NY探訪編⑥
ブリジットが教会の掲示板で見つけてきたポスターは、但馬波瑠主催のチャリティーイベントの告知だった。それによると、今日のクリスマス、ワールドトレードセンターという場所でイベントが開催されるらしい。
教会で一夜を過ごした一行は、その情報を頼りに街へ繰り出したが、お上りさん感覚で賑わう町並みを意気揚々と進んでいたブリジットは、会場が近づくにつれてどんどん元気を失っていった。
というのも、ワールドトレードセンターの、500メートルを超えるツインタワーを真下から見上げた彼女は、あまりの巨大さに圧倒されてしまったのだ。かつてローデポリスを但馬に案内した時、15階建ての正庁舎を世界一の建物であると誇らしげに語ったものだが、今目の前にあるそれと比べれば、そんなものはその辺にある雑居ビルにすら劣って見えた。
但馬は、こんな景色を見て育ったんだ。そう考えると何故か急に、彼がとんでもなく遠くに行ってしまったような気がした。
「おいブリジット、なにやってんだよ、置いてくぞ!」
あんぐりと口を開いてビルを見上げていると、ハルに急かされて彼女は我に返った。ハルとリオンは彼女と違って、この神話のような町並みを前にしても平然としていられるようだった。どうして平気なのかといえば、
「俺には大将の記憶があるからなあ」
「僕は世界樹の遺跡で過去の出来事は予習済みでしたから」
とのことである。因みに、エルフと耳長リーダーの二人は昨日一日で疲れ果ててしまったらしく、教会で預かってもらっている。普段は一番元気なはずのエルフがまるで借りてきた猫みたいに大人しいのを見ていると、なんだか不思議な感じがした。
「因みに、このワールドトレードセンターという場所は、お父さんが生きていた時代にはもう存在しなかったはずなのですが……それがあるってことは、ここは単純に過去の世界ってわけでもなさそうなんですよねえ……」
リオンは一人ぶつくさ何か呟いている。何を言ってるか良くわからないので黙って先を進んでいくと、ツインタワーの間を通り抜けたところに広場があって、鉄パイプを組んだ簡易的なステージが設けられていた。
告知されている時間にはまだ早かったが、既に観客らしき人々が集まっていて、みんな楽しげに謎の板をあちこちに向けていた。
昨日、教会でシスターに聞いてみたのだが、あれはスマホという物らしい。リオンが、まるでこの中に世界樹が丸ごと収まってるみたいだ! とかなんとか大騒ぎして大変だったが、とにかく凄いもののようだった。
そんなものを街行くみんなが所持しているのだから、やはりこの街のテクノロジーはロディーナ大陸の数段上を行っているのは間違いないようだ。
でも、そんな街が今まで発見されずにいたのはどうしてなのだろうか?
不思議に思いつつ会場を見回していると、ステージ脇にトレーラーが停まっていて、スタッフらしき人々が忙しそうに出入りしているのが見えた。
多分、あそこが楽屋なのだろう。但馬が居るとしたらあの中に違いない……ブリジットはそう判断すると、二人に断りも入れずにズンズン近づいていった。
「すみません。少々お尋ねしますが、もしかしてこの中に但馬波瑠さんがいらっしゃるんでしょうか?」
「なんですか、あなたは……?」
ブリジットはトレーラーから出てきたスタッフを捕まえていきなり尋ねた。当然、スタッフは不審がってまともに答えてくれなかったが、
「申し遅れました。私はブリジット・ゲーリックと申します。実は但馬波瑠さんとは以前からの知り合いで、今日ここでイベントがあることを知りやって来たのですが、よろしければブリジットが来たと先生にお伝え願えませんか? 名前を言えば分かると思います」
スタッフはそう言われてもまだ不審そうにしていたが、ブリジットが自信満々なので判断がつかなかったのだろう、渋々トレーラーの中へと引き返していった。しかし、すぐ戻ってくると、
「但馬さんはあなたのことなんて知らないって言ってますよ」
「そんなはずはありません。ブリジットですよ? あなたのブリジットが尋ねてきたとちゃんと伝えてください、そしたら分かりますから」
「だから、何度も念を押しましたが彼は知らないと言っています。お引き取りください」
「おかしいですねえ、なら直接会えませんか? 会えば絶対分かると思います」
「無理です、お引き取りください」
「どうかしたのか?」
ブリジットとスタッフが押し問答していると、会場警備をしていた黒服の男がやって来た。どうもイベント会場の警備員というよりは、但馬の個人的なボディーガードらしい。気がつけばブリジットはあっという間に複数人の屈強な男たちに取り囲まれていた。
「お嬢ちゃん。痛い目見たくなければ、すぐにこの場から立ち去るんだな。騒ぎを起こせばボスに会うより前に、天国のおばあちゃんに会うことになるぞ」
黒服の男がそんな風に凄んできたが、脅しなど彼女に通用するはずもなく、ブリジットはこめかみに青筋を立てながら、にこやかな笑みを向けると、
「口の聞き方のなってない犬ですね。その言葉、そっくりそのままお返ししますよ」
「なかなか肝が座ってらっしゃる」
男はまさか小柄な彼女が言い返してくるとは思いもしなかったのだろうか、少し驚いた表情を見せたが、すぐまたニヤニヤ笑いを浮かべると……予備動作もなく、いきなり彼女の腹部目掛けて腰だめにパンチを繰り出してきた。
しかし、そんな見え透いた攻撃など彼女に通じるはずもなく、ブリジットは男の腕を半身になって躱すついでに、肘関節を極めつつ、全体重を乗せて思いっきり前宙返りした。すると彼女の倍はありそうな男の体が、面白いようにくるりと宙を舞って、そのまま地面に叩きつけられてしまった。
「ガハッ!」
っと、苦しげに喘いだ男は、肺の中の酸素を全部吐き出してしまったのか、コンクリートの地面の上をバタバタと藻掻いている。
「この女!」
それを見ていた他の黒服たちは、ブリジットを脅威と見做すといきなり飛びかかって来たが、そんな気配も隠さない素人丸出しの動きなど、彼女の前には児戯に等しかった。
ブリジットは飛びかかってくる黒服たちをひらり躱すと、相手の勢いを借りて同士討ちを誘発したり、クルクルと飛び回る動きで翻弄し、たまらず警棒を抜いてきた男には、真剣白刃取りの要領で奪った警棒で逆に稽古をつけるかのごとく、残りの男たちを一網打尽にしてしまった。
「うわーっ! ブリジット! 何やってんの!?」
その騒ぎでようやく彼女がいないことに気づいたハルたちが駆けつけてきたが、一足遅く、トレーラーの前には黒服たちの屍の山が積み上げられていた。もちろん、ホントに死んでるわけではないが、思いっきり痛めつけてやったので暫くは動けないだろう。
ブリジットはそれで満足するとキョロキョロと周囲を見回し、さっき応対してくれたスタッフが腰を抜かしてへたり込んでいるのを見つけるなり近寄っていって、
「すみませんが、もう一度ブリジットが来たと取り次いでもらえます?」
怯えるスタッフに、にこやかに語りかけた。彼は恐怖からコクコク頷くと、四つん這いになりながらトレーラーの中へ逃げ込もうとしていたが、
『その必要はない。お通ししろ』
彼がドアを開けるより前に、トレーラーのどこかにあるスピーカーから但馬の声が聞こえてきた。
どうやら監視カメラか何かで外の騒ぎを見ていたらしい。もちろん、そんなことなど分からないブリジットが、一体何処から声が聞こえてくるんだとキョロキョロしていると、トレーラーのドアが開いて、金髪碧眼でナイスバディの如何にも秘書っぽい巨乳の女が現れ、
「どうぞお入りください」
と、ブリジットのことを招き入れた。
***
トレーラーの内部はまるでテレビのスタジオのようだった。入口から入ってすぐのところには無数のモニターが並んでいて、そこに会場のあちこちが映し出されており、スイッチャーらしき男が前に陣取って忙しそうにチェックをしていた。
その横をタイヤみたいに太い配線の束を抱えた男が忙しそうに通り過ぎていく。続きの部屋には引き締まった体をした、少々露出が激しい衣装を着た男たちが控えており、ブリジットが通り過ぎるとペコリと頭を下げてきた。
そんな男たちの控室を過ぎると、その奥には狭い車内には似つかわしくない豪華な部屋が広がっており、光沢のあるマホガニー製のテーブルと、それを取り囲むような円形のソファがあって、その上に但馬がふんぞり返っていた。
「先生! ここにいらっしゃいましたか!」
ブリジットはその姿を見るなり、まるで子犬のように尻尾を振って近づいていったが、それを阻むように金髪秘書が立ちふさがり、室内の黒服たちに緊張が走った。
車内で騒ぎを起こすつもりはないブリジットが立ち止まると、奥にいた但馬が警戒気味にゆっくり立ち上がり、
「確か、ブリジットとか言ったか。僕ちんに覚えはないんだけど、君とはどこかで会ったことがあったかね?」
と聞きながら、彼女の体を舐め回すように上下に視線を走らせてきた。そのねっとりとした視線が思った以上にいやらしく、ブリジットは怖気が走るような感覚を覚えながら、
「い、嫌ですねえ、先生。ほら、私ですよ。あなたの妻のブリジットです。その私を、まさか忘れたとでも言うんですか?」
「妻!? 妻ってのは、つまり僕ちんのファンってことかな? 妻だけに」
「え、ええ、ファンと言えばファンでもありますけど……本当に忘れてしまったんですか? あなたのブリジットですよ?」
「うん、まあ、どうだっけなあ。まあでも、嫁は多いに越したことはないからね。君がそう言うんならそうなんだろう。それにしても君、おっぱいおっきいね」
但馬は鼻の下を思いっきり伸ばしながら、適当に返事しているようだった。気も漫ろに見えるのは、おそらく胸にしか関心がいってないせいだろう。彼女がその態度を不思議がっていると、背後にいたハルが小声で話しかけていた。
「ブリジット。あの大将が巨乳なんかに興味を示すはずがない。あれは本人にしか見えないけど、中身は全くの別人だ」
「くっ……そんなことで気づかされるのは不本意ですけど、確かにハルさんの言う通りでしょうね……」
ブリジットは奥歯をぎりぎりと噛んで気を静めると、改めて但馬……というか偽但馬に向き直って、
「突然、押しかけてきて失礼しました。実は私が探している人とあなたがとてもそっくりで、もしかして本人じゃないかと思って来たのですが、どうやら違ったみたいです。お騒がせして大変申し訳ございませんでした」
ブリジットが深々と頭を下げると、偽但馬はその胸の谷間を覗き込むように頭を動かしながら、
「ふーん。つまり君は人違いで、僕ちんの大切なスタッフをボコボコに……いや、傷害事件を起こしたって言うんだね」
「え? あ、そう、ですね……結果的に、そう言われれば確かにそうなんですけど……」
「はあー!? 謝ったからって許される思ってるの? はあー!? 君を警察に突き出せば、10年は豚箱から出てこれないぞ?」
「それは……出来れば勘弁してください」
「しかし君が暴れ回ったせいで、今日出演予定のバックダンサーが一人動けなくなってしまった。このままでは大損だ。この落とし前をどうしてくれるというんだ?」
それまで鼻の下を伸ばしていた偽但馬は、急に態度を改め、身を乗り出すようにして凄んできた。騒ぎを起こしたにも係わらず中に入れてくれたのは、ブリジットに興味を覚えたからではなく、どうやらこっちが本命だったのだろう。
ハルとリオンはそれに気づいて焦ったが、しかしブリジットは言葉通りに受け取ったようで、
「え!? それは本当ですか? だとしたら本当に申し訳ございませんでした。私に出来ることであれば、なんでもさせていただきます」
ブリジットが殊勝にもそう言うや否や、偽但馬はまた鼻の下を伸ばして、
「今、なんでもするって言ったよね……? 具体的にどうしてくれるって言うのかな?」
偽但馬は鼻息荒く、主に彼女の胸の辺りを見ながらニヤニヤしている。その視線に気づかないブリジットは、その豊満な胸を押し上げるように腕組みすると、考え込むように、
「ふむ……でしたら、私が代わりにバックダンサーを務めましょうか」
「ほうほう、まずはその胸を存分に使って……って、なんだって!? 君が代わりにダンサーを務める? そんなんで埋め合わせになると思ってるの?」
「ですが人数が足りないのであれば、代わりの誰かを雇うしかないでしょう。私でしたら無償で済みますよ?」
「金の問題じゃない。パフォーマンスの問題なのだが……ふん、いいだろう。秘書君、ボブを呼んでくれたまえ」
偽但馬は何か思いついたように鼻を鳴らすと、そう言って秘書を隣の部屋へと向かわせた。暫くすると狭いドアをかいくぐるように、巨漢の黒人男性が入ってきた。
身長2メートルはありそうで、引き締まった筋肉は全身バネのように見えた。偽但馬は彼が来ると、ブリジットを指さしながら、
「ボブ。新しいバックダンサーのブリジットだ。この子に今日のパフォーマンスを手ほどきしてやれ」
「オーケー、ボス」
男は偽但馬に命じられると、その大きな身体全部を使ったダイナミックな動きでダンスを披露してみせた。その動きは早いだけではなく複雑すぎて、ハルやリオンは何をやっているのか、眼の前で見てても分からなかったが……
そんな中でブリジットは表情一つ変えることなく、男が模範演技を終えるのを待つと、もういいのかな? と言わんばかりに、すぐに動き出し、今の演技をそっくりそのままコピーしてしまった。
正直、ハルやリオンには合ってるかどうかさえ分からなかったが、踊っていた本人は当然分かるようで、巨漢は戸惑いの表情を見せると続いて別のステップを披露してみせた。今度もやっぱり複雑すぎて、二人は目で追うことも出来なかったが……
しかしブリジットはさっきと変わらず、彼女はまた男が止まるのを待ってから、また同じようにダンスをコピーしてみせた。
プライドを傷つけられたのだろうか、男が更に激しいダンスをしてみせると、するとブリジットは今度は彼が止まるのを待たずに動きだし、まるで長年一緒にやってきた相方みたいに、ぴったり男の動きに合わせて踊り始めた。
「なんか変わったダンスですねえ。でもついて行けないほどじゃないですよ」
「ど、どうして見ただけですぐ踊れるんだ? これは俺のオリジナルで、誰にも見せたことないはずなのに……」
「どうしてって言われましても」
ブリジットからしてみれば、男が動き出すときの筋肉の動きとか、重心、呼吸、その他諸々のヒントから、次の動きが見えるとしかいいようがなかった。というか、それくらいの先読みが出来なければ、真剣での命のやり取りなんてとても出来ないから、それは自然と身についた技だったのだ。それにこの狭い空間では見た目ほど大した動きは出来ず、読みやすいというのもあった。
そして何より、彼女は剣聖の一番弟子だった。あの人間離れした動きを見て覚えて、そっくりそのままコピーしてきた彼女にすれば、この程度の動きなど造作もなかったのだ。
「もういい、十分だ」
こうしてプロダンサーのプライドをバキバキに折ってしまったブリジットであったが、被害者の心境はともかく、彼をけしかけた偽但馬の気は惹けたようだった。
その声に振り返れば、さっきまでのいやらしい目つきは何処へやら、完全に経営者の目に変わった偽但馬が食い入るように二人のやり取りを見ていた。彼はまた値踏みするようにブリジットの全身を舐め回してから、
「秘書君。彼女に合う衣装はあるかね?」
「そうですね……一番小さいサイズを詰めれば、なんとか」
「多少不格好でも構わん、すぐ用意してくれ」
偽但馬はそう言うとソファから立ち上がり、まっすぐブリジットの前まで歩み出てきた。その瞳は真剣そのもので、こうして上から見下されていると本物の但馬と変わらないなと彼女が思っていると、
「確かブリジットと言ったか。提案通り、損失は君で埋め合わせしてもらうことにしよう。わからないことはボブに聞いてくれ。僕の想像を超えるパフォーマンスを期待しているぞ」
彼はブリジットの肩をバンバンと叩くと、そのまま彼女の背中を押して、隣室に控えていたバックダンサーたちに紹介し始めるのだった。






