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玉葱とクラリオン  作者: 水月一人
第六章
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皇位継承③

 翌日になっても、即位式の花火の興奮冷めやらぬ街は、活気に満ち溢れていた。1か月前の先帝の崩御から、ずっと萎縮ムードだった街は一転して賑やかになり、長い間くすぶっていた火薬が弾けるかのように、パッと以前の姿を取り戻した。


 先帝と比べ年若く、尚且つ女性であるブリジットの皇位継承を不安視していた少なからぬ保守的な人々も、前日の式典を見て態度を変えた。特に、花火という形を取ってはいたけれど、火砲をこれでもかと並べたアナトリア軍の圧倒的な火力を前に、ブリジット帝の権威は盤石であると、彼らも胸をなでおろしたようである。


 陸海軍の他国の追随を許さぬ装備の数々、そして新たな魔法兵科。数百のアーティファクト。それを統べる皇帝のクラウソラスと電気の光。国威の発揚をこれでもかと煽りまくった但馬の演出は、これ以上無く上手くいった。


 この世界の人々は花火というものを見たことも無ければ、クリスマスイルミネーションのような光の演出にも慣れてないのだ。暗闇の中で、いきなりそんなものを見せつけられた人々は、催眠術にでもかかったかのように夢見心地になり、さぞかし強烈な印象を残したに違いない。


 道行く人々の顔は誰も彼も晴れやかであった。元々、陽気であったリディアの人々は今、彼らを守るアナトリア軍が、間違いなく世界最強であることを自覚し、それを誇らしく思っていたのだ。


 しかし、初めからそうだったわけではない。


 今でこそ、火薬や蒸気の力を駆使した国軍の強さは精強無比を誇ったが、一昔前は数で劣る亜人相手にすら、せいぜい互角の勝負がやっとだったし、エルフに襲われたら一溜まりもなかった。


 それを忘れないようにと建てられた慰霊碑は、今でもインペリアルタワー前の公園にあり、戒めるかのようにローデポリスの街をじっと見守っていた。


 一夜明け、閑散とする中央公園広場は、前日の人混みに踏み荒らされてボロボロだった。


 但馬はその慰霊碑の前に佇むと、両手を合わせる彼独特のポーズで一心に拝みはじめた。キリスト教徒しかいないこの世界の中で、仏教徒を真似て手を合わせる但馬の仕草は異質であり、ぶつぶつと唱える南無阿弥陀仏の念仏と共に、奇異の目で見られていた。


 尤も、それを指摘するような人は、もう誰もいない。みんなが慣れたのもそうであるし、わざわざ彼の不興を買おうなどという輩も、もう居なかった。


 但馬は慰霊碑に軽く頭を下げるとその場を後にしようとしたが、ふと、慰霊碑の上のほうが土埃で汚れているのに気づいた。きっと、前日の花火の最中に、不届きな者が登ったのだろう。


 彼は肩をすくめるとハンカチを持った手を伸ばした。すると、その左右あちこちから、ヌッと手が伸びて、彼のハンカチが汚れる前に、慰霊碑の汚れを素手で拭った。


 その迅速な行動に苦笑いしつつ、但馬は踵を返すとタワーの方へと足を運んだ。その後を屈強な男たちが付き従う。まるで大名行列のようである。


 公園の出入り口を封鎖するように、揃いの鎧を身にまとった近衛兵が佇んでいる。遠巻きにこちらの方を見ていた通行人に向かって、憲兵隊が駆け寄って行く。言うまでもなく、全て但馬の護衛であった。先帝の崩御以降、今となってはエリオスが連れていた護衛の他に、近衛隊と憲兵隊、それぞれの小隊が常に但馬の周りを警戒するようになっていた。


 彼は今、この国でブリジットの次に有力な要人と見做されているからだ。


 お陰で『こんなに大勢居ては返って目立つし、襲撃者にここに居ますよと言ってるようなものである。せめて数を減らしてくれ』と頼んでいるのだが、誰も聞く耳持たない感じである。


 まあ、そのうち慣れるだろう。これからはずっとこうなのだ。自分にそう言い聞かし、あまり気にしないようにしながら、彼はインペリアルタワーの長い長い階段を登り始めた。


 この長い階段は、先帝が亡くなる切っ掛けとなった階段であるから、いっそ政庁舎を変えようかという話もあった。だが、そう言うだけで今でもそのまま使っていた。なんやかんや、先帝との思い出がいっぱい詰まった庁舎を取り壊すには忍びなく、また、これよりも目立つ建物もないからだ。


 尤も、何もしないわけにもいかないので、どうにかエスカレータかエレベータをつけられないかと検討はしていた。事故が起こる前にさっさとやっておけば良かったと、今となっては悔やまれるばかりだが、この建物、ただ頑丈に作られただけで、強度計算なんてものはやっていないから、下手にエレベータシャフトなんかを空けられなかったのだ。そんなわけでいつまでも後回しにされて現在に至るというわけだ。


 階段を登り、但馬は15階の謁見の間までやってきた。初めて登った時は疲労困憊で倒れそうになったものだが、今では息も乱れない。謁見の間前には門番が立っていて、登ってきたのが但馬だと知るや、彼らは何も言わずに観音開きの扉を開いた。


「但馬波瑠閣下、ご入場!」


 エリオスを除く護衛たちが左右に散って、謁見の間に入っていく但馬に向かってお辞儀をした。相変わらず日当たり抜群で、光の溢れる謁見の間の白い床に足を踏み入れると、背後で重い扉がゴーンと音を立てて閉じた。


 玉座に向かっていつもの赤絨毯が敷かれており、今日はその左右に隊長クラスの近衛兵や軍人がずらりと並んでいた。但馬が入場するのを見届けると、赤絨毯のすぐ脇に整列した近衛兵が腰に佩いていたサーベルを抜き、赤絨毯の上で交差させ、その後、直立の姿勢を取り胸の前で剣を構え、左手を水平に添えて十字架を作った。


 但馬はその中心を何事もないように漫然と進み、やがて剣の壁を抜けると、彼に付き従っていたエリオスがさっと脇によって近衛兵たちとともに並んだ。


 赤絨毯の先……かつて先帝が、いつも肘掛けについた手に顎を乗せながら座っていた玉座から、小さな人影が立ち上がる。ふわふわの金髪がキラキラと日に揺れて美しい。しかし、すぐさま横に立っていた隻眼の近衛隊長に引っ張られて席に座った。


 苦笑いしながら但馬が近づいていくと、玉座の前に立っていた人たちが、彼に会釈をした。


 玉座を見て左に三大臣と銀行の頭取、右にカンディア公爵夫人ジリアン・ゲーリック、それからコルフ総統ジウベルト・ロレダンとその娘タチアナ。玉座左手にブリジットを守るように、隻眼の近衛隊長・ローレルが立っていた。その他、逓信卿肝いりで創設され、今や英雄となったエルフ討伐軍・銃士隊長クロノア大尉。アナトリア海軍・ジョンストン大佐。宮廷医師サンダース元軍医。大勢の人々。


 但馬は、どこか含みのある笑みを浮かべる彼らの間に歩み出ると、玉座に座るブリジットに対して膝をつき、かつて先帝のために何度もやったように、恭しく臣下の礼を取った。


「皇帝陛下に置かれましてはご機嫌うるわしゅう存じます。この度のご即位、謹んでお祝い申し上げます」

「はい! ありがとうございます、先生……うっ」


 ブリジットはその場に居た大臣や近衛隊長にギロリと睨まれる。


「えーっと、但馬さん……但馬……くん。但馬くん。先代には良く仕えてくれました。代は変わりましたが今までと変わらず、その能力を遺憾なく発揮し、我が国の発展のために努めてください」

「はいっ! 粉骨砕身努力いたします」


 但馬が返事をし、お辞儀をして大臣たちの横に並ぶと、柔和な顔をしてブリジットは続けた。


「さて、それじゃあ早速、最初の閣議を行いたいと思います。新皇帝としてこの国の全てを手に入れた私から皆さんに提案します。我が帝国は大きくなりましたが、それを統べる私はまだ若輩の身、権力を行使するにあたって不安があります」


 そう言うとブリジットは出席者をぐるりと見渡した。問われた方はお世辞でもそんなことは無いと言うのがセオリーであるが、誰も何も言わなかった。


 ブリジットがそれだけ頼りないというわけではない。単に話がついているからだ。


「そこで、政務を行うに際して、我が兄・ウルフを摂政に置くことにしました。カンディア公爵。引き受けてくださいますか」


 するとジルが進み出て言った。


「はい。我が主、カンディア公爵の名代として謹んでお受けいたします。この度は、大変栄誉ある職務を賜り光栄至極に存じます。ですが、ご覧のとおり、公爵は現在、エトルリアでの戦役で前線を離れることが出来ません。そこで、本人に代わり、政務を行う宰相を推挙することを当人より言伝って参りました」


 そう言ってジルは、今度は但馬の前に進み出ると、


「但馬様、公爵閣下たっての希望です。どうかお引き受けくださいませんか」


 その言葉を受けて、但馬はまたブリジットの前に歩み出ると、先ほどと同じように膝をついて臣下の礼を取った。


「はいっ! カンディア公爵の名の下に、宰相就任の儀、謹んでお受け致します。今後は皇帝陛下の右腕として、微力を尽くす所存です」

「ありがとうございます! ……では、コルフ総統閣下」

「はい」


 コルフ総統が胸の前で手を組んで儀礼的な礼を返す。


「此度の件、但馬波瑠の就任がカンディア公爵ウルフの要請であったことを、第三者としてご確認くださいませんか」

「他ならぬ皇帝陛下からのお願いです。是非もございますまい」

「ありがとうございます」

「今後とも、両国が互いに発展しあえる良い関係でありますように」


 総統のその言葉を合図に、但馬が居並ぶ人々の注目を浴びながら玉座の前に進み出る。


 近衛隊長が腰に佩いたサーベルを鞘ごと引き抜くと、左手に持ったそれを、胸の前で右手に持ち替えた。


 宮廷侍女が大綬章を携えて進み出てブリジットにそれを渡すと、彼女は但馬の肩にそれを掛けた。


 謁見の間に居並ぶ全ての人々が、その瞬間に猛烈な勢いで手を叩き始める。耳がキーンとなるくらい割れんばかりの拍手の音で、隣の人のおめでとうの声さえ聞こえないほど、それは盛大な拍手だった。


 エリオスが泣いている……あのおっさん、節目節目でいつも泣いてるなあ……と思って見ていると、ポンポンと肩を叩かれて、振り返るとブリジットの満面の笑顔がそこにあった。


 こうして、新皇帝ブリジット、並びに、その兄カンディア公爵ウルフの名の下に、但馬は宰相に就任した。


 リディアに来てそろそろ6年が経とうとしていた。まだ25歳の若い男が……紆余曲折を経て、本人の好き嫌い関係なく、何の因果か笑い話か……ついに強大な帝国の権力を手にしたのである。


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― 新着の感想 ―
[一言] 登るより落ちる方が一瞬っていうじゃないですか……(不安すぎる)
[気になる点] 着々と破滅フラグが建築されてる気がする
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