跳ねていた。その観客たちが飛び跳ねる音が演奏のドラムと重なって、地震みたいに会場全体が揺れ動いている。その大迫力に二人は圧倒されたが……
しかし、本当に驚いていたのはダンスの方ではなく、彼女が歌ってる歌の方だった。
何故ならそれは、二人には馴染み深いものだったからだ。ヘブンズゲートと名付けられたその曲は、ロックバーのオーディションでも演った二人のオリジナル曲で、店でもいつも演奏している定番の曲だった。客なら誰でも知ってる曲で、動画投稿サイトにもアップロードしているものだったが……
問題はたった今、『ブリジット・ゲールのオリジナル曲』と紹介されていたことだった。ブリジットは二人の曲を、二人とは違うアレンジで、違う声で歌っている。そしてそれを自分のオリジナルと主張しているのだ。自分たちと同じプロダクションに所属している彼女が。
「嘘でしょ……? 信じらんない! どうしてこんなことが許されるの!?」
憤った二人がステージに駆け寄ろうとすると、それに気づいたガードマンたちが立ちはだかった。二人は制止されて、観客たちの迷惑そうな視線を浴びながら、通路に抑え込まれてしまった。
やがてパフォーマンスを終えたブリジットが万雷の拍手を浴びている中、司会者が出てきて彼女を絶賛し始めた。
「いやあー、既に貫禄すら感じられる圧巻のパフォーマンス! ブリジット・ゲールでした! なにやら興奮したファンが飛び出してきちゃったみたいですけど、みなさん、もう一度拍手を!」
司会者が通路のアンナたちを指さしながらそう言うと、観客の嘲笑にも似た笑い声とともに拍手が起きた。司会者はその拍手が収まるのを待ってから今度は舞台袖の方を指差すと、
「ここで彼女に朗報だ。彼女という才能を発掘してくれたプロデューサーが応援に駆けつけてくれた。彼女の楽曲は全て彼が手掛けているものだそうです。但馬波瑠さん、どうぞ!」
司会者の紹介と観客の拍手に迎えられて、舞台の上に但馬が現れた。アンナはその姿を見て、ブリジットを見た時以上に驚いた。
まさか、欧州の世界樹で消えてしまった父がこんなところに現れるとは……
それどころか、彼が自分たちの楽曲を盗用したプロデューサーだったなんて……
何が起きているのか、わけが分からない! ただ1つ分かっていることは、こんなことは絶対許されないことだった。
「このっ! 離せっ! 離せっ!」
怒り心頭のアンナが再び暴れ出すと、その物凄い抵抗っぷりにガードマンたちもたじろいだ。彼女はガードマンを押しのけるように立ち上がると、舞台の上をキッと睨みつけたが、
「……もういいよ、アンナ。あれは私が彼にあげたんだ……」
ところが、その時、興奮する彼女の耳にシオンのそんな弱気な声が聞こえてきた。相方がまさかそんなことを言い出すとは思わず、意表を突かれたアンナが驚いて振り返ると、そこには今までに見たこと無いほど真っ青な顔をしたシオンが、懇願するような瞳でこっちを見ていた。
「番組の邪魔をしちゃいけないわ。帰りましょう」
彼女はそう言うと、抑えつけていたガードマンを振りほどいて背中を向けた。
「はあ!? 良いわけ無いじゃない! あんた何を言ってるのよ」
アンナはそんな彼女に向かって叫んだが、シオンは振り返ることも、目を合わせることもなく入ってきたドアを押し開けて、無言で外へ出ていってしまった。一人取り残されてしまったアンナは状況が理解できずに固まっていたが、その時、会場から歓声が上がって、ブリジットと但馬が拍手に送られ舞台袖へと消えていった。
彼女はシオンを追いかけるべきか悩んだが、結局、彼らがなんのつもりでこんな真似をしたのか、怒りのほうが勝り、ガードマンたちを振りほどくと、ブリジットたちの楽屋を目指して駆け出した。






