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玉葱とクラリオン  作者: 水月一人
第五章
178/418

西海会社 - West sea company ⑧

 探検船団の帰還は瞬く間に広まった。まだ見ぬ未知の世界へ思いを馳せた人々が港に集まり、到着を今か今かと待ち受ける中、水平線の向こうから揺れ動くマストが見えてくると、まだ到着まで数時間はあるだろうに、自然と周囲からバンザイの声が湧き上がった。


 そんな歓迎ムードの中、妙にスター然とした雰囲気を振りまく提督が船から現れると、彼はマントを翻し颯爽とタラップを駆け下り、出迎えに来ていたブリジットの前に馳せ参じ、芝居がかった仕草で恭しくお辞儀をしてから手の甲に接吻をした。


 周りで見ていた人々はみんな、こいつ調子に乗ってやがんなと思ったが……尤も、この手の習慣に慣れていなかったブリジットは驚いて手を引っ込めると、彼自慢の高い鼻に拳が直撃し、ゴッと言う鈍い音と共に鼻血がボタボタ垂れて彼の服を汚し、なんともしまらない出迎えとなって、溜飲を下げた。


 なにはともあれ、報告もまだなら歓迎式典も糞もないので、長旅を終えた船員たちを労いつつ、提督を西海会社ハリチ支社へと案内すると、但馬たちは一張羅を血で汚した彼から報告を受けた。


「姫殿下の慧眼通り、ブリタニア南方海域に……なんと、新たな島影を発見いたしました!」


 西方調査に当たり、西海会社の探検船団はオークランド諸島の拠点を出航し、ブリタニア(NZランド)本島に拠点を移した後、本島の海岸線の調査をする傍ら、南方海域への探検航海にチャレンジした。


 まだブリタニアの全貌も明らかになってない状況で、わざわざ新規航路を探索する意図が分からず、乗組員たちはかなり困惑していたようだが、他ならぬブリジットたっての希望だと聞いていたので、不審に思いつつも忠実に調査を行ってくれたらしい。


 もちろん、それは但馬がオーストラリアがあるならその方法で見つかるだろうと知っていたからであるが……その予想は裏切られること無く、ブリタニアの拠点から出航した探検船団は、およそ10日間の航海の後に島影を発見した。


「島影を発見した我々はそこへ上陸し、海岸線を中心に危険が無いか調査を行いました。人の気配はなく、これといった野生動物も見当たりません。内陸部は木々に覆われており、本格的な調査は断念しましたが、見たところブリタニア本島と同じく、エルフは存在しないようでした」


 その後、船団は海岸線を見ながら航海を続け、それが大きな島であることが判明した。恐らくはタスマニア島であろう。


 そして探検船団はそのまま周辺の島々を調査している最中、西方に更に広い陸地を発見した。


「上陸して軽く調べたところ、地平線の先が見えないほど広大な土地であることが分かりました。我々は船に戻り、海岸線を睨みながら更に南へと船を進めましたが、どこまでいっても海岸線は途切れること無く南方へと伸びており、やがて雪の降る寒さに見まわれそれ以上の航海を断念。引き返して島へと戻りました」


 戻った船団は、その後、逆方向の北岸をちょっと調べて見たところ、間もなく海岸線は西へと伸びはじめたが、その先も延々と海岸線が続いており果てが見えなかった。


「間違いありません。あそこはブリタニアより、もっと大きな大陸です。いいえ、もしかしたらロディーナ大陸よりも大きいかも。きっと、そうに違いありませんよ」


 そう興奮気味に語る提督であったが、そこがオーストラリアなら、残念ながらロディーナ大陸よりは小さいはずである。しかし、大陸であることは間違いないので、ひとまず探検航海は成功したと言えるだろう。


「先に発見した島とは打って変わって、大陸は植生の乏しい土地でした。南方調査の際にざっと海岸線を調べておきましたが、どこもかしこも海岸付近のステップ地帯を抜けると、内陸部はすぐに砂漠になっているようです」


 大陸の乾燥した気候が海岸付近まで続いているようである。更に南下するに連れてどんどん寒くもなっていくだろうから、大陸の南部は人が住むには適さない土地になってるかも知れない。逆に北側は亜熱帯から温帯の穏やかな気候が続くはずで過ごしやすいだろうと思い、話を聞いてみたのだが、


「それが、北側は岩石が露出しており、目立って植物は育っておりませんでした。南方の調査に時間を費やしたお陰で、まだそれほど調べられていないのですが、西へ2日ばかり行った限りでは、動物はおろか、人が住んでいる様子もございませんでした」


 北は北で問題だらけのようである。恐らく、大陸をぐるりと一周回ってみれば、入植に適した土地は見つかるだろうが、今のところは大陸本土よりは、手前のタスマニア島に拠点を構えたほうが良いだろう。


 ただ、島は島でまだ何の探索もすんでいないから、ブリタニア探検と同時平行にやろうとすると、相当時間がかかるだろうとのことだった。現状の探検船団の規模では、どっちかに集中した方がいいということだろう。


 提督は最後に、上陸した際に採取し持ち帰った動植物や、珍しい鉱石などを見せてくれた。西海会社の目的として、探検航海で発見したものは出資者に帰属することになっているので、出来るだけ金目の物を持ち帰るのが彼らの仕事でもあった。


 しかし、残念ながら今回の成果は芳しくなく、そのどれもこれもが、国内で見たことのあるものばかりであるようだった。殆どの出資者は皇帝に追従して資金を出しているので、特に文句は言わないだろうが、当の皇帝本人はきっとガッカリするだろう。


「う~ん、陛下は報告を大変楽しみにしているご様子だったのですが……」

「まあ、無いもんは仕方ないだろう。それに、本格的な探索はこれからなんだし、探せば金山の一つも見つかるさ」


 ニュージーランドは火山帯なので、日本のように金鉱山が出やすいはずだ。長い年月、人の手に触れずに放置されていただろうし、それなりのものが見つかるかも知れない。尤も、それも本格的な入植が始まってからの話だろうが……


「正直、そのことは残念でしたが、それでも新大陸が見つかっただけでも凄いことですよ。海じゃなくて陸地なのですから、これから探索が進めば、期待通りのものも見つかるかも知れませんし」

「そうだね、長い目で見れば絶対に元が取れるだろうし、そう悲観したもんじゃない」

「そのためにも、探索する範囲はもう少し狭めた方が良いですね。今回はたまたま陸地が見つかりましたが、今後もそうとは限らない。まずは既知の陸地の海岸線を埋めていくのが得策かと」


 提督はそうブリジットに促した。彼自身は今回の探索で、ブリタニアの全貌を調べつくしたかったようだが、船団を2つに分けた結果、どっちも中途半端になってしまったので、それを気にしてるようだった。


 但馬が知ってる世界地図では、これ以上この近辺に目新しい島は無いので、これから暫くはこんな無茶はさせないと言って彼を安心させた。すると彼はホッとした顔を見せた後に、


「そうそう、逓信卿に頼まれておりましたものがこちらです」


 そう言って、各地で採取した木々の葉っぱや、瓶に詰められた土の入ったカバンを但馬に渡した。


 実は、世界各地のマナの分布が気になったので、探検航海に出る際に、めぼしい島々でサンプルを収集してくるよう彼に頼んでおいたのだ。


 マナ=CPNは大気中にまんべんなくばらまかれているが、そのエネルギーの補充には植物の光合成を利用しているので、大洋のど真ん中などでは、恐らくマナの濃度が変わって、薄くなってるはずである。


 また、発見されたオーストラリアのように、砂漠がちな土地でも分布が変わってくるだろう。


 正直、エルフが居ないという時点で望み薄であるが、新しく発見された土地にも世界樹があるかも知れないし、そう言ったものを含めて何らかのヒントが得られないだろうかと思い、集めてもらったわけである。


 但馬はカバンを受け取ると、サンプルの瓶一つ一つを手にとって確かめてみた。あとで研究所に持って行って、みんなで調査しようと思いながら眺めていたら……


「ん? これは……」


 但馬はたくさんある瓶の中から、赤い石の詰まったものを手にとって、提督に尋ねた。


「これはどこで見つけたの??」

「どれですか……ああ! 流石、逓信卿。真っ先にそれに気づくとはお目が高い。それは新大陸で発見したものですよ」


 彼は喜々としてその時の様子を語った。


「新大陸の北岸を調べていたところ、最後の最後で奇妙な土地を発見したので、上陸して少し調べてきました。北岸は岩石がむき出しか、ステップ地帯が多かったのですが、特にそこは奇妙な場所で、赤い軽石のような岩があちこちに転がり、植物のない地面は真っ赤に染まって見えました。近づいてよく見たところ、粘土のようで粘土ではなく、その毒々しい色は有害そうに見えるのですが、植物が普通に生育しているからそうでもない……そんなものが広大な範囲に広がっていたのです」

「へえ……そりゃ凄い。やっぱあるところにはあるんだなあ」

「もしや、あなたはそれが何か分かるのですか?」

「うん、多分、ボーキサイトだね」


 ボーキサイトは言わずと知れたアルミニウムの原料のことである。どこぞの正規空母が大量に消費するので勘違いしがちだが、ボーキサイトを必要とするのは船舶の方ではなく、それに乗せる艦載機の方であり、アルミ合金の一種であるジュラルミンは軽くて丈夫で、飛行機の材料として優秀な素材である。


 丁度、グライダーを作ろうとしてるところでこんなものが発見されるとは……但馬はその幸運に寧ろ苦笑いを浮かべた。


 考えてもみれば、但馬の生きていた過去の世界でもオーストラリアは最大のボーキサイト産出国であり、地軸が傾いて変なことになってはいるが、未だに熱帯から亜熱帯地方に大陸がかかってるので、ボーキサイトが出てもおかしくないだろう。


 但馬がその鉱石に興味を示すと、提督はホッとした様子で、


「陸地を発見したのは喜ばしいのですが、みなさんの期待に応えられるような資源は、これといって見つからなかったので、逓信卿のお役に立てたんなら良かったですよ、本当に」

「早速、人を送って掘り出したいとこだけど、まずは拠点作りからはじめて開拓者を募らないとだなあ……また忙しくなるな」

「先生がそうおっしゃるのなら、今後の探索は新大陸を中心にしましょうか?」


 ブリジットが問う。


「いや、探索は西海会社の人たちで話し合って、好きにやりなよ。これはそういったのとは別に優先してやったほうが良いと思うから」

「こっちって……S&H社としてですか?」

「いや、もちろんうちでもやりたいけどね……発見したのはブリジットの会社なんだから、帝国でやったほうが良いんじゃない」


 国をあげて採取したほうがいいと言われて、提督が目を丸くした。


「我々が見つけたものは、そんなに希少なものだったのですか?」

「希少といえば希少だな。現状だと、金よりも希少な感じ」

「え!?」


 提督は仰天して、但馬から瓶を引ったくるようにして奪うと、こんなものが? と首を捻っていた。


 まあ、それも無理は無い。ボーキサイトは鉱石には見えず、見た目は粘土のような色や形をしている。と言うか、成分自体が粘土のそれと同じなんだから当然だ。実際、はじめのころアルミニウムは『粘土から取り出された銀』と言う表記で博覧会に展示されていた。


 アルミニウムは地表に存在する元素の中で酸素・ケイ素についで3番目に多い元素で、その辺の土を掘り返せば、かならずその中に含まれる。ただし、大抵の場合何らかの化合物の状態で存在し、金や銀のような貴金属のように、それ単体ではまず転がっていない。アルミニウムは、単体で置かれると、すぐに周りの元素と化合物を作ろうとする傾向が強いのだ(イオン化傾向)。


 現代人であるならば、鍋や食器、車のアルミホイールや自転車のフレームなどで馴染み深いので知っているだろうが、アルミニウムの特徴としては、まず錆びないというものがある。


 実はあれも単体アルミニウムの結晶が、その表面で空気中の酸素と結合し酸化アルミニウム(アルミナ)となるから、それ以上酸化が進まない……即ち錆びないと言うのが理由である。金属アルミニウムの表面は、空気に触れるだけで、もう違う物質になっちゃっているのだ。


 この化合物を作りやすいという性質は、言い換えれば、くっついた元素同士を引き剥がしにくいということだから、アルミニウムを単体で取り出すのは実は非常に難しい。酸化アルミニウムの融点は軽く2000℃を超え、溶鉱炉でも溶かすことが出来ないのだ。


 従ってアルミニウムは化学が著しい発展を遂げた18世紀半ばに、ラボアジェによってその存在が予言されていたのであるが、それが単体で取り出されたのは実に50年も経ってからだった。


 しかも、初期の方法はとても実用に耐えなかったのである。


 アルミニウムは化合物になりやすい性質がある……つまりイオン化傾向が高いわけだが、なら、アルミニウムよりもっとイオン化傾向が高い別の元素を持ってくれば、引き剥がせるはずだ。そう考えた電磁気学の祖エルステッドは、カリウム元素を用いて塩化アルミニウムからアルミニウム単体を引き剥がすことに成功した(AlCl3 + 3K → Al + 3KCl)。


 しかし、アルミニウムを精錬するためにカリウムを必要としても、当時の技術ではそのカリウムを作り出すのにも相当の手間がかかった。そのためカリウム自体が非常に高価で、結果的に当時のアルミニウムは、同じ重さの金や銀よりもずっと高かったそうである。


 そんな中、アルミニウムのその軽さに魅せられたフランス皇帝ナポレオン三世は、この軽い金属がきっと軍隊の強化に役立つと言って、国の政策としてアルミニウム精錬の工業化を推し進めた。ナポレオン三世のアルミ狂いはかなりのもので、彼の洋服のボタンは全てアルミで出来ており、また、晩餐会に呼んだ貴族に対するお土産として、大事な客にはアルミの皿を、そうでもない客には銀の皿を送ったそうである。今となっては笑い話であるが……


 そんな皇帝の後押しもあって、アルミ精錬の工業化は進み、その結果、カリウムより安価なナトリウムを使うことで製造コストが下がり、どうにか採算ラインに乗るようになってきた。ところが、これが金になると分かると技術というものは急激に進歩するもので、フランスがアルミ精錬のために、国を上げてナトリウム工場をぽこじゃか建ててる最中に、遠い海の向こうのアメリカで、二人の若者が同時にもっと安上がりな精錬法を見つけてしまったのである。


 アメリカ人のホールとフランス人のエルーは同じ頃、アルミニウム精錬の研究を行っており、融剤を用いた鉱石の融点降下と言う、もっと冶金学的なアプローチでそれを実現させようとした。


 融剤とは簡単に説明すると……例えば普通に鉄を溶かそうとしたら、その融点は1500℃を超えるが、この時、鉄と一緒に蛍石(フローライト)を混ぜると、その融点が800℃まで下がるという性質がある。彼らはこれと同じように、アルミ鉱石であるボーキサイトにも、融点を下げる融剤があるのではないかと考えたのだ。


 その目論見は当たり、彼らはグリーンランドから産出される、氷晶石がそれであることを突き止めた。まるでゲームのアイテムみたいな名前もさることながら、融けない氷と呼ばれる見た目もまんまゲームみたいなこの石は、ボーキサイトから生成されるアルミナの融点を、2000℃超から1000℃にまで下げるという絶大な効果を持っていた。


 この結果、アルミ精錬にナトリウムは一切必要なくなり、金よりも高価であったアルミニウムの価値が大幅に下落することになる。


 尤も、フランス政府がそれで大損をぶっこいたのか? と言えば、たまたま同じ頃に、貴金属をシアン化物に溶かして精錬するという青化法が発明され、貴金属精錬に青酸ソーダ(シアン化ナトリウム)が使われるようになったことでナトリウムの需要が起こり、それほど損はしなかったそうであるが。


「貴金属精錬って、先生がメディアの金山でやってることですよね?」

「そうそう。あと、電解精錬ね」

「それじゃあ、あとはその氷晶石ってものを見つければいいんですか?」

「いや、その必要はないよ。っていうか、普通見つからないから、そんなもん」


 アルミ精錬に氷晶石(Na3AlF6)が使えると分かると、その唯一の産出国であるグリーンランドは特需にわいた。氷晶石は非常に特殊な石で、まとまった結晶は世界でもグリーンランドにしか存在しなかったのである。しかし、その資源には限りがあり、やがてグリーンランドの氷晶石が枯渇すると、かつて栄華を誇った鉱山街は、ゴーストタウンになってしまったそうである。


 もちろん、それでは困るので、そのうち代替品が作られた。21世紀現在では氷晶石はまったく使われていない。代替品の組成もまた思ったよりも単純で、ボーキサイトをアルミナに精錬するバイヤー法のついでに行われる。


 アルミ精錬を行うためのホール・エルー法は、高純度の酸化アルミニウム(アルミナ)を用いて行わなければならない。だが、アルミニウムの原料であるボーキサイトはアルミナを40~60%程度しか含んでおらず、残りは全部不純物だ。


 その不純物を取り除くために、オーストリアの化学者バイヤーは、高温でドロドロに融かした水酸化ナトリウムで洗浄する方法を思いついた。水酸化ナトリウムで洗浄されたボーキサイトからは、アルミナだけが溶け出して水酸化アルミニウムになる。そうして溶け出した水酸化アルミニウムを1000℃程度に加熱して脱水すると、高純度のアルミナが濃縮される。


 氷晶石の代替品もこの水酸化アルミニウムから生成される。蛍石を硫酸に溶かして作ったフッ酸(フッ化水素)水溶液に水酸化アルミニウムを投入すると、それが溶けてフッ化アルミニウムが生成される。それがそのまま氷晶石の代わりとなるのだ。


 ここまでくるともう、あとはそれらを生み出す電力の問題であるから、アルミニウムは一円玉になっちゃうくらい安価となった。ボーキサイトの分布には偏りがあるのだが、それが判明するまではただの石ころだったから、材料費は無いに等しかったそうである。


 ナポレオン三世も、まさか100年もしない内に、自分が送ったアルミニウムの皿がほぼ無価値になるとは思っていなかっただろう。


「けど現状、その冶金法を知ってるのも、電解精錬を行えるのもうちの会社しかないし、ボーキサイトも新大陸にしか無いから、価値としては金銀とまではいかなくても、それに準ずるくらいはあるだろうね」

「はあ~……こんな石が」

「だから、初回の探検航海としては出来過ぎってくらい大成功だよ。胸を張っていい」


 但馬がそう言うと、提督はパアッと顔を輝かせた。白い歯がキラリと光り、幾分元気を取り戻したようである。その後、気を良くした提督が探検の武勇伝を大いに語り、そういう勇ましい話が大好きなブリジットが喜んで、報告は和やかなムードで終わった。


 尤も、お開きになっても、それで打ち上げだ、ザギンだ……というわけには行かず、但馬とブリジットはそのまま西海会社のオフィスに残って、今回の探検航海の配当について話し合いを始めた。西海会社は世界初の株式会社で、航海の結果から配当を株主に配らねばならないからだ。


 しかし、彼らが持ち帰ったのが金銀財宝であったならわかりやすいが、特殊な鉱山の権利であるからその価格評定が難しい。そもそも、彼らもまさかこれがそんな価値があるものとは思っても居らず、どのくらいの規模で、どれだけの産出量があるのかもろくに調べてこなかった。ついでに、世界でこれを扱うことが出来るのは、但馬の会社だけなのだ。


 西海会社としては記念すべき第一回目の配当だし、出来れば株主にはいい思いをして欲しいものであるが……


「むむむ、難しいですね……どうしたら良いんでしょうか」

「うーん……鉱山会社を作って、今後そこが出す儲けから配当を出すってのも手だけど……新大陸の物は帝国に帰属するから、そんな勝手なことも出来ないし」

「それじゃあ、さっさと帝国で買い取ってくださいよ」

「そうしたいけど、その値段を俺が決めちゃったら、まずいでしょう?」


 但馬は帝国大臣であるからその権利があるのだが、今後この鉱山を利用するのは間違いなく但馬の会社なので、彼がいくらで買い取ったとしても、みんな強権を使って安く買い叩いたと思うだろう。


「一旦、閣議を開いて話し合ったほうが良いけど……実はみんな株主なんだよな、うちの大臣」


 そもそも、筆頭株主が皇帝だ。それで、お追従で三大臣も頭取も株券を購入していた。そんなのが寄り集まって値付けもくそもない。


「配当の上限とか、もっと細かく決めときゃ良かったなあ」

「因みに先生、おいくらくらいなら買い取ってくれます?」


 但馬が思いついた額を適当に言うと、ブリジットは生唾をゴクリと飲み込んだ。


「そ……そんなに?」

「埋蔵量相当あるだろうし、今後の儲けを考えると安いくらいだと思うよ。用途がいくらでも思いつくからなあ」

「何にそんなに使うんですか?」

「とにかく、軽くて丈夫なほどいい物ならなんでも。アルミ材は錆びないから船の喫水部分にも使えるし、軽いから鉄道の貨車に丁度いいな、ジュラルミン製の盾は丈夫だから軍隊や憲兵隊にも装備させたい。後はそうだなあ……たまたまグライダーを作ってるとこだけど、これだけ条件が揃ったら、本格的な飛行機の製造も視野に入れていいのかも知れないね」


 少なくとも、現在竹で作っているフレーム部分はすぐにでも取り替えたいくらいだ。初めは鋼鉄パイプを使っていたのだが、重すぎるので結局強度を犠牲にすることになった。


 グライダー自体、投げたら紙飛行機のように飛んでいかないと、とても人間の重量なんて支えられないが、強度と重量には相互関係がある。だから強さと軽さを併せ持つアルミ合金があるなら、是非欲しいところだった。


「飛行機……?」


 そんなことを考えていたら、目の前でブリジットが目をキラキラさせていた。なんだかこの反応は数日前にも見た覚えがある。


「飛行機って……何をする機械ですか?」

「そりゃ、飛行機って言うくらいだから、空を飛ぶ機械だけど……」

「空を飛ぶ!」


 アナスタシアもそうだったが、やはり空を飛ぶと言うと食いつきが違った。但馬が飛行機の話を口にすると、ブリジットは配当のことはそっちのけになってしまった。こうなっては後にしようと言っても無理だろう。彼女の前でこの手の話はご法度だ。身から出た錆だから仕方ないが……


 但馬は苦笑しながら続けた。


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