表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
玉葱とクラリオン  作者: 水月一人
グレートジャーニー(玉葱とクラリオン after story)
408/418

NY探訪編⑩

 アンナとシオンのコンビはそれからも曲を作り続けて、気がつけば結構な数が出来上がってきた。アンナの演奏も初期と比べれば大分(こな)れてきて、こうなってくるとそろそろどこかで曲を披露したいという誘惑に駆られた。でもアンナはどうすればいいのか分からなくて困っていると、


「ライブハウス?」

「そう。こっちではロックバーってのが普通だけど。ステージを貸してくれる小屋があって、お客さんはそこでお酒を飲みながら、インディーズのバンド演奏を聞いたり出来るのよ。私たちも、まずはそこに出るのを目標にしましょう」

「路上ライブじゃ駄目なの? 町はいつも人でいっぱいじゃない」


 この街に来たばかりの日の、タイムズ・スクエアの光景を思い出しながら言うと、


「そこに集まってくる人たちは、元々音楽を聞きに来ているわけじゃないでしょう。立ち止まってくれても、後が続かないのよ。その点、ライブハウスなら最初から音楽目当てに来る客が多いし、業界関係者もいるから、パイプ作りするにはこっちがいいのよ」

「ふーん……よく分からないけど、任せるわ」

「なら、オーディションでやる曲を決めましょ。出来るだけキャッチーなのがいいわ」

「オーディション? そんな面倒なことが必要なの?」

「あっちだって商売なんだから、客を呼べないバンドを出演させる意味なんてないじゃない。店とバンドは持ちつ持たれつ。実力を見せなきゃステージに上がらせてくれないわよ」

「そうなんだ」


 アンナは正直面倒臭いと思ったが、あの晩、親子のためになんでもやろうと決めたのだし、ここは文句を言わずに頑張ろうと頷いた。


「それじゃ衣装合わせもしたほうがいいわね。あんた見てくれは良いんだから、これを機会にお化粧も覚えましょう」

「ええっ? ギターを弾くだけじゃ駄目なの?」

「もちろん、あんたのギターが頼りよ。でも、使える手はなんでも打っておいたほうがいいわ。出演しても誰にも見てもらえなきゃ意味がないじゃない。ステージは目立ってなんぼなのよ」


 シオンはそう言うと、どこに隠し持っていたのか、手持ちの衣装を次々とアンナに着せたり、椅子にガッチリ固定した彼女を好き勝手メイクし始めた。まるで夢中になって着せ替え人形で遊ぶ少女みたいで、アンナは嵐が過ぎ去るのを耐えるより他になかった。


 その後、シオンが知り合いの伝手を頼って入り込めそうなロックバーを見つけ、オーディションの段取りをつけてきた。店はハーレム地区にあるそこそこ名の知れた老舗で、アンナはそういえば元々この街に辿り着いたのは、A列車のメロディーが切っ掛けだったと思い出して、なんだか感慨深くなった。


 因みにあれだけ玩具にされたにも係わらず、オーディション当日はいつもの服のままステージに上り、店のオーナーという高齢の綺麗な女性の前で演奏をすることになった。まだ営業前だと言うのに店には既に数人の客が入っており、ステージに背を向けてカウンターバーで酒を飲んでいた。


 年配客たちが吐き出す紫煙で店内は白く煙っており、空気の悪いフロアの中央にパイプ椅子を置いたオーナーがでんと構え、アンナとシオンをステージの真ん前から睨みつけるように座っている。こんな中でやるのかとプレッシャーを感じながらセッティングを終えると、シオンがコンビ名と曲名を宣言して演奏が始まった。


「ハルシオンです。ヘブンズゲートって曲をやります」


 演奏が始まってもカウンターバーの客たちはステージに背を向けて、バーテンと会話を続けていた。あの客は何なんだろうと思いつつ、ギターに意識を集中すると、アンナはもう周囲のことは考えずに自分の演奏だけに耳を傾けた。


 頭の中にはこの街に来てから初めて触れた音楽たちが鳴り響いていた。レッド・ツェッペリン、ジミ・ヘンドリクス、そんな宝物みたいな記憶たちを自分の音楽に昇華した彼女は、街に来た頃とはまるで別人というくらいに演奏が変わっていた。でもまだまだ旅の途中なのだ。自分の理想はもっと先にあるのだ。


 そんな事を考えながら一心不乱にギターを奏でていると、いつの間にか曲はクライマックスを迎えていた。あと数フレーズで終わってしまう。もう少し続けていたかったなと、ふと目をやると、さっきまで背を向けていたカウンターの客たちがこっちを見ていることに気がついた。


 曲が終わるとそのカウンターからやる気のない拍手がパチパチ起こり、彼らはまたすぐにバーテン相手に管を巻き始めた。感じが悪いわけじゃなく、居る意味がわからない。あれは何なんだろう? と思っていると、腕組みをしたままずっと難しい顔をしていたオーナーの顔が上がり、


「いいんじゃない。ギターは荒削りだけど勢いを感じる。でもまだ自分の音に集中するあまり、周りが見えていない感じね。もっと周囲を見回すくらいの余裕がないと、客が置いてけぼりを食らうわよ。気をつけなさい」


 なんか寸評されている。どう返事していいか分からず、ぺこりと頭を下げると、オーナーはシオンの方へ向き直り、


「あんたがまだ音楽を続けてくれていて安心したわ。あまり心配はしてなかったけど、力は衰えていないようね。でも、前と比べて声が出にくくなってるんじゃない? 喉は生活習慣の影響をすぐ受けるから、不摂生してないで規則正しい生活を心がけなさい」

「……気をつけます」

「でもまあ、うん、わかったわ。箱は貸してあげるから、頑張んなさい」


 オーナーはそう言うと席を立ってスタスタとどこかへ去っていってしまった。シオンがありがとうございますと頭を下げると、カウンターの男たちがビール瓶を掲げて祝福をしてくれた。結局、彼らが何者なのかは分からなかったが、審査員みたいなものだったんだろうか。本番でもああいう客はいるだろうから、その雰囲気に近づけていたのかも知れない。


 ぼんやりしているとシオンが満面に笑みを浮かべて近づいてきて、いきなり手を挙げた。ハイタッチだと気づくまで数秒掛かったが、アンナは慌てて手を重ねると、


「……上手くいったの?」

「そうよ。オーナーもそう言ってたじゃない」

「そうなんだ。良かった」


 アンナはホッとため息を吐くと、


「ところで、コンビ名なんていつ決めたの? 初耳なんだけど」

「ここに来てから必要だって気づいたのよ。勝手に決めちゃったのは悪かったけど、でも、いい名前でしょ?」


 シオンはいたずらが見つかった子供みたいに上目遣いに聞いてくる。アンナは彼女に向かって頷くと、野に揺れる白い花(ハルジオン)を想像しながら、


「そうね。名もない小さな雑草だけど、なのにとても印象深い、春を告げる花って感じがして私も好きよ」


 するとシオンは暫くの間ぽかんとしてから、急に腹を抱えて笑いだして、


「あっはっはっはっは……そっちかあ。いいね。私も好きよ」

「何がおかしいのよ」

「あんたにはそのまま真っすぐ育ってほしいわ」

「なんか上から目線でやな感じね」


 アンナがふんとそっぽを向くと、シオンはゴメンと頭を下げて苦笑しながら、


「ごめんごめん。なにはともあれ、これが私たちの第一歩ね。最初はチケットノルマが苦しいと思うけど、黙っててもお客を呼べるようになるまで頑張りましょう」

「チケットノルマって?」


 シオンはそんなことも知らないの? と言いたげに、


「つまり、このステージで演奏するのに必要なショバ代のことよ」

「ライブをするのにこっちがお金を払うの?」

「考えてちょうだい。私たちみたいな無名の新人に場所を貸しても、店にうま味なんて何も無いでしょう。だから最低限の売上確保のために、チャージ料が必要なのよ。私たちはそれを、自分たちで売ったチケットの料金から支払う。逆に、ノルマ以上にチケットが売れればそれは自分たちのものだから、ある意味良心的よ」


 結局のところ、自分で稼げないやつはここのステージに立つ資格はないということだ。そう言われれば、なんだかそんな気もしてくる。問題は、アンナにはチケットを売れるような当てがまったくないことだったが、


「そんなの簡単よ。あんたにはギターがあるじゃない」


 寧ろ自分の方が大変だと、シオンはやれやれと首を振ってみせた。

 

***


 そしてアンナはタイムズ・スクエアに帰ってきた。この街に初めてやって来たあの日、警察から逃げて辿り着いたその広場は、世界で最も有名な交差点だった。


 そんな事とはつゆ知らずに、路銀を稼ごうとして誰からも見向きもされず、自分の実力不足を痛感させられた場所でもあった。


 あの時、食べたかったマクドナルドのハンバーガーは、大道芸で稼いだお金で食べることが出来たが、思った以上に美味しくてびっくりした。値段も割とリーズナブルで、また食べようと決めたが、出来れば今度は大道芸ではなく、ちゃんとギターで稼いだお金で買おうと思って、その機会はまだ巡ってきていなかった。


 ここへはあれから何度か訪れていたのだが、やはりあの時、誰からも見向きもされなかったことが、思った以上にトラウマになっていたのだ。


 また見向きもされなかったらどうしよう。そしたら立ち直れないから、もう一回練習をしてからにしよう、出来ればもう少し……もうちょっと……と伸ばしているうちに、気がつけば今になってしまっていた。


 でももう逃げてばかりも居られないだろう。これからステージに上がろうというのに、いつまでも人目を怖がっているわけにもいかない。それに今はチケットを売らなければならないという制約もあった。それにはシオンの言う通り、ギターを弾くのが一番手っ取り早いだろう。


 広場は以前に来たとき同様、人でごった返していた。あの時に見た半裸のパフォーマーや蜘蛛男のコスプレも健在で、もしかしてここに住んでるんだろうか? と首を傾げたくなった。謎の赤い階段でセルフィーを撮る観光客も相変わらずで、まるで時が止まっているかのようだった。


 因みにあの時に見た板切れがスマホであることは既に知っており、実はアンナも一台手に入れていた。一緒に暮らし始めてから、何かあったら連絡してこいと、シオンに渡されていたのだ。凄い高級品だと思っていたが、意外とピンキリあるらしい。


 そんな観光客を横目に見ながら、アンナはあの時と同じ街灯のところまで歩いてきた。アドバイスしてくれたホームレスのパフォーマー(?)は居なかったが、今日は代わりに別の人がジャグリングをしていた。


 アンナは以前と同じように、その隣に腰掛けると、ケースからギターを取り出した。前回は何も言わずに弾き始めたが、今回は近いうちにライブがあること、そのチケットを買って欲しいと書いたスケッチブックを開いて、ロックバーのちらしと一緒にケースに並べてから、彼女は深呼吸を1つすると、いざ弾き始めた。


 彼女がギターを爪弾き始めるや道行く人々が足を止めて聴き始めた。実は前回もここまでは一緒だった。意外とこの街の人は聴いてはくれる。でもそれだけで、演奏が悪ければ1分も経たずに興味を失い、あっという間に通り過ぎてしまう。だからこの人垣を維持するために、繋ぎ止める何かが欲しかった。


 アンナはネックを立てるようにギターを振り上げると、少しでも遠くの人まで音が届くように掻き鳴らした。ジミー・ペイジ、ジミ・ヘンドリックス、ジェフ・ベック、そしてエリック・クラプトン、この街に来て初めて知った先人たちのことを思い出し、必死に自分のギターを重ね合わせた。


 それはこの街に来たばかりの頃とは明らかに違う力強いロックで、今の自分に出来る精一杯の演奏だったが、それが人を繋ぎ止められる程のものかどうかは、彼女にはまだ分からなかった。だから失敗を恐れてこの場所に帰ってくるのをずっと先延ばしにしていたわけだが……


 しかし賽は投げられた。後は信じてがむしゃらに突き進むしかない。彼女は自分にそう言い聞かせて、研ぎ澄まされた神経で、自分の音をひたすら追い求め続けた。


 と、その時、人垣の中から一人の少女が不意に背を向けて歩き出した。


 アンナは視界の隅にそれを捉えて、まだ駄目だったかと落胆しかけた。


 しかし、それは早合点で、後ろを向いた少女は人垣の外で待っている両親のところへ駆けていくと、父親から何かを受け取って、また人垣を泳ぐようにくぐり抜けてきて戻ってきて……


 そしてその少女はギターケースの中に、一枚のコインをぽんと投げ入れた。ケネディコイン、ハーフダラー、50セント。色んな呼び方があるが、子供の小遣いにも満たないようなそのコインが、この街でアンナが初めてギターで手に入れたお金になった。


「ありがとう」


 それを見た瞬間、自分でも信じられないくらい大きな声が出て、アンナは自然と笑みを浮かべていた。少女はそんな彼女にバイバイと手を振ると、両親と手を繋いで去っていった。


 それを皮切りに他の観客もコインや紙幣を投げ入れ始め、それに釣られるように人垣も少しずつ大きくなっていった。アンナは自分の演奏を聴いてくれた一人ひとりに、ありがとうありがとうと声を掛けては、少しでもいい音を届けようとギターを掻き鳴らし続けた。


 彼女はギターを弾きながら、道行く人々の顔をようやく落ち着いて観察出来るようになってきた。


 目をつぶってウンウンと首を振りながら聞いている人や、スマホを向けて撮影する人、二人腕を組んでうっとりと傾聴している恋人たちや、友達にこっちだよと手を振る異国の青年たち、そんな様々な国や背景の人々が、アンナの音楽で今一つになっていた。


 そうやって様々な人々の顔を見ていたら、彼らが生きてきたそのエピソードまでもが見えてくるように感じられた。ここにいる人々はただ通り過ぎるだけの背景なんかじゃなく、一人ひとりに生活があって、誰一人として同じ人などいないのだ。もちろん、自分も。


 物心がついたときからギターを弾き続けてきたけれど、今この瞬間ほど楽しいと思えたことは一度もなかった。そう考えると突然周囲の風景が輝き出し、街の隅々が原色のようにくっきりと見えてくるようになった。その景色がまるで自分に笑いかけているみたいに思えて、アンナは自分もようやくこの街に受け入れて貰えたんだなと、そう思えるようになってきた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
玉葱とクラリオン・第二巻
玉葱とクラリオン第二巻、発売中。
itl6byczajqx8t5qdcsm2gli27vh_1cx0_xc_ir_62cr.png
漫画版もよろしく!
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ