表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
玉葱とクラリオン  作者: 水月一人
グレートジャーニー(玉葱とクラリオン after story)
400/418

NY探訪編②

 見上げる空はビルに囲まれていて、井戸の底を覗き込んだみたいに狭かった。


 混雑する歩道は通行人が途切れることが無く、立ち止まることも許されない人々がベルトコンベアーみたいに流されていく。昼間だというのにネオンサインが輝いていて、どこからともなく洪水のように音楽が溢れてきた。道路はずっと無数の車で渋滞してて、通行人といい勝負をしていた。心做しか黄色い車が目立つようだが、流行っているのだろうか?


 レンガ造りとコンクリートのビルが交互に並び、古いんだか新しいんだかよく分からない町並みは、急激な成長を遂げたロディーナ大陸を思い出させたが、ただしその規模は雲泥の差だった。ここの建物はどれもこれもスケールが大きくて、覆いかぶさってくるような威圧感があった。


 一体、どれだけの人々がこのせせこましい街で暮らしているのだろうか。考えるだけで目眩がしてきそうだった。


 公園に不時着した後、警官に職質されているブリジットたちを尻目に、アンナは一人だけギターを掴んで、こっそりその場からフェードアウトした。遠巻きに見ていたギャラリーには気づかれていたが、脇を通ってもジロジロと不審な目を向けるだけで、特に何も言われることもなかった。彼女は姿勢を低くしてギャラリーに紛れ込み、植え込みを飛び越えて歩道を辿り、公園を出てしまえば、もう見つかる心配はなくなった。


 それにしても、上空から見下ろしたときにも驚いたが、この街の人口は本当に異常だった。360度どこを向いても人でいっぱいで、その通行人のファッションやビルの看板、ネオンサインなどの色彩に満ちている。ここまで大勢の群衆を目にするのは、幼い頃に宮殿を抜け出してこっそり見に行ったお祭り以来だったが、その時よりも今日の方がずっと多いように思える。しかもここの人々は別にお祭りで集まったわけでも何でもなく、ただ街を漫ろ歩いているだけのようなのだ。


 一体、この街は何なんだろうか? かつてこんな大都会は見たことがなかった。魔王との最後の戦いの前に、レムリアの首都ヴィクトリアを訪問し、その洗練された都会の風景に圧倒されたものだが、今となってはそんなものは比べ物にもならなかった。


 一度この街を見てしまったら、ヴィクトリアなど大都会でもなんでもない。ただの田舎の地方都市がいいところだった。


 と、その時、どこからともなくいい匂いが漂ってきて、アンナのお腹がグーと鳴った。それは「M」みたいな形の看板が掲げられた店の中から流れてきて、その匂いにつられてふらふらと全面ガラス張りの店内を覗き込めば、中では若者たちがパンで挟んだハンバーガーを食べていた。付け合わせのポテトも美味しそうだ。


 彼女はそれを見て、自分も食べたいなと思ったが、困ったことに手持ちが全く無かった。本当に咄嗟に逃げてきたものだから、命より大切なおじいちゃんのギターと、父の形見の聖遺物(ハバキリ)くらいしか持ってくることが出来なかったのだ。いや、父は死んでいないのであるが。


 せめて金貨の一枚でも持ってれば換金して食べられたのに……しかしまだ諦めるのは早い。彼女は気を取り直すとキョロキョロ辺りを見回した。


 ハンバーガー屋の周りは広場になっていて、観光客で賑わっていた。よく見ればその中には、赤と青の全身タイツの蜘蛛男や、何故かパンツ一丁でカウボーイハットの男、二頭身で目がまんまるな変な着ぐるみのャラクターなんかが練り歩いていた。どうやら彼らはいわゆるパフォーマーのようで、そうやって芸を見せて小金を稼いでいるようだった。


 自分もギターがあるから、彼らに混じって演奏でもしてみせれば、ハンバーガー代を稼げるかも知れない。彼女はそう思って歩き出したが、すぐ違和感に襲われた。


 というのも、パフォーマーの中に赤い服を着たヒゲのおじいさんが沢山いて、よくみればそれはサンタクロースのように見えるのだ。ロディーナ大陸でもキリスト教は信じられているので、サンタクロースは珍しくないのだが、問題はそこではない。


 レムリア探検船団はロディーナ大陸を春先に発ち、日本には桜が終わった時期にやってきた。あれからまだ半年も経っていないので、今はせいぜい初秋のはずである。クリスマスはまだ当分先のはずなのに、どうしてサンタクロースがいるんだろうか?


 そう考えると、心做しか周囲の気温も低いような気がしてきた。彼女は着流していたマントの前を閉じると、なんでこんなに寒いんだろうと不思議に思った。本当に、今は12月なのだろうか? だとしたら、いつ時間をワープしてしまったのだろうか?


 そんな風に寒さに震えている彼女のことを、通行人たちがジロジロ見ていく。ここへ来るまでの旅の間に、彼女のマントは随分汚れていたから、この綺羅びやかな街の中では相当目立っていた。彼女がその無遠慮な視線に耐えながら進んでいくと、広場のど真ん中に何故か途中で途切れている赤い階段がドドンと鎮座していた。


 近づいていくと、その周りは観光客らしき人々でいっぱいで、謎の板を構えてきゃあきゃあ騒いでいた。そういえば、空から見下ろしたときにもこの街の人たちはみんなこの板を持っていたが……これは何なんだろう? と不思議に思ったアンナは、観光客の背後からこっそり覗き見て、びっくり仰天した。


 その板の中には、眼の前の景色をそっくりそのまま切り取ったような、高精細の写真が映し出されており、しかもそれが動いているのだ。レムリアにも活動写真というものがあって、何と言うかカクカクしていたのだが、眼の前のそれは全くそんな感じがない。リアルタイムに現実の光景を映し出しているのだ。


 こんな物凄い技術……信じられない!


 驚いていると、ゴホンゴホンとわざとらしい咳払いが聞こえてきて、どうやら板の持ち主がアンナが覗き見しているのに気づいて嫌がっているようだった。


 まるで汚いものでも見るような目つきに恐れをなして、慌ててその場を離れると、彼女は広場の端っこにあった街灯の下に座り込んでいる女性を見つけた。


 その女性はボロを身にまとい、手にはスケッチブックを持って、電柱に背をもたれて力なくうずくまっていた。スケッチブックには『ホームレス。お金がありません』などと書かれてあり、彼女の足下には缶詰の空き缶が転がっている。


 その時、通行人が彼女の前を通り過ぎ、コインを放り投げて去っていった。コインは地面を転がり、彼女の足にぶつかって止まった。彼女はそれを拾い上げると、空き缶の中に入れて、十字を切ってぶつぶつと何かを唱えていた。どんな街にも物乞いはいるものである……


 アンナはそんな光景を横目に、ホームレスと隣同士の街灯の下に腰掛けると、ギターケースからギターを取り出し演奏を始めた。通行人の何人かが興味を示して彼女の前に立ち止まったが、しかしそれから小一時間ほど演奏を続けても、ギターケースにコインを投げ入れる人は一人も現れなかった。


 その間も、隣のホームレスの方には何人もの人々が金を投げ入れていた。決してこの街の人々はケチではなさそうである。では何故、自分の方には誰も見向きもしてくれないのだろうか……? アンナが徐々に焦りを感じ始めてくると、


「そんなんじゃ駄目よ」


 するとその時、突然、目の前に誰かが立ち止まって、頭の上から話しかけてきた。ギターばかり見ていたアンナがびっくりして見上げれば、そこにはさっきまで隣に座っていたはずのホームレスの女性が立っており、彼女は苛立たしそうにアンナのことを見下ろしながら言うのだった。


「それ何? カントリー? そんな古臭いのをいくら演っても、誰も見向きもしないわよ。もっと流行りの音楽をやんなきゃ」

「………………」

「それかギターは諦めることね。このブロードウェイで弾き語りだなんて、その度胸は認めるけど、よほどじゃなければ誰も足を止めてなんかくれないわよ。みんな耳が肥えてるもの。それより……その腰にぶら下げてるのは何?」


 ホームレスの彼女はアンナが腰に下げていたハバキリを指さしながら、


「それは、サムライソード? あんた、剣舞とか、パフォーマンスが出来るの?」

「……少し」

「なら試しにやってみなさいよ。そっちの方が受けるかもよ」


 女性はアンナのことを上からじっと見下ろしている。大きなお世話だと思いもしたが、確かに彼女の言う通り、このまま演奏を続けていても腹がふくれることはないだろう。アンナもそう思って、試しに剣舞を披露してみようと立ち上がると、腰に佩いていたハバキリソードを抜いてバトントワリングのようにクルクル回転しはじめた。するとさっきまで見向きもしなかった観光客が、何をするんだろうと興味津々集まってきた。


 アンナはその好奇の視線に少々尻込みしたが、思ったより緊張はなかった。こうして衆人環視の真っ只中で剣舞を披露するのは、実はこれが初めての経験ではなかったからだ。


 その昔、レムリアの首都ヴィクトリアに行った際に、剣聖エリザベス・シャーロットに剣技を仕込まれたことがあった。彼女は毎朝、近所の公園までアンナたちを連れて行くと、衆人環視の中で納得行くまで剣を振らされたものである。その時の経験が生きているのか、今でも体はスムーズに動いた。


 剣聖の技は止まることを良しとせず、あらゆる動きに回転が取り入れられていた。そのクルクルと回りながら繰り出す技は、とても見栄えがして、まるでダンスを踊っているかのように見える。しかし、優雅に見えてもそれらには実戦経験から得た工夫が施されており、実は攻撃よりも防御の方により重きが置かれているのだ。


 詰まる所、戦闘中に動きが止まるのは、攻撃している時ではなく、受けに回った時である。相手の攻撃を受け止めたり、バランスを崩して倒れそうになったり、予期せぬ出来事に気を逸らされたりとか、そういう時だ。得てしてそういう時にこそ、人はピンチに陥りやすい。ピンチの時こそ動きを止めるのは悪手なのだが、そうも言ってられない矛盾がある。


 剣聖の技はそういうピンチの際にどうリカバリーするかに特化している。例えば、不意を打たれて倒れそうになった時、顔面が地面5センチすれすれに迫ろうとしているようなところから、いかに立ち直るか。吹き飛ばされたりして空中にいる時、足場がない状態で、いかに相手との間合いを維持するかとか。崖から落下した時、剣を構えたまま五点接地する方法とか。剣を振り上げることすら不可能な狭い部屋の中で、いかに動きを止めずに立ち回るかとか。


 そういった動きが全て回転に集約されている。そしてその信じられないようなリカバリー方法は、やってる者は必死なのだが、見ている者からすればアクロバットなパフォーマンスに見えるのだ。


 アンナが剣をバトントワリングのように振り回しつつ、地面に倒れ前転受け身しながら背筋だけで空高くジャンプし、そのまま空中で二回転して着地してみせると、それを見ていた通行人たちから歓声が上がった。それに気を良くして他の技も次々披露していると、間もなく広場中から人が集まってきて、まるで即席のコンサートみたいになってしまった。彼女のギターケースに、どんどんコインや紙幣が積み上がっていく。


 すると通行人が一箇所に集まっていることに気付いた警備員がピーピーと笛を吹きながら駆け寄ってきて、


「こらそこー! それは真剣じゃないのか!? 外で剣を抜くのは法律違反だぞ!」


 アンナが警備員にこってり絞られている間も、観客は惜しみなく拍手を送り、もう終わりなの? と残念そうな顔をしながらギターケースにお金を投げ入れては去っていった。この街の人々は、それなりのパフォーマンスにはちゃんとお金を払ってくれるのだ。


 ようやく説教が終わったアンナがハバキリソードを鞘に納めて帰ってくると、お金でいっぱいになったギターケースを見張っていてくれていたホームレスの彼女がウィンクで迎えてくれた。


「あんたやるじゃない。ギターなんかより、よっぽどマシだったわよ」

「ありがと」


 音楽よりも戦闘技術を褒められるのは正直複雑な気分だったが、アンナは素直に礼を言った。そしてアドバイスをくれたお礼に、売上金をいくらか渡そうとしたのだが……その途中で彼女は強烈な違和感を感じて固まってしまった。


 よく見れば、さっきまでボロをまとっていたはずのホームレスの彼女が、今は高級そうな毛皮のコートに身を包み、タバコをプカプカふかしていた。指には金や銀の指輪をはめて、首には宝石が散りばめられたネックレスをジャラジャラつけていて、まるで王侯貴族のようである。


 なんだこれは……? と戸惑っていると、ホームレスの彼女はアンナのギターケースに空き缶の中身を全部ぶちまけながら、


「じゃ、私は帰るわ。またどこかで会ったら声かけて」


 そう言って彼女は、どこからかやって来た派手な車に乗って去っていってしまった。


「……まさか、あれもパフォーマンスだったの?」


 目を白黒させているアンナの前で、車は角を曲がって見えなくなった。てっきり生活困窮者かと思いきや、その様子から推察するに、実は彼女は大金持ちだったらしい。


 わざと貧乏人のフリをして、その気分を味わっていたのだろうか? 何のために? 本当なら相当趣味が悪いが……でも意外と親切でもあったし、正直よく分からなかった。


 この街には色んな人がいるんだなと無理やり納得しつつ、アンナはギターケースの中のコインや紙幣の分別を始めた。一度も見たことがないお金だらけだったが、大勢の人々が別々に入れていった物なのだから、きっとこれがこの街の貨幣で間違いないのだろう。


 それにしてもコインはともかく、紙幣の方はなんだか妙な感じがした。紙は紙なのだが手触りと言うか、表面はすべすべしていて光を通すくらい薄いのだが、引っ張ってもクシャクシャに折り曲げてもビクともしない強靭さを併せ持ち、厚紙と薄紙の中間くらいというか、とにかく何かが違うのだ。印刷もロディーナ大陸のそれとは違って、草臥れていても剥げたり薄れたりすることは決してないようだ。


 正直、これ一つとっても物凄い技術である。本当に紙で出来てるのだろうか? そんなことを考えつつ、とりあえず表面に書かれている数字はお馴染みの算用数字だったから、売上金を計算している時だった。


 アンナはギョッと青ざめた。ギターケースが空っぽになったので中身を入れようとギターを探したところ、それが見つからないのだ。確か街灯に立て掛けておいたはずだが、剣舞を披露していた時にギャラリーにどけられてしまったのだろうか、それとも……盗難!?


 そう思った瞬間、視界の隅っこの方でぴょこぴょことそのギターが動いているのが見えた。ハッと目を向ければ、人混みの中でアンナのギターがまるで空中浮遊するかのように移動している。なんで!? と一瞬パニクりそうになったが、よく見ればその下には小さな子供がいて、どうやらギターを抱えてスタコラ逃げてる最中らしかった。


 子供は角を曲がって見えなくなる。


「あ、こら、待ちなさい!!」


 まさかこんな白昼堂々盗まれるなんて思いもよらず、アンナはギターケースを引っ掴むと、慌ててその後を追いかけ始めた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
玉葱とクラリオン・第二巻
玉葱とクラリオン第二巻、発売中。
itl6byczajqx8t5qdcsm2gli27vh_1cx0_xc_ir_62cr.png
漫画版もよろしく!
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ