NY探訪編⑦
但馬らしき人物がいる、という情報を得てやって来たチャリティーイベントで、ブリジットは急遽バックダンサーとしてステージに上ることになってしまった。普通に考えれば無茶ぶりとしか思えなかったが、しかし持ち前の運動神経と、幼い頃から国民の注目を浴びて育ったカリスマ性がいい方向へ働いたせいか、イベントは彼女のお陰で思った以上に盛り上がったようだった。
偽但馬の用意したチャリティーイベントは、この街でそこそこ人気のあるアーティストたちが集い、彼が用意したステージで順番に歌うという、至極簡素なものだった。裏を返せば、打ち合わせもリハーサルも殆どない代わりに出演料も安く済むという世知辛いものだったが、その集められたアーティストのパフォーマンスを盛り上げるためにバックダンサーを務めたり、ステージの合間の場を温めるのが、彼女らに与えられた役目であった。
元々、そのバックダンサーは男性だけで構成されており、主に通行人の目を引くために、ダイナミックで見栄えがする激しいダンスで観客を楽しませるのが狙いだったのだが、そんな中に紅一点で、しかもやけに小っちゃな白人女性のブリジットは凄く目立った。
それだけに留まらず、彼女はそんな体躯でも周りの巨漢に引けを取らないダンスを披露し、場合によっては彼らのお株を奪ってしまった。人々は、体は小さいのに、ともすると周りの男たちよりもずっと大きく見える彼女のダンスに魅了された。彼女はとにかく姿勢が良くて、機敏に動くさまはとても優雅に見え、そして何より笑顔が美しかった。
そうやって注目を浴びても、元々王族として公の場に出ることに慣れていた彼女は物怖じすることもなく、ハツラツとして明るい彼女の美貌と、あとおっぱいは、衆目を関心を嫌でも惹きつけた。気がつけば本来の出演者を押しのけて話題を掻っ攫っていて、会場は彼女のことでもちきりとなっていた。
その間、偽但馬は今日のために各地から集まってきたプロダクション関係者からの問い合わせを軽く受け流しながら、ステージで注目を浴びているブリジットを見てほくそ笑んでいた。ほんのちょっと脅しつけて、軽くおっぱいでも触らせて貰うつもりが、思わぬ拾い物をしたかも知れない。こんな短時間で辛口で有名なニューヨーカーの興味を惹くほどのスター性は、早々見つかるものじゃない。
「いや~! 君ならやってくれると信じていたよ、ブリジット君!!」
チャリティーイベントが終わると、ただのバックダンサーにも係わらず、出演者たちに囲まれているブリジットの下へ、揉み手しながら偽但馬が現れた。
「僕の、大切なスタッフが、君に、怪我をさせられた時はどうなることかと思ったが、お陰様でイベントは大成功だよ! チャリティー金額も想定を上回るほどの収益だ」
偽但馬は特に前半の方を強調しながら近づいてくると、煙たい顔を向けている他の出演者たちを押しのけ、ブリジットの手を握り、
「今日は本当にありがとう。ところで物は相談なんだが……君はこのままうちの所属アーティストとして活動していく気はないだろうか。もし、そうしてくれるなら、今日の暴力事件には目を瞑るし、もちろんギャラだって支払おう。9対1、いや8対2……ええい、7対3でも構わない! どうだろうか?」
もちろんその割合は偽但馬の方が多いんだろうが……それはともかく、ブリジットは首を振ると、
「申し訳ありません。私のことを買ってくださるのは嬉しいのですが、私には他にやらなければならないことがありまして」
そもそも、ここに来たのは行方不明になった但馬を探すという目的があったからだった。眼の前の偽但馬が別人であると分かった以上、もうここに留まる理由はない。彼女は辞退しようと思ったが、
「なに!? それは困るよ! じゃあ目を瞑るのはやっぱなし! 警察に訴えちゃうし、損害賠償請求もしちゃうんだからね!」
偽但馬は金の卵を生むガチョウを逃すまいと無茶苦茶なことを言っている。しかしそんなことを言われても受ける気がないブリジットが、弱ったぞと頭を抱えていると、
「姫様、姫様……」
その声に振り返ると、イベント会場の端っこの方でリオンとハルが手招きしていた。ブリジットはちょっとタイムと席を外すと二人の方へ近づいていき、
「どうしましたか?」
「あの提案ですけど、今は乗っておいた方が良いと思います」
「え!? どうしてそう思うんです?」
ブリジットが目をパチクリしながら聞き返すと、リオンは彼の方を見ながら、
「あの下品な男がお父さんと別人なのは、もう間違いないでしょうけど、それにしたっていくらなんでも似すぎていますよ。おまけに但馬波瑠を名乗っている以上、彼がまったく何の関係もないとは思えません。なので、他に何の手掛かりもないうちは、彼との繋がりを絶ってしまうのは得策ではないかと」
「なるほど、そうですねえ……ああ見えて、先生じゃないという保証もありませんしね」
「細い糸を繋いでおくためにも、今は彼のお世話になっておくのがいいと思います。どっちにしろ、僕達にこの街の伝手はないんですから、いつまでも教会のご厄介になるよりはマシかも知れませんしね」
「ふむ……わかりました」
要は自分がアーティストの真似事をしていれば、みんながこの街の生活基盤も得られて一石二鳥と言うわけである。ブリジットはポジティブに考えると、偽但馬の提案を受け入れることにした。
***
ブリジットが考え直してくれたことに気を良くした偽但馬は、彼女が心変わりをしないうちに、さっさと契約を結ぶことにした。
セントラルパークのほど近くにある但馬タワーと呼ばれる成金趣味なビルにつれてこられたブリジットは、その豪華さに驚いているうちに強引に契約を結ばされそうになったが、その点はリオンが気を利かせてしっかり約款を読み、不適切な部分をちゃんと修正させて事なきを得た。
偽但馬は終始、不愉快そうな目つきでリオンのことを睨みつけていたが……
なにはともあれ、こうして偽但馬の事務所の正式な所属アーティストなったブリジットは、翌日すぐデビューに向けてレッスンが始まった。但馬タワーの中にあるスタジオで、事務所お抱えのトレーナーの手ほどきを受けた彼女は、その身体能力の高さでプロの振付師を驚愕させたが、ところが、そうしてレッスンを続けていくうちに、思いがけない弱点も露呈することとなった。
抜群のスタイルと目を瞠るようなダンス能力、いくつになっても愛らしい子供のような顔立ちは、まさに天性のアイドル! と絶賛を受けていた彼女の評判は、歌のレッスンが始まった瞬間に地に落ちた。これだけ他の能力がずば抜けていれば、普通なら多少音痴でも目をつぶってくれたろうが、なんというか、彼女は歌に関してだけは壊滅的に悲惨だったのだ。
ブリジットが歌い出すと、壊れていないはずのマイクがハウリングし始め、スピーカーの音は割れ、プレイヤーが煙を吐いた。慌ててアカペラで歌わせてみたら、あれだけダンスが上手にも係わらず音程を外しまくり、リズム感もまるでばらばらで、裏声を出そうとすると潰れたカエルみたいに、グゲッと奇妙な音を立てた。
そのあまりの下手さに、手ほどきしていたトレーナーも、「こんなど下手くそ初めてよ!」とさじを投げ、先程までの歓迎ムードは一転してお通夜みたいになってしまった。
このままでは、偽但馬と誼を通じておくという目論みが破綻してしまうと、ハルとリオンは焦ったが……
「どうしようもなく下手くそだな……だが、まあいい。それくらいなんとかなるだろう」
ところが偽但馬の方は、全然意に介していないように見えた。
「え? ホントに、いいんですか……?」
あれだけ欲望丸出しで、自分の快楽にストレートな彼が、この惨状を前に慌てることなくドンと構えている姿が意外で、ハルが聞き返すと、
「人間、誰しも欠点の1つや2つはあるものだ。彼女は他がずば抜けてるんだから、1つくらい駄目なところがあったほうが、愛嬌があるってもんだろう。それに歌と比べて、ダンスは運動神経がなければどうにもならない。スタイルは生まれついてのものだし、なんなら顔だって工事出来るが、その点、彼女は直すところが1つもない。最高じゃないか」
「はあ……でも、ダンスだけで歌を歌えないアーティストって致命的ではないですか? あんま売れる気しないけど」
「そんなの、誰か他のやつに歌わせればいいだけじゃないか」
ハルが、え? っと驚いてみせると、偽但馬はそれこそ驚いたと言わんばかりに、大げさに目を丸くしながら、
「どうせ歌いながら踊るなんて出来っこないんだから、パフォーマンス中はずっと口パクなんだ。ならあとは彼女の声に似た、歌が上手いのを見つけてくれば良いんだよ。なに、バレやしないさ」
「え~!? でも、それって不正じゃないですか? 不正は感心しませんね」
それを横で聞いていたブリジットが、不服そうに文句を垂れてきたが、
「どの口が言うんだ!!!」
思いがけずその場に居た全員から総ツッコミを受けて、彼女はしゅんと縮こまってしまった。
正直なところハルもリオンも不正は良くないと思っていたが、このままではアーティストデビューなんて夢のまた夢だから目を瞑るしかないだろう。彼らはそう思って偽但馬に味方することにしたようだった。
「くっ……私が下手くそなのが悪いんでしょうけど、みなさん容赦なさ過ぎませんか」
多勢に無勢のブリジットはそれでも罪悪感からか、まだブツブツ言っていたが、暫くして気を取り直すと、脇を締めてフンと気合を入れ、
「決まったことは仕方ありませんよね。ならばせめてダンスだけでもしっかりやることにましょう。それでお客さんが喜んでくれるなら、私はピエロだってなんだってなりますよ!」
そうして彼女は歌は諦め、ダンスのレッスンに集中することにした。トレーナーの絶賛を受けながら尋常ならざるダンスを披露する彼女のことをスタジオの端っこで見ながら、ハルは彼女ならスターダムに上り詰めることも出来るだろうと確信していた。
ところで、なんでこんなことになったんだっけ? なにかがおかしいような気もするが……まあいいやと首を振ると、ハルはそれ以上考えないことにした。






