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玉葱とクラリオン  作者: 水月一人
第七章
219/418

決着

 敵南山陣地を押さえた帝国軍は本陣をその山頂へと移し、翌日、高所から敵砦への一方的な砲撃を開始した。帝国軍の野戦砲は射程が長く、同じ高さであれば南山からでも敵砦までその砲撃が届いた。


 砦の壁は鉄筋ではないコンクリートと石で出来ており、曲射で適当に当てた砲弾でもガラガラと崩れ、そしておよそ1日に及ぶ砲撃の末に、ついに耐え切れず崩壊した。


 こうして忌々しい敵の砦を無力化した帝国軍であったが、しかしヴェリアの戦いはまだ終わっては居なかった。


 方伯軍はそれでも、壁の意味を成さなくなった瓦礫の向こう側に隠れるように布陣し、南山に陣取った帝国軍とにらみ合いを続けることを決めたようであった。どうやら彼はこの地での決戦を望んでおり、まだまだやられたつもりはないらしい。


 やがて後方の村々を防衛にいった部隊と、輜重車を護衛しにいった9000が帰還すると、方伯軍の陣地からは数日ぶりの夕餉の煙が上がり、士気を回復させた敵陣から気勢が上がった。


 この動きに対しイオニア連合諸侯は軍議の招集を求め、敵が人心地つく前に攻めることを主張したが、しかし、その軍議で宰相但馬波瑠がそれに反対すると、誰もそれ以上強く言うことは出来なかった。


 南山陣地攻略を前後して、後方支援部隊を組織し軍議でもつまらなそうにしていた若造の実力を、誰もが認めずには居られなくなったのだ。それでも、このまま敵の好きなようにさせていたら、せっかくのチャンスがフイになるのではないか? と問われた但馬は、面倒くさそうに言った。


「チャンスって言っても、何のチャンスなんですか。戦況はこちらが圧倒的に優勢で、もう勝利は確定してるようなもんでしょう? 決戦を望んでいるのは相手の方であって、こちらがそれに乗ってやる筋合いなんかないじゃないですか。大体、本気でその気があるなら、あっちから攻めてくるのが筋ですよ。なのにそうしないのは、あいつらがこの帝国陣地を攻める能力が無いからです。あちらの狙いは帝国軍が消耗することで、仮に方伯軍3万が全滅しても、こちらの兵力をいくらか削れればそれでいいんでしょう。なにしろ帝国とアスタクスの人口比は10倍もあるんですから」


 南山陣地を下りて、砦東のゆるやかな丘陵地で決戦を行ったとしても、砲撃戦で優位に立てる帝国軍が、まず間違いなく勝つだろう。だが無傷というわけにはいかない。帝国には新兵器があるが、主力は相変わらずマスケット銃なのだ。歩兵同士がぶつかり合えば、少なからぬ犠牲が出るはずだ。


 今回のヴェリア砦の攻防戦は方伯軍との一戦闘に過ぎず、ここで勝っても戦争はまだ続くはずだ。具体的に、今度はこちらが攻勢をかける番なのに、いたずらに兵力を減らしている場合ではない。


「では宰相、相手が根負けするまで、今度はこちらが籠城を続けようと言うのでしょうか?」

「いや、その必要も無いんじゃないですかね。多分、2~3日もしたら撤退すると思いますよ、彼らも。こんな僻地にいつまでも居られるわけないですし、今はお腹が満たされて一時的に気分が高揚してても、明日にはまた大人しくなりますって」


 但馬が気のない返事をすると、軍議にあつまった諸侯たちはお互いに顔を見合わせた後、それ以上何も言うこと無く解散した。


 この男がそう言うのなら、そうなんだろう。そして本当にそうなった。


 決戦を主張する方伯軍が丘陵地を挑発するようにウロウロするようになってから数日後、もちろんその間帝国軍も砲撃を加えるくらいはしていたが、積極的に動かなかったのにも関わらず、方伯軍は突然、攻撃を諦め全軍を引き上げる素振りを見せた。


 その動きに対し、今度こそ追撃をしようと大慌てで追撃部隊の用意をしはじめた諸侯であったが、彼らが軍議を始めるより前に、北の街道の方から2頭の騎馬が近づいてきた。それは敵意がないことを示すつもりか、アスタクスとリディアの旗を立てていた。


 2頭の内、片方の騎手はエトルリア聖教の僧服を着ており、帝国陣地に入り北方パドゥーラから来たことを告げると、皇帝に拝謁するなりこう言った。


「パドゥーラ司教より、リディア女伯爵に伝言を持ってまいりました」


 女伯爵と言うのは、リディアを王国と認めていないエトルリア皇国の方便であった。アスタクスと散々戦争を続けておいて今更だが、皇国にとってリディアは、辺境の地方領ということになってるのだ。


 それをアナトリア皇帝に対する不敬と感じた近衛隊長ローレルが、ギラリと睨みつけてサーベルを抜こうとしかけたが、


「申せ」


 ブリジットが手で制し、涼しい顔をしている使者に先を促した。


 使者の話はこうである。


 パドゥーラは大聖堂司教の名において今回のヴェリアの争いに一切関与しないことを通知する。中立である証として、街に作られたアスタクス方伯の兵站基地の退去を勧告し、今後、方伯軍の通行を禁止する措置を取るとのことである。


 ビテュニアからヴェリアへ来るには、パドゥーラを通らざるを得ない。これに従うと、前線はパドゥーラ以北になり、アスタクス軍はもうイオニアに手を出せなくなるだろう。


 使者が言うには、方伯は教会との対立は避け、勧告に従う意向であるそうだ。その代わり、今から撤退するから、帝国軍に追撃するなと言っているそうである。


 その言い草に憤慨して、諸侯が喧々諤々していたが、但馬はその提案を飲むと全軍に追撃を禁じ、それを皇帝ブリジットが追認した。


 結果として申し分ないし、実のところ、こうなるように仕向けたのは但馬だったのだ。彼はこの地に来て以来、後方で兵站を管理しながらも、あちこちに触手を伸ばしていた。


 戦争は敵味方の政治交渉の延長に過ぎず、外交とは異なる政治交渉の一種であるとクラウゼヴィッツは説いた。戦争は政治の一部であり、政治無くしてはまた戦争も語れないと言うわけだ。


 従って、戦争になったからと言ってその相手国との外交を怠るのは無意味で、なんらかの交渉手段は絶対に残しておくべきである。直接話し合えないのであれば、例えば第三国に働きかけるのも手だろう。


 ところで、帝国とアスタクスは大陸南西部イオニアを巡ってヴェリアの地で争ったわけであるが、その周囲を見渡せば、何もこの地の争奪戦に明け暮れる必要はないことが分かる。


 ヴェリアの北にはパドゥーラと言う交通の要所があって、ビテュニアからイオニアに行くには絶対に通らならければならない。だったら、イオニア領内でごちゃごちゃやるよりは、こっちをどうにかして押さえた方が利口だ。おあつらえ向きに教会の影響が強い土地なのである。


 もちろん、アスタクス地方にある方伯のお膝元なのだから、方伯の方が影響は強いが、信仰を利用すれば付け入る隙があるのではないか? と考えた但馬は、ロンバルディアを通して外交官を派遣していた。


 ヴェリアが終わったら、次はお前らだよと……


 そんな最中、ヴェリア北部の村々が襲われ、難民がパドゥーラへ押し寄せた。更に、亜人騎兵を追撃しに来た3000の兵隊が血祭りにあげられ、終いにはヴェリアの砦が陥落し瓦礫の山と化していると聞かされて、パドゥーラの人々はさぞかし肝が冷えたに違いない。


 ダメ押しに、アナトリア皇帝はキリスト教の熱心な信者であるとでも噂を流しておけば、後は教会がなんとかしてくれるだろう。実際、困り果てた町の人々が押しかけ、教会に助けを求めたようである。


 そんなわけで、砦を失ったアスタクス軍が思わぬ粘りを見せ、平地で決着をつけようと挑発を繰り返していても、但馬はじっと成り行きを見守っていたわけである。パドゥーラの兵站基地がなくなれば、方伯軍は撤退せざるを得ないのだ。


 使者を送り返して数刻、方伯陣地から兵士たちが撤退を開始した。帝国軍は約束通りそれを追撃することなく、南山陣地から見下ろした。方伯の兵士はその瞳は濁り、表情からは生気が失われており、どうやら士気も限界に近かったようである。もしかしたら工作しなくても、放っておけば間もなく撤退していたかも知れない。


 思えば故郷から遠く離れたイオニアの地で両軍がぶつかってから、気がつけば8ヶ月近くも経っているのだ。帝国兵士は勝ったから良いものの、下手をすれば今頃、あれと同じ顔をしていてもおかしくなかった。


 ブリジットの親征には反対の立場ではあったが、もしも彼女が来ていなかったら、ああなっていたのは自分たちかも知れない。そう考えると敗残兵を哀れに思うよりも、身が引き締まる思いがした。


 ……そんな時、撤退する隊列の中から、数頭の騎馬が飛び出した。


 身なりの良い老人を乗せた白馬が隊列を離れると、慌ててその周囲を取り囲むように数人がつき従った。きっとそれなりに名の知れた将軍なのだろうと思いながら、但馬が漠然とそれを眺めていたら、


「宰相殿。あれが方伯です」


 彼の隣にいたブレイズ将軍がしみじみと言った。


「え? あれが?」


 白髪の思ったよりも小柄な老人で、その身なりや付き従う騎馬が派手な格好をして居なければ、とてもそんな風には見えなかった。何と言うか、時代が時代なら、中華街あたりで競馬新聞でも読んでそうな感じである。


 敵の総大将が目の前に来たとわかると、帝国陣地がざわついた。


 動揺した兵が協定破りを犯さないよう、各隊長が厳命を下す声があちこちから聞こえる。


 まあ、多分、捨て台詞の一つでも吐きに来たのだろう。自分には関係ないと、黙ってそれを見下ろしていたら、


「宰相、但馬波瑠! おのれだけは許さん! この次はその首、必ず貰い受けてくれるわっ! 夜の闇に怯え、首を洗って待っていろっ!」


 方伯が悔しげにそんなセリフを吐いて去って行くと、帝国陣地のあちこちからどよめきと、笑いと、勝どきの声が上がった。悔しかったらかかって来いと、勝手なことを言っている。兵士たちは敵の総大将が負け惜しみを言っているのがよほど愉快だったのだろう。


 隣に立っていたブレイズ将軍もカッカッカっと笑い、


「方伯に負け惜しみを言わせるとは、いやはや大したものだな、宰相殿。私はこちらについてしまったが、あちらに残ってもまた一興だったやも知れん」

「勘弁して下さいよ」


 方伯のかつての腹心はそう言って愉快そうに笑うと、但馬の背中を遠慮なしにバンバンと叩いた。


 但馬はむせ返りながらその手から逃れると、人混みを出て陣地内に作られた自分のテントへと戻っていった。


 心臓がドキドキしている。首を触るとビリビリと背筋に怖気が走った。滅茶苦茶、気分が悪かった。

 

*****************************


 ヴェリア砦からアスタクス軍が撤退してから2日。被害に遭った北の集落では復興が始まっていた。


 方伯は退却中、クロノア率いる銃士隊により3000の兵士の命が奪われた小麦畑へと足を運んだが、兵士の遺体を引き取ることなく、途方に暮れる村人たちに施しを与えたあと、帝国を恨めとだけ言って去っていった。


 そのため、会戦から1週間近くが経とうとしているのに、そこには未だ数百もの死体が野ざらしにされており、卵が腐ったような臭いがプンプンと立ち込め、道行く人々の気持ちを暗澹とさせた。


 そんなおり、死体の埋葬をしていた人足たちは、街道の南から帝国兵がやって来るのを見つけた。彼らは一瞬、怒りの表情を見せたが、やってきたのが亜人騎兵だとわかると、恨みの気持ちよりも恐怖の方が勝ったのだろう、すぐにブルブルと震えだしては、足早に去っていった。


 もうこの地を守る兵士は居ないのだ。帝国兵が略奪に来てもおかしくない。村人たちは我先に、取るものもとりあえず逃げ出した。


 但馬は慌てふためく村人たちの姿を見兼ねて、せめて軍服だけでも脱いでくるべきだったと後悔したが、後の祭りだった。村からはあっという間に人がいなくなり、本当は村長がいれば話をしたかったのだが、それももう叶わないだろう。


 誰もいなくなった小麦畑に打ち捨てられた腐乱死体を、但馬は馬上からぼんやりと見下ろした。野ざらしの死体に蝿が集って、うじが這いずりまわるのが遠くからでも分かった。とても正視していられるものではない。しかし彼はそれから目が離せなかった。これをやったのは自分なのだ。


 そんな中、比較的落ち着いた一団が居た。彼らは近づいてきたのがこの悲劇を引き起こした張本人であることに気づいてもなお、風雨に晒されたままの死体を埋葬する手を休めなかった。


 但馬が馬から降りてその一団に近づいていくと、僧服を来た男が気づいて立ち上がり、彼が来るのを待ち受けるように、地面に突き刺したスコップの上に手を乗せて、じっと彼の顔を見つめてきた。


 服装からすると、パドゥーラの大聖堂の者たちだろうか。


「いかにも。私たちは大聖堂から遣わされました。見ての通り、この村には奪えるものはありません。私達が持っているのはパンくらいのものですが、それでよければ差し上げますから、せめてこの哀れな兵士たちを埋葬することをお許し下さい」


 僧侶は但馬たちが略奪に来たと思っているのだろうか、それともただの皮肉だろうか、そんなことを言って但馬を困らせた。彼は慌てて首を振ると


「いや、そんな必要はない。略奪に来たんじゃないんだ……エリック!」


 但馬が呼びかけると、鼻を摘みながら腐乱死体をおっかなびっくり見ていたエリックが、重そうな金貨袋を持ってやってきた。


 但馬はそれを受け取ると僧侶に差し出しながら言った。


「俺達が居なくなれば、そのうち村人も帰ってくるだろう。そうしたら、村長にでも渡してくれ」

「……このようなことをされても、あなた方への恨みは消えないと思いますよ?」

「恨むなら恨めばいい。それで一日でも早く復興するなら、それがいい」

「それは偽善というものではないでしょうか」


 但馬ははぁ~……っと、深い深い溜息を吐いた。


「偽善の何が悪いんだ」


 彼はそれでも僧侶が受け取ろうとしない金貨袋を地面に投げ捨てると踵を返した。途中、小麦畑に散乱する死体の山に向かって手を合わせると、ブツブツと何かを唱えてから馬に乗った。


 その見たことのない所作に首を傾げながらも僧侶が彼の姿を追い続けていると、彼はふと馬を止めて遠くをじっと見つめてから、逃げるように馬を来た道へ走らせた。


 死体を片付ける僧侶の中に、アナスタシアの姿を見かけたような気がしたのだ。


 彼は一瞬立ち止まって、それを確かめようかと思案したが、直ぐに思い止まると、もう振り返らないで村から去っていった。


 確かめて、もし本当に彼女が居たとして、どんな顔でどんな話をすれば良いのだろうか。


 但馬にはそれが分からなかった。


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